第59話
「みんな、すまない。ちょっと話を戻させてくれ」
大きく脱線した話をロイが引き戻す。
「今回の依頼の目的…グレートウルフが森の入り口まで出てきた原因は分かった。
そしてその原因であるビッグクローも
ユイト君とティナちゃんのおかげで討伐できた。
これで依頼は達成、あとはサザントリムに帰るだけだ。
…だが問題が1つある。
みんな、もう分かってると思うが、今回討伐した獣や魔獣が多すぎる。
とてもじゃないが全てを持ち帰れない」
討伐したグレートウルフやビッグクローの方に、皆が視線を移す。
「そもそもビッグクローの巨体を運ぶなんて不可能に近い。
非常に残念だが、討伐証明部位だけを持ち帰ろうと思う。それでいいか?」
「まぁそうだよな…。勿体ないけどそれしかないよなぁ…」
「そうね。いくらなんでも多すぎるわ…」
「くそっ!こんだけありゃ、かなりの金になったはずなのによぉ…」
皆が命懸けで勝ち得た成果。
それを持ち帰れないことへの悔しさを各々が口にする。
そんな中、平然とした顔でユイトが話し出す。
「あーそれならなんも心配することないぞ。俺が全部運ぶからさ」
そう、いつものアレだ。
「いやいやユイト君。さすがの君でも、この量は無理だろう?」
皆もロイの言葉に同調。うんうんと首を縦に振る。
「まぁいいから、見てなって」
そう言うとユイトは、”天翔の風”と”タイガーファング”が討伐したグレートウルフの山まで移動する。
「…一体何を?」
皆、ユイトに注目。
ティナはこの後のことを想像してニコニコしている。
そして…
「ほらよっと」
目の前から忽然と姿を消すグレートウルフ。
「なっ?心配いらないだろ?」
「………。えぇーーーーーーっ!?」
皆、目が飛び出そうなくらいの凄い顔。
「えっ…?えっ…?えっ…?どこ行っちゃったのっ!?
ねぇユイト君、今一体何したのっ!?」
興奮したセフィーがユイトに問いかける。
(…このメンバーなら、ほんとのことを言っても大丈夫かな。よし…)
「えっとだな、今のは俺の収納魔法だ。
魔法で、俺たちが今いるこの空間とは別の空間を創り出し、
そこにグレートウルフを収納したんだ。
かなり大きな異空間だから、どれだけでも収納できる。
もちろん取り出しも自由だ。
あと、異空間には時間停止効果を付与してあるから、
収納したものが劣化することもない。
荷物の運搬にはもってこいの魔法だな」
包み隠さず本当のことを言えたユイトは満足気。
「…兄貴、何言ってるかさっぱり分かんねぇぜ」
「俺も」
「俺も」
「私も」
「俺も」
「俺も」
「俺も」
(………。って、全員じゃん!)
そんな状況に、ティナはお腹を抱えて笑っている。
「よく分かんなかったけど、要するにユイト君のとんでもない魔法ってことね。
ほんと、強さだけじゃなく全てにおいて規格外ね…」
「まぁ、規格外かどうかは分かんないけど、
この魔法があればビッグクローだろうが何だろうが全て持って帰れる。
で、何が言いたいかというと、悔しがる必要なんて全くないってことさ」
ユイトの言葉に顔を見合わせる”天翔の風”と”タイガーファング”のメンバーたち。そして…
「ィヤッホーッ!ギルドの連中の驚く顔が目に浮かぶぜーーっ!!」
皆、諦めていただけに喜びもひとしお。
もの凄いテンションになっている。
”タイガーファング”にいたっては、変な踊りまでし始めた。
「じゃあ、俺はビッグクローを回収してくるから、少しだけ待っててくれるか?
しばらく、その変な踊りでも見ててくれ」
「…確かに変な踊りだな」
「ほんと…恥ずかしくないのかしら…」
冷ややかな視線を送る”天翔の風”一同。
「…おい、ランドル、アドラー。みんな俺らの踊りを見てるぜ。
見せてやろうぜ、俺らの本気をよっ!!」
「おぉ、やってやるぜーっ!!」
飛び散る汗。激しさを増す変な踊り。
「うわぁ……」
皆が変な踊りに酔いしれている間に、ユイトはビッグクローの回収を進める。
その最中、ユイトは少し気になることを発見。
「んっ?なんでこいつら、魔石が2つあるんだ?」
今回討伐した6体のビッグクローには、なぜか大小2つの魔石があった。
通常、魔獣には魔石は1つしかない。
そもそも魔素がそこまで濃くないギレンの森で、6体ものビッグクローが発生すること自体異常だ。
「…突然変異か何かか?…うーん………ま、いっか」
気にはなったものの、森にはもう魔獣がいないことは感知魔法で確認済み。
細かいことはギルドに任せることにして、ユイトはみんなの元へと戻った。
「みんな、待たせたな。ビッグクローの回収も完了だ」
「おぉ、ありがとう、ユイト君!」
「すげぇぜ、兄貴ぃ。ギルドの奴ら腰抜かすぜ!」
皆、改めて大喜び。
「で、回収しながら考えたんだけどさ。
もう夕方だし今日はここに泊まって、明日の朝、出発しないか?
みんなも疲れてるだろ?」
そんなユイトの提案にロイが物申す。
「確かにそうしたいのは山々だが、ここはギレンの森の真ん前だ。
寝ている間に魔獣や獣に襲われる危険がある。
疲れてるのはその通りなんだが、それでもこの森から離れた方が良い」
確かにロイの言うことは正論だ。だがそれは、ユイトたちがいなければの話。
「いや、魔獣や獣だったら心配ない。この辺りには、もう気配はないからな。
それに安全な寝床なら俺が用意する」
「ユイト君が?」
「あぁ。…ちょっと下がってもらってもいいか?いま1つ作ってみる。
見た方が早いだろ?」
そう言うとユイトは、いつもより一回り大きな簡易宿をパパっと作成。
「ざっとこんな感じだ。壁もそれなりに頑丈に作ってある。
ビッグクローぐらいの攻撃ならびくともしない」
「すげぇ…、あっという間に出来上がったぞ」
「凄い…一瞬でこんなの作っちゃうなんて…」
「もう色々見過ぎて感覚が麻痺してきた…」
みんな嬉しそうな顔で簡易宿を眺めている。
どうやら掴みはOKそうだ。
「で、せっかくだから風呂もつける」
「えっ!?風呂!?」
タイミングを計ったかのように、皆、一斉に声を上げる。
「あぁ、みんなボロボロになって戦ってたから風呂ぐらい入りたいだろ?」
そう言うとユイトは簡易宿へと移動し、実演開始。
「こうやって、こうして、最後に火魔法をぶち込んで。ほら、出来たぞ」
「ま、まじだ!まじで風呂があるぞーーっ!」
「ちなみに、これと同じものをあと2つ作る。全部で3つってことだな。
"タイガーファング"用、"天翔の風"男用、あとセフィーさん用だ。
さすがに風呂入るのに、セフィーさんがほかのメンバーと一緒ってわけには
いかないだろ?」
「おいおい、ユイト。そんな気遣いはいらないって。
セフィーも俺たちと一緒でいいぞ」
「ちょっとリガード!何言ってんのよ、もうっ!」
「はははっ!」
「ってな感じで考えてたんだけど、やっぱ出発するか?」
そんなユイトの言葉にロイが物申す。
「何を言ってるんだ、ユイト君。
もう夕方だし、今日はここで泊まって、明日の朝、出発した方が
良いに決まってるじゃないか。
ということで、みんなー!今日はここで野営だーーーっ!」
「おぉぉーーーっ!!」
(ふっ。ちょろい)
その後ユイトは、すぐに残り2つの簡易宿もパパっと作成。
そしておなじみ、いつもの簡易宿も設置した。
(もちろん高級ベッドは寝る前まで隠しておくけどね)