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第56話

それから数分後。


「ユイトさんっ!」

「あぁ、一体目だ」


バキバキバキバキッ

木々がへし折れる音が辺りに響く。


「な、何だっ!?」


突然響き渡るその音に一気に緊張が走る。

息をのんで音がした森の奥を見つめる”天翔の風”と”タイガーファング”。

そして次の瞬間、ロイが大声で叫んだ。


「全員、戦闘態勢をとれっ!!今すぐにだーーっ!!!」


森の奥から現れたのは、体長3メートルをゆうに超える巨熊。


「な、なんて大きさだ…。この盾でいけるのか…?」

ベテランタンクのエドガーですら、その大きさに不安げな表情を浮かべる。


そしてこの後ロイが発した言葉が皆に追い打ちをかける。


「…少し前に聞いたことがある。

 そいつは、体長3メートルほどもあり、さらには大きな爪を持つ。

 そして体表は赤みがかった灰色の毛で覆われていると。

 間違いないっ!こいつはA級魔獣のビッグクロ―だっ!

 みんな気を引き締めろっ!!」


「A級魔獣だぁ!?何でそんな奴がこんな所にいやがんだっ!?

 じゃあ、グレートウルフはこいつから逃げてきたってわけかよ…」

「そんな…A級魔獣って……」


これまで遭遇したことのない、そのあまりに危険な相手にさらなる緊張が走る。


「…でどうすんだよ?

 やんのか逃げんのかどうするよ?」


「こんな奴をこのまま野放しにすれば、どれだけ被害が出るか分からん。

 幸い奴は1体だ。こっちはBランクパーティーが2つ。

 全員でかかれば渡り合えるはずだ」


「へっ。そう来なくっちゃな。

 ここで、でけぇ星あげて、サザントリムに凱旋すんぜっ!

 いくぞーーっ!野郎どもーーーっ!!」

「おぉーーーっ!!」

”タイガーファング”が雄叫びを上げる。


「いいかみんな、1か所に固まるな。ばらけて奴を囲むんだ。

 誰かが奴の気を引いている間に、他のみんなで攻撃するぞ。

 だが、あまり深入りはするな。奴の攻撃をまともに食らえばひとたまりもない。

 傷を負った奴はセフィーの所まで行け。

 もし動けないほどの傷を負った場合は、セフィー、

 悪いがそこまで行って治癒してやってくれ」

「えぇ、分かったわ。任せて」


「じゃあみんな、気合を入れろっ!!行くぞーーーっ!!」


ロイの号令を合図に2つのパーティーが一斉に散開、ビッグクロ―を取り囲む。

そしてまず最初はタンク役のエドガーがビッグクロ―の気を引きつけ、他のメンバーが渾身の攻撃を繰り出していく。


ロイの目論見通り、ビッグクロ―は攻撃を受ける度にそちら側に注意を向ける。

順次、攻撃役を変え、その間に傷ついたメンバーをセフィーが癒していく。


だが、一撃でも貰えば終わりという極限の緊張感の中での戦いは、想像以上に皆の体力を奪っていく。

そして、思うようにビッグクローにダメージを与えられないその状況に、徐々に精神までもが削られていく。


「ちくしょう、なんて硬さだ。俺の戦斧でもまともに通らねぇ」

そこにいる者たちの中で一番の破壊力を持つアドラーの戦斧ですら、ビッグクローに傷一つ付けることが出来ない。


「くそっ。奴の目を狙いてぇが、奴の間合いに入んねぇと……。

 くそったれ。これがA級魔獣…なんてバケモンだ」

巨大なビッグクローを前に、ランドルの槍も届かない。


「おい、みんな、焦らなくても大丈夫だ。

 少しずつでもいい。奴にダメージを与え続けるんだ」

皆がビッグクローに恐れを感じ始めたのを察し、ロイがすかさず声をかける。


未だかつてないほどの危険な相手。一瞬の判断ミスが命取りになる。

皆、力いっぱい武器を握り締め、目の前のビッグクロ―に全神経を集中させた。


…が、それ故に、すぐ近くまで迫っている別の5体のビッグクロ―の存在に誰一人として気が付かなかった。

そして…


「みんなーーっ、逃げてぇーーーーーっ!!」


突如、セフィーの叫び声が響き渡る。


次の瞬間、新たに現れたビッグクロ―の攻撃が、エドガーとガイルを襲った。

先の戦いで破損していたのか、エドガーの盾は粉々に砕け散り、エドガーは大きく吹き飛ばされた。

ガイルは咄嗟に後ろに飛び、剣で直撃を避けたものの、エドガー同様、激しく吹き飛ばされた。


セフィーはすぐにエドガーのもとに走り寄り、治癒魔法をかけ始める。


「ひどい傷…」

「う、うぅ…」

エドガーは激しい痛みで全く動けない。

「しっかりして、エドガー。すぐに治すから」


突如現れた新たな5体のビッグクロー。

その灰色の化け物を前に、皆の心に残された僅かな希望は粉々に打ち砕かれた。


「そんな…バカな……。ビッグクロ―が6体って……」

「1体でも手に負えねぇってのに…こんなのどうすりゃいいんだ……」


残酷な現実を前に絶望する”天翔の風”と”タイガーファング”。

そんな皆の姿を見て、かろうじて体を起こしたガイルが大声で叫んだ。


「お前らーーーっ!しっかりしやがれっ!まだ動けるだろぉがっ!

 おい、ガキどもっ!お前らだけでも今すぐここから逃げろっ!

 できるだけ遠くに今すぐ逃げろっ!!」


だが、ビッグクローは待ってはくれない。

まともに動くことのできない”天翔の風”と”タイガーファング”をビッグクローたちが無慈悲に襲う。


「セフィーーーっ!!後ろだーーーーっ!!」

懸命にエドガーを癒すセフィーにビッグクロ―の鋭い爪が襲い掛かる。


「ガイルーーーっ!!」

そして、傷つき動けないガイルにも、ビッグクロ―の剛腕が振り下ろされる。


「行くぞっ、ティナ!ガイルを頼む」

「はいっ!」

直後、ユイトとティナは常人では考えられぬほどの凄まじい速度で飛び出した。


「行くぞ、”斬魔”。初陣だ」


「きゃあぁぁーーーーーーーっ!!!」

セフィーの悲鳴がギレンの森に響き渡る。


自身に向けて振り下ろされる巨大な鋭い爪。

(…あ、ダメだ……死ぬの?私)


逃げることも叶わず死を覚悟したセフィー。


だが直後、そんなセフィーの目に映ったのは黒髪の少年の後ろ姿。

そして真っ二つになって崩れ落ちるビッグクローの姿だった。


「えっ…?」


「大丈夫か?セフィーさん。後は任せてくれ」


範囲治癒エリアヒール

傷ついた仲間たちの傷が一瞬で癒えていく。


「えっ?何?何が起こったの?えっ?私、生きてるの…?」


2つの冒険者パーティーが死力を尽くしても倒せなかった魔獣を一刀両断。

治癒魔法師でもすぐに治せないような傷を一瞬で治す。

しかも触れることすらなく複数人同時に。


目の前で次々と起こる奇跡にセフィーは状況を飲み込めない。

ただそんなセフィーの目には、死を覚悟した自分の前に立つ黒髪の少年の姿が、しっかりと焼き付いていた。

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