第52話
次の日から、再び冒険者生活に精を出すユイトとティナ。
これまで数多くのGランク依頼をこなしてきたおかげか、顔なじみも増えてきた。
街ではよく、『ティナちゃんこれ持っていきな!』と、パンやら果物やら野菜やら色んなものを貰っている。
情報も色々と集まってきた。もちろん、全てが旅に役立つ情報ではないのだが。
まず、ここレンチェスト王国では、神や女神ではなく、天使を祀っているらしい。
伝承では、はるか昔、世界の危機を”天使アリアーシェ”が救ったとかどうとか。
あとこの世界には、現在13の国があるらしい。
一昔前までは14の国があったそうだが、悪政がたたり、そのうちの一国が滅んだらしい。
ちなみに現在ある13国の中には、ドワーフの国、エルフの国、獣人の国もあるとのこと。なんともワクワクする話だ。
ただ、エルフの国と獣人の国は他国との交流がほぼ無いらしく、国を出るのは変わり者ぐらいとのこと。
大都市サザントリムでも見かけないのは納得だ。獣人は一度だけ見かけたが。
いつかは、エルフと獣人の国を訪れたいものだ。
他にも、美味しいお店、街のおすすめなど、色々なことを知ることができた。
そんなこんなで忙しい毎日を送り、あっという間に1カ月ちょっとが経過した。
そろそろガンツに依頼した武器、防具も仕上がっている頃だろう。
「じゃあ、ティナ。ガンツさんの店に行ってみるか」
「うん!」
その日、ユイトとティナは簡単な依頼を午前中に済ませ、その足でガンツの店へと向かった。
「よぉ、ガンツさん。そろそろ出来てるかなと思って寄ってみた」
「ガンツさん。こんにちは!」
「おぅ、兄ちゃんたちか。待ってたぜ。
ちゃんと出来てるぜ。ちょっと待ってな。今持ってくる」
ガンツがコミカルな動きで、店の奥へと入っていく。
「良かったな、出来てるってさ」
「うんっ!」
はたしてどんな風に仕上がっているのだろうか。
あれだけ自信満々だっただけに非常に楽しみだ。
「待たせたな。これが依頼の品だ。どれも渾身の力作だ。
これまで数多くのもん手掛けてきたが、おそらくその中でも一番の出来だ」
「ほんとか!そりゃあ楽しみだ!」
「おうよ。期待を裏切らないぜ」
早速、ガンツが説明を開始する。
「それじゃあまずは剣からだ。
これが兄ちゃんので、こっちが嬢ちゃんのだ。どっちも、
魔石に加え、アダマンタイトとミスリルとオリハルコンを使ってある。
配分やその他の細かい素材は違うがな。
兄ちゃんの剣は攻撃力重視、嬢ちゃんの剣は速さ重視だ。
嬢ちゃんのは希望通り、少し軽めに作ってあるぜ」
ガンツに差し出された剣を手に取るユイトとティナ。
その剣は、まさに期待通り、いや、それ以上の仕上がりだ。
手にした剣を眺めるユイト。
その黒みがかった鍛え抜かれた刀身は息をのむほどの美しさ。
ティナの剣は、うっすら青みがかった銀色の刀身。
細く美しいその剣は、上品さと気高さを漂わせている。
「こいつは凄いな…想像以上だ」
「凄い…こんなきれいな剣見たことない。それにすごく持ちやすい」
そんな2人の反応を見てニヤリとするガンツ。
「どうやら気に入ってもらえたようだな。
最高の素材、そして俺が鍛えに鍛え抜いた剣だ。
そいつらは見た目だけじゃねぇ。何が相手でも決して折れねぇ自信がある。
…俺はよ、心底自分が納得した剣には名をつけることにしていてな。
そんなこと滅多に無ぇんだが、その2本には名を付けさせてもらった。
兄ちゃんの剣の名は、”斬魔”。
どんな魔獣であろうと斬り伏せるという想いを込めた。
嬢ちゃんの剣の名は、”光与”。
魔を滅し、人々に光を与えるという想いを込めた」
「”斬魔”か。良い名だな」
「”光与”…素敵な名前……」
「ちなみにだが、その剣だからって、その名にしたわけじゃねぇ。
同じ剣であっても使い手によって描かれる未来は変わる。
兄ちゃんと嬢ちゃんがその剣を手にした未来、それを想像して付けた名だ。
大切に使ってやってくれ」
「あぁ、もちろんだ」
「ガンツさん。私、絶対大切にする」
「あぁ、頼んだぜ」
なんとも嬉しそうなガンツ。
「じゃあ次は防具だな。
これが嬢ちゃんの防具だ。ちゃんとかわいく仕上がってるぜ。
皮や金属も使ってるが、”かわいさ”と”軽さ”を実現するため、
主に布で作り上げた。
だが布と言っても防具としての性能は折り紙付きだ。
なんせこの布は、ヘルスパイダーの糸で作ってあるからな」
「ヘルスパイダー?」
「あぁ。剣でも中々斬れねぇような、バカみてぇに頑丈な糸を吐き出す
蜘蛛の魔獣だ。
その糸を、幾重にも編み込んで作った布を使ってる。
剣でも斬れねぇのはもちろん、炎にも強く、水をもはじく。
下手な鎧なんかより、こっちの方が防御性能は断然上だ」
「へぇ、そんな凄い布があるんだな。全然知らなかった」
「まぁ、あまり出回ってねぇからな。
ちなみに今回使った布は俺の嫁さんが作ったやつだ。
あと、防具のデザインをしたのも嫁さんだ。
どうも俺には、かわいく作る才能が絶望的に無ぇみてぇでな」
「…えっ?ガンツさん結婚してたのか!?」
まさかの事実に驚くユイトとティナ。
「おぅおぅおぅ、あたぼうよ。俺ぐらいになりゃ、嫁の1人や2人ぐらい、」
「嫁の1人や2人ぐらい、何だって?」
店の奥から聞こえてきた女性の声。
「…エ、エレン!?」
ガンツはすぐさま後ろを振り向き、ちょこんと正座。
「まったく、あんたはすぐ調子に乗るんだから」
そう言葉を発しながら、店の奥から綺麗な女性が現れた。
どうやらガンツの奥さんのようだ。
「旦那が騒がしくてごめんなさいね。
旦那も言ってたけど、その防具のデザインは私が考えたの。
気に入ってもらえると良いんだけど…。
ねぇ、お嬢ちゃん、お名前は?」
「ティナです」
「ふふ、良い名前ね。
ねぇティナちゃん、もしよかったらでいいんだけど、
ここでそれを着てみてくれない?
ティナちゃんが着たところを見てみたいの。
ここじゃなんだから、店の奥を使ってもらって構わないから。どう?」
「はい!私も早く着てみたいです!」
「じゃあ決まりね。じゃあ奥を使ってちょうだい」
ティナの即答にエレンからは笑みがこぼれる。
「あんた、ティナちゃんが通るから、そこをどきなさい」
ガンツは正座したまま、器用にさささっと道を開ける。
そしてその道を通り、ティナが店の奥へと消えていく。
「あぁ、何だか私の方が緊張しちゃうわ…」
そして待つこと数分。ティナが店の奥からやってきた。
「へぇ……」
ティナの姿を見たユイトは、思わず口元が緩んだ。
そしてただただ、ガンツの奥さんのセンスに感心した。
「ティナちゃん、凄く似合ってるわ!すっごくかわいい!
これで剣を持ったら、どこからどう見ても美少女剣士ね!」
いつものことながら、ティナは褒められて恥ずかしそうだ。
「エレンさん、こんな素敵な防具を考えてくれてありがとうございます。
私、すごく嬉しい!」
「良かったわ、気に入ってもらえたみたいで。
がんばって考えた甲斐があったわ!」
喜ぶティナを見てエレンもとても嬉しそうだ。
「ねぇティナちゃん。
大きくなって、もしサイズが合わなくなったら私のところに持ってきてね。
必ず直してあげるから」
「はい!その時はよろしくお願いします」
「それじゃあ、剣も防具も受け取ったし、そろそろ帰るか」
「うん!」
「じゃあガンツさん、エレンさんどうもありがとう。
最高の買い物が出来た。ほんと、この店でお願いして良かった。
機会があったら、またよろしく頼むよ」
「おぅ、任せろ。
…おっ、そういやぁよ、嬢ちゃんの名前は聞いたが、
兄ちゃんの名前はなんて言うんだ?」
「俺か?俺はユイトだ。ユイト・キサラギ」
「ユイトだな。ちゃんと覚えたぜ。
それじゃあ、兄ちゃんらの活躍を祈ってるぜ」
こうして新たな装備を纏ったユイトたちは、最高の気分で宿へと向かった。




