第45話
そして翌朝。
「いやーぐっすり寝たな!」
「うん!なんか、こう、包まれてるって感じがして、すっごく気持ちよかった!
今日もこのお布団で寝られるんだよね。すっごく楽しみ!」
朝からテンション高めなユイトとティナ。
そんな2人の朝食はウォーレンで買いだめしたピタサンド。
2人はピタサンドをあっという間に食べ終え、早速出かける準備に取り掛かる。
そして、準備を済ませ出かけようとしたまさにその時、誰かがドアをノックする。
コンコンコン
(誰だ?こんな朝早くから)
「はい」
ドアを開けてみると、そこにいたのは宿の従業員。
「朝早くにすみません。
冒険者ギルド職員の方が、お2人に会いたいと下でお待ちです。
ギルドマスターからのご指示とのことですので、申し訳ありませんが
ご対応いただけますか?」
「あぁ、分かった。ありがとう。すぐ行くよ」
(ギルドマスターの指示ってことは、地方の会議から戻ってきたってことだよな)
(とすると、ティナの模擬戦か…。うまくいけば、今日冒険者になれるかもな)
「じゃあティナ、行くか」
「はい!」
すぐに宿の入り口へと向かうユイトとティナ。
すると入り口には、昨日お世話になったシノンが立っていた。
「すみません、こんな朝早くから。
早くしないとどこかに出かけてしまわれるかと思いまして…。
昨日お話しした上級職員が会議から戻ってきましたので、
一緒にギルドまでお願いできますか?」
「あぁ、もちろん。こっちこそ朝早くから悪いな。
っていうか、わざわざ迎えに来てくれるなんてびっくりだけどな」
「そうですよね。ギルマスターからちょっと指示がありまして」
「そっか。シノンさんも大変だな」
宿の外に出ると、そこにはギルドのマークがついた馬車が用意されていた。
ユイトとティナはシノンに促され馬車へと乗り込む。
ティナにとってはヤンバルの馬車に続き、2度目の馬車。
だが前回の荷運び用の馬車とは異なり、今回は本格的な馬車。
前回にも増して、ティナは目をキラキラさせている。
その後、馬車はすぐにウォーターヒールを出発。
一路冒険者ギルドへと向かった。
馬車の中から楽しそうに外を眺めるティナ。
だが今回はそこまでの距離はない。
ほどなくしてユイトとティナが乗った馬車は冒険者ギルドへと到着。
その後、2人はすぐに冒険者ギルド地下にある訓練場へと通された。
「へぇ、ギルドの中にこんなところがあったんだ…」
「ここで模擬戦をやるのかな?」
「きっとそうだろうな」
それからしばらくすると、2人の男が訓練場へとやってきた。
「待たせたな。
私は冒険者ギルド サザントリム支部ギルドマスターのシュワルツだ」
「俺はこのギルドの上級職員、ギルベルトだ。
今日の模擬戦の試験官を担当させてもらう。
一応これでも元Aランク冒険者だ」
「俺はユイト・キサラギ、そしてこっちが…」
「ティナ・リネットです。今日はよろしくお願いします」
ギルベルトにお辞儀をするティナ。
「あぁ、よろしくな」
「模擬戦の前に1つ確認したいんだが…」
そうギルドマスターが切り出した。
「昨日、お前たちが持ち込んだ大量の獣と魔獣だが、
あれはお前たちが討伐したものなのか?」
「んっ?そうだぞ」
「………。
誰かが討伐し、放置されていたものを拾ったというわけではなくてか?」
「いや、全て俺たちが討伐した」
「ふっ、そうか…。まぁ、この模擬戦を見ればはっきりするだろう」
「よし、じゃあ早速始めるか」
ギルベルトが模擬戦の説明をし始める。
「俺はこの訓練用の剣を使う。刃は潰してあるから安心してくれ。
嬢ちゃんはその腰に据えた自前の剣を使ってもらって構わない。
ちなみに、この模擬戦は嬢ちゃんの技量を見るのが目的だ。
負けたとしても実力があると判断できれば、冒険者資格を与える。
だからそう心配することはない」
「…もう、ギルベルトさんの”実力がある”っていう判断基準が厳しいの」
シノンが小さくつぶやく。
「まぁ手加減はするから、思いっきりかかってこい」
(あーこりゃ、完全にティナをなめてるな)
チラッとティナを見るユイト。見た目は普通の11歳。
(ま、しょうがないか…)
「…なぁ、一言だけいいか?」
ユイトがギルベルトに声をかける。
「本気を出した方が良いぞ」
「…ふっ」
ギルベルトはユイトの忠告を笑い飛ばす。
「それでは、私、シノンが開始の合図をしますね。
”模擬戦開始”と言ったら開始してください」
数メートルの距離を隔てて、ティナとギルベルトが向かい合う。
しばしの沈黙。それぞれの手には剣が握られる。
そして…
「それでは…模擬戦開始っ!」
開始の合図とともにティナがギルベルトに攻撃を仕掛ける。
ギルベルトもさすが元Aランク冒険者といったところだろうか。
余裕でティナの剣を捌いている。
ユイトはその様子を腕組みしながら静かに眺める。
(完全に様子見だな…)
そう、ティナは全く本気を出していなかった。
これまでユイトとしか剣を交えたことがないティナ。
ユイト以外の人が一体どれ程の力を持っているのかが全く分からない。
さらにティナが手にするのは刃を潰していない剣士用の剣。
間違って相手に大怪我でもさせたら大変だ。
そういうわけで、ティナはまずは軽く打ち合い、ギルベルトの実力を測っていた。
「ほう、中々やるな。とても11歳とは思えない剣裁きだ。
だが、この程度か?」
(はははっ。後でめちゃくちゃ恥ずかしくなるんだろうな)
ギルベルトの言葉にユイトは心の中で大笑い。
「じゃあ、ちょっとずつ速くしていきますね」
徐々にティナの剣の速度が増していく。
繰り広げられる激しい剣の応酬。
「す、凄い…」
思わずシノンの口から言葉が漏れる。
ティナの剣はさらに速度を増していく。
そしていつしかギルベルトの顔からは完全に余裕が消えていた。
「…くっ。まだ速くなるのか!?一体どうなってんだっ!?」
ティナの剣を捌くことに全神経を集中させるギルベルト。
だがそれは、ギルベルトにとっては久しく忘れていたあの感覚。
まるで冒険者の頃に戻ったかのような緊張感、そして高揚感。
それ故ギルベルトの頭からは、これが模擬戦であることなど完全に抜けていた。
その後も全力でティナの剣を捌くギルベルト。
しかしティナのあまりの手数に、徐々にティナの剣を捌ききれなくなっていく。
そしてついに…
ガシャーン
ティナに弾き飛ばされたギルベルトの剣が訓練場に転がる。
完全に頭の中が冒険者だった頃に戻っているギルベルトは、今度は肉弾戦を仕掛けティナへと飛び込む。
そしてティナも剣を鞘に納めると、ギルベルトに合わせ体術で応戦。
ティナに向け、鋭い打撃を繰り出すギルベルト。
しかしティナはギルベルトの拳や蹴りを難なく躱す。
それとは対照的にティナの拳や蹴りは、的確にギルベルトの体を捉えていく。
そしてついには、ティナの鋭い回し蹴りがギルベルトに炸裂。
「ぐはぁっ」
ギルベルトが大きく吹き飛んだ。
「くっ」
だが、すぐに立ち上がろうとするギルベルト。
そんなギルベルトの目に映ったのは、先ほどティナに弾き飛ばされた自身の剣。
ギルベルトはすぐに剣を拾うと、攻撃を仕掛けようと立ち上がる。
が、この時すでに、ティナは抜刀の構えに入っていた。
そして…
キンッ
納刀の音が訓練場に響き渡る。
次の瞬間、攻撃に入ろうとしたギルベルトの剣の刃が地面へと落ち去った。
そう、ティナは剣に”気”を纏わせ、驚くべき剣速でギルベルトの剣を斬っていた。
「…ま、まさか…斬ったのか?今の一瞬で…?
全く…見えなかった…」
ここでようやく我に返ったギルベルト。
「はっ、ははは。完敗だ。まさかこんな嬢ちゃんに手も足も出ないなんてな。
これなら今すぐSランクって言ってもおかしくないぜ」
「じゃあ?」
「あぁ、もちろん文句なしの合格だ」
「やったーーーっ!!!」
飛び跳ねて、ティナは大喜び。
「シノン」
「………」
「おい、シノンっ!」
「…あっ、はい、すみません。あ、あまりに凄過ぎて…。
そ、それではこれにて、模擬戦を終了します」