第39話
ティナが"気"の修行を開始してから早数日。
予想はしていたものの、ティナは中々”気”を感じ取れるようにはならなかった。
だがそれでもティナは諦めない。
ユイトと交わした約束を守るため、そして自らの夢を叶えるため、ティナは必死に修行に取り組み続けた。
ユイトもまた、そんなティナを温かく見守り続けた。
そしてティナが修行を開始してから3週間が経った頃。
「…あっ」
その時、ティナが突然声を上げた。
そう、ついにティナが”気”を感じ取ることに成功したのだ。
ティナはその感覚を忘れまいと、すぐに繰り返し繰り返し反復し始めた。
疲れもかなり溜まっているだろう。
だがそれでもティナは、休むことなく反復し続けた。
この修行における最大の壁を乗り越えたティナ。
身体強化魔法を完璧にマスターしているティナにとって、このあとは全く問題にならなかった。
ティナは、その後わずか数日で"気"による身体強化も完璧にマスター。
”魔法”と”気”による2つの身体強化を自在に操るスーパー少女が誕生した。
「よく頑張ったな、ティナ」
「うん。大変だったけど、絶対にできるって信じて頑張ったの」
困難を乗り越えたその顔は、なんだか誇らしげだ。
「…でも本当に凄い。身体も軽いし、力が溢れてくるみたい。
夢にまた少し近づけたみたいで、なんだかすごく嬉しい!」
ティナの笑顔がいつにも増して眩しく見える。
「ねぇユイトさん。
”気”も扱えるようになったし、次は剣術と体術の修行をするの?」
「そうだな。…でも、どうする?次の修行に入る前に何日か休むか?」
「ううん。すぐに次の修行をやりたい!」
やる気溢れるティナ。
自分に自信を持てるようになった証拠だろう。
「分かった。じゃあ早速始めるか。
…それで、これから剣術と体術の修行を始めるわけだけど、
本来なら最初に、基本の型をしっかりと身につけるべきなんだと思う。
けど俺も誰に習ったわけでもなく全部自己流だから、
基本の型ってのが分かんないんだよな。
だから今回は実戦形式で身体にしみ込ませる。
頭で考えるよりも早く、反射的に体が反応するようになるまで、
繰り返し繰り返し訓練する。
何度も何度も実戦形式の訓練を繰り返せば、きっと実戦に適した
最も効率的な動きを習得できる。
というわけで、できるだけ数をこなしたい。
これまで同様、移動中も訓練しようと思うけどいいか?」
「うん!」
「じゃあティナは移動中、いつでもいいから俺に攻撃を仕掛けてきてくれ。
俺もそれに応戦する。もちろん身体強化を使っても良いぞ。
身体強化を使った時の感覚も掴んでおいた方がいいからな」
「うん、分かった!」
「じゃあまずは剣術の方から始めようか。
つっても、最初から本物の剣を使うわけじゃないけどな」
そう言うとユイトは近くの木まで移動し風魔法を発動。
木から木剣を切り出すと、それをティナへと手渡した。
「まずはこれを使ってくれ。本物の剣は慣れてきてからだな」
「はい」
「じゃあ今から剣術修行を開始するぞ。
遠慮はいらないからな。どんどん攻撃を仕掛けてくるんだぞ!」
「はい!」
この日から、食事と夜休む時以外は、ひたすら剣術修行に明け暮れた。
ユイトとの実戦の中でどんどん、その感覚を掴んでいくティナ。
そして剣術修行を開始してから、1か月ほどが経過。
ティナの剣術も中々、様になってきた。
道中、何度か獣の襲撃にもあったが、ティナが木剣で難なく撃退。
狩った獣たちは、例のごとく異空間へと吸い込まれていった。
……ある日のこと。
ユイトの感知魔法が気になる反応を捉えた。
同じ場所に、複数の獣と人の反応。
人が獣に襲われている可能性がある。
ユイトとティナは、感知魔法が指し示す場所へと急行した。
「うわぁーーーっ!だ、誰か、誰か助けてくれぇーーーっ!」
馬車に乗った男性が悲鳴を上げる。
「行くぞ、ティナ!」
「はい!」
直後、怯える男性の目の前で、どんどん撃退されていく獣たち。
「…えっ!?えっ!?」
突然の出来事に何が何だかよく分からない。
そして、その驚きも消えぬ間に、獣の群れは姿を消した。
口を大きく開けたまま、呆気にとられる男性。
そんな男性に対し、獣たちを一掃したユイトが声をかける。
「大丈夫だったか?」
「……あ、あ、ありがとうございます。ありがとうございます」
てんぱってはいるが、どうやら大丈夫そうだ。
「す、すみません。あまりに突然のことで……。
すーーーはぁーーー。
……それでは改めてお礼を。
私は商人のヤンバルと申します。
この度は、危ないところを助けていただき、本当にありがとうございました」
話を聞いてみるとこのヤンバルという男、ここから少し南に行ったところにあるウォーレンという町の商人ということだ。
サザントリムで仕入れた商品を、ウォーレンの町や少し北に行ったところにある村に卸しているらしい。
そして今回、北の村へ商品を届けた帰り道で、不運にも獣たちに襲われたそうだ。
「へぇ、ウォーレンなんて町があるんだな。全然知らなかった」
「そうですか。ところであなた方は、これからどちらへ?」
「あぁ、俺たちはサザントリムに向かってるんだ」
「サザントリムですか。それならウォーレンまで乗っていきませんか?
助けていただいたお礼です」
(うーん…ありがたい話だけど、ティナとの修行もあるしな……)
ユイトがふと横を見る。
するとそこには、目をキラキラと輝かせ馬車を眺めるティナの姿。
おそらくティナは馬車に乗ったことがないのだろう。
(……。じゃ、お言葉に甘えるか……)
結局ヤンバルの馬車に乗せてもらうことにしたユイトとティナ。
だが馬車といっても、貴族が乗るような立派な馬車ではない。
商品を運ぶためだけに作られた、ごくごく普通の荷馬車だ。
当然そこに客室なんて存在しない。
ということで、ユイトとティナは、商品をおろし終わってガラガラになった荷台に乗せてもらうことにした。
その後、すぐにウォーレンに向け出発したユイトたち。
思いのほかウォーレンの町は遠く、馬車に揺られること丸1日。
ようやくユイトたちは、偶然知ったウォーレンの町へと到着した。
「ヤンバルさん、ありがとう。助かったよ」
「どうもありがとうございました。
馬車なんて初めてで、私、すっごく嬉しかったです!!」
「いえいえ、あなた方は命の恩人ですから。
こちらこそどうもありがとうございました。
もしお困りのことがあれば、ヤンバル商店までぜひお越し下さい。それでは」
そう言い残し、ヤンバルはウォーレンの町へと消えていった。