第37話
そして翌朝。
みんなの反応が楽しみで仕方ないユイトは、早速、村人たちを広場に招集。
朝早くから呼び出された村人たちは、「何かあったのか?」と不安顔。
だがユイトにそんなことは関係ない。
すぐに村人たちを引き連れ、ルンルン気分で大浴場へと向かう。
大浴場に到着した村人たち。
昨日まで何もなかった場所に出来上がった、なんだかよく分からない物体。
そこは木の衝立で囲われているため、外からでは大浴場があることは分からない。
「ユイトさん、これは一体何だ?」
当然のように村人たちがユイトに尋ねる。
ユイトは待ってましたと言わんばかりのにやけ顔。
「これはだな…お風呂だ。
みんなが一気に入れるくらいの大きなお風呂だ!」
「…えっ?お風呂って……。
ま、まさか、温かいお湯につかるあのお風呂のことか!?
あの貴族様や金持ちしか入れないっていうあのお風呂のことかっ!!?」
「あぁそうだぞ。そのお風呂だ。男用と女用それぞれつくってある。
左が女用で、右が男用だ。その手前にあるのが脱衣場だ。
いつでも温かい湯になるようにしてあるから、
朝でも昼でも夜でも好きな時に入れるぞ!」
顔を見合わせる村人たち。そして…
「うぉぉぉーーーーーーっ!!!」
これまで、冷たい水をしみ込ませた布で身体を拭くしかなかった村人たちにとって、これは衝撃だった。
「まだ朝だけど、よかったらみんな入ってきたらどうだ?」
この声を皮切りに、村人たちが一斉に大浴場へとなだれ込む。
そんな村人たちの姿を、ティナは穏やかな笑顔を浮かべ眺めていた。
「ユイトさん、みんな喜んでくれて良かったね」
「あぁ、ほんとに。
これも一緒に考えてくれたティナのおかげだ。ありがとな」
「…うん。私もすごく嬉しい。
みんなの喜ぶ顔を見れたのもそうだけど、
自分がみんなの役に立てたってことがすごく嬉しいの。
これまで私は自分のことだけで精一杯だった。
それでもうまくいかないことばかりだった。
困ってる人たちを助けたい。
だけど、こんな自分にほんとに人助けができるのかなって不安だった。
でも、私でも頑張れば人の役に立てるって、人助けができるって分かったの」
「そっか。でも俺から見たらティナは十分凄いと思うぞ。
だから不安になることなんて何もない。
ティナはもっと自分に自信を持っていい。なっ?」
「うん!」
まさにこれが、今回の村の改善における最後の目的だった。
ティナは、長らく続いた辛く苦しい生活の影響で、自分に自信を持ちきれない部分があった。
だからユイトは、今回の改善の多くをティナに任せ、村人たちの喜ぶ姿を見せることでティナに自信をつけさせたかった。
そんなユイトの目論見通り、ティナは自分に自信を持ってくれた。
ユイトはそんな晴れやかなティナの顔を見て、何とも言えない嬉しさを感じていた。
一方、村人たちはというと、絶賛大浴場を満喫中。
大浴場からは楽しそうな声が途切れることなく聞こえてくる。
結局この日は朝から晩まで、1日中、大浴場は賑わい続けた。
…その翌日。
「なぁティナ。村の改善も終わったし、明後日あたり、ナイチを発とうと思う。
…ちょっと名残惜しいけどな」
「…うん…分かった。
せっかく村のみんなと仲良くなれたのに、ちょっと寂しいね」
「そうだな。でも2度と会えないってわけじゃない。
近くに来ることがあったらまた寄ろう」
「うん、そうだね。絶対また来ようね」
「じゃあ、決まりだな」
この後、2日後にナイチの村を発つと村人たちに伝えたユイト。
突然のユイトの言葉に村人たちは皆驚くも、これ以上、旅の途中のユイトたちを引き留めるわけにもいかないと、皆、言いたい言葉を飲み込んだ。
思いがけず3カ月近くも滞在したナイチの村。
そのナイチの村にいられるのもあと2日。
ティナはその2日を少しも無駄にしないといわんばかりに、子供たちと遊んだり、大人たちの要望に応えて魔法を披露したりして楽しんだ。
その間、ユイトは最後にちょっとした懸念の対策をすることにした。
農地を増やし種を蒔いたといっても、すぐに収穫できるわけではない。
獣もすぐに狩れるとは限らない。そのための対策だ。
村人たちに確認したところ、獣の解体はできるとのこと。
そこでユイトは、カタルカの町を襲った魔獣たちを提供しようと考えた。
魔獣の中には、大浴場のお湯づくりに欠かせない魔石もある。
これで食料不足とお湯枯渇、2つの懸念が一気に解消だ。
ユイトは憩いの場へ行くと、端っこの方に大きめの簡易冷凍庫を作成。
そこに、入るだけの魔獣を詰め込んだ。
「よし、これでしばらくは大丈夫だな。後はあれか…」
そして、あっという間に2日が過ぎ、ついにユイトとティナがナイチの村を発つ日がやってきた。
新生ナイチの村、入り口。
ユイトとティナを見送ろうと村人全員がそこに集まった。
「みんな、長いこと世話になったな」
「みなさん、長い間、本当にありがとうございました」
温かく迎え入れてくれた村人たちに感謝の言葉を伝えるユイトとティナ。
「何言ってんだ。それはこっちのセリフだ。この恩は絶対に忘れない」
「あぁ2人は俺たちの大恩人だ。近くに来たら絶対寄ってくれ。絶対だぞ!」
「そうだよ。あんたたちはもう私たちの家族も同然なんだから」
村人たちが一斉にユイトとティナへの感謝の言葉を口にする。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん。もう行っちゃうの?そんなの嫌だよぉ」
泣き出したのはティナと一緒に遊んでいた女の子。
ティナは唇を噛みしめ近くまで行くと、ぎゅっとその子を抱きしめた。
「…ごめんね。…またこの村に来るからね、絶対にまた来るからね」
ティナが触れた村人たちの温かさ。
それはティナにとって本当に心地の良いものだった。
そんな彼らとの別れにティナの目からも涙がこぼれる。
「…みんな。最後にこの魔石を渡しておく。
自分たちでは対処しきれない困難に直面した時、この魔石を割ってくれ。
この魔石が割れると、俺が感知できるよう特別な魔法を付与してある。
この村は俺にとってもティナにとっても大切な村だ。
俺たちが初めて人助けをした思い入れのある村だ。
何かあったら必ず駆けつける。
だから何かあったときは、躊躇せずこの魔石を割ってくれ」
そう言うとユイトは魔石をナーハルへと手渡した。
「それじゃあみんな、長い間本当に世話になった。
すごく楽しかったよ。ありがとな」
「みなさん、本当にありがとうございました。…それでは、行ってきます」
こうしてユイトとティナは、生まれ変わったナイチの村を後にした。