第35話
「じゃあティナ、俺たちも始めよう」
「うん。まずは村の外の水路づくりだね。
えーっと…水を魔素と魔力に置き換えると、川から村までの水路が
”魔素取込経路”で、村から川までの水路が”魔力放出経路”だね。
だから今回も、村から川までの水路づくりの方から始めるね」
「………」
予想のはるか上行くティナの言葉に驚愕するユイト。
「…凄いな、ティナ。いや、いつも凄いんだけどさ、まじでびっくりした!」
「…えっ!?そんなことないよ。私なんて全然普通だよ」
ユイトに褒められ照れるティナ。その姿が何とも愛くるしい。
「じゃあティナ、頼んだぞ。
昨日の夜も話したけど、これはティナの修行にもなる。
大変かも知んないけど、その分魔法の熟練度も必ず上がる。頑張るんだぞ!」
「はいっ!」
早朝、ユイトはティナが寝ている間に、川の位置を確認しに行っていた。
その結果、川までの距離は村から最短5kmほど。
では、これから作る水路の長さも5kmかというとそうではない。
なぜなら、川に対して垂直に水路を作るわけにはいかないからだ。
それだと上手く水を引けないし、排水も思うようにいかない。
だから、水路は斜めに川にぶつかるように作る必要がある。
そのため今回作る水路は、川から村まで、村から川まで、それぞれが10kmほどの長さになる。それをティナが作るのだ。
ではユイトはそれをただ見ているだけかというと、そうではない。
今のティナの土魔法の実力だと水路はつくれるが、強度はまだまだ不十分。
というわけで、せっかくティナがつくった水路が崩れないよう補強するのがユイトの役割だ。
「ユイトさん!じゃあ、始めるねっ!」
早速ティナが作業に入る。土魔法でひたすら水路を掘っていく。
だが、まだ魔法も覚えたて。少しずつしか進まない。
けれどもティナは、弱音も吐かず泥まみれになりながら、懸命に水路を掘っていく。
そして、ティナが水路づくりを始めてから早数日。
繰り返し魔法を行使することで、ティナの魔法の熟練度も見る見る上昇。
日に日に水路をつくる速度が増していく。
村の中の水路づくりはというと、こちらも至って順調。
ノックス指示のもと、日々、計画通りに進んでいった。
そして飛ぶように時は過ぎ、作業開始から1か月後。
ゼロからスタートした水路づくりも、残すは川と水路の接合部分のみ。
そこを繋げば、川の水が水路へと流れ込む。
そう、ついに村へ水を届けることができるのだ。
ユイトとティナが立つのは、その接合部分。
「ティナ、準備は良いか?ここを繋げたら急いで村へ戻るぞ。
村に水が届くのをみんなと一緒に見よう!」
「うん、分かった!」
そう言うティナの顔は晴れやかだ。
頑張って作業してきただけに、”やっとここまで来た”という気持ちでいっぱいなのだろう。
「じゃあいくね、ユイトさん!」
ティナが大きく息を吸い込む。
そして…
「えいっ!!」
次の瞬間、勢いよく川の水が水路へと流れ込んだ。
「よし、急いで戻るぞっ!」
「はいっ!」
身体強化魔法を完全にものにしたティナにとって、流れゆく水を追い越すことなど容易かった。
ユイトとティナは、あっという間に流れゆく水を追い越し村へと到着。
そしてすぐさま、ティナが大声で村人たちに向けて叫んだ。
「みなさーん、水路が完成しました!もうすぐ水が来まーす!
みんなと一緒に水が届くのを見たいの!集まってくださーい!!」
ティナの声を聞いた村人たちが、手を止め急いでティナのもとへとやってくる。
その顔は、ワクワクを止められない子供のよう。
ドキドキ、ワクワク、そわそわしながら、その瞬間を待ちわびる。
そして待つこと数分。ついにその瞬間が訪れた。
ざざぁ
ナイチの村へ勢いよく流れ込む川の水。
その希望の水は、村の奥へと流れていき、村人たちが作った水路を見る見る満たしていく。
「水だ…俺たちの村に水が……」
「やったーっ!やったぞーーーっ!!」
「夢みたいだ…こんな日が本当に来るなんて…」
「私たちの村に水が…、うっうっ…」
夢にまで見たその光景に、喜びを爆発させる村人たち。
子供たちは、水路に流れる水を追って駆けていく。
そんな村人たちの姿を眺めながら、ティナは本当に嬉しそうな表情を浮かべていた。
「よくがんばったな、ティナ」
「うん。みんなが喜んでくれてほんとに良かった。
みんなの喜ぶ顔を見たら、なんかうまく言えないけど、胸のあたりがこう…
なんて言ったらいいんだろ。とにかく私も嬉しくなっちゃった」
「そっか。それじゃあ、この調子で残りの作業も頑張ろうな」
「はい!」
この後すぐ、村人たちがユイトとティナを取り囲む。
「ユイトさん、ティナちゃん、ありがとう…本当にありがとう」
「あぁ。全部2人のおかげだ。なんてお礼を言ったらいいか…」
次々とかけられる感謝の言葉。
そんな村人たちの言葉にティナとユイトが優しく返す。
「ううん。私たちだけじゃないよ。みんなが頑張ったからうまくいったんだよ」
「そうだ。みんなの頑張りあってこそだ」
「…ティナちゃん…ユイトさん」
「それにこれで終わったわけじゃない。
まだまだ残りの作業があるからな。そっちもよろしく頼んだぞ!」
「あぁ、任せてくれ!」
この後、一同は村の広場へと場所を移動。
そこで一旦、現在の状況を整理した。
まず、新たな農地と防壁をつくる場所だが、これについては既に検討は完了済み。
木材については、この時点で既に90本が村内に運搬されていた。
だがそれだけでは、まだまだ足りない。
ユイトの計画ではざっと150本の木が必要になる。あと60本ほど必要だ。
「なるほど…今の状況は分かった」
(さて、どうすっかな……やっぱ、防壁よりも先に木材調達かな……)
先に防壁をつくってしまうと、木を村内に運び込みづらくなる。
入り口も限られてしまうし、入り口を経由することで木材置き場までが遠くなる。
というわけで、ユイトは先に木材調達を完了させ、その後、防壁づくりに取り掛かることにした。
「ティナ、俺たちも木の伐採と運搬を手伝おう。
木の伐採や枝払いは風魔法のいい練習にもなる。どうだ?やってみるか?」
「うん!私にやらせて!」
この後、村人たちとともに近くの森へと移動したユイトとティナ。
まずは村人たちの木こり姿を眺めてみる。
この1カ月間、ずっと斧を振るってきたというのもあるのだろう。
皆、妙に様になっている。
「へぇ、なんかみんな、ほんとの木こりみたいだな」
「うん。ほんとだね」
「…よし。じゃあ、俺たちもそろそろやるか。
俺たちはもっと向こうの方でやろう」
「うん、分かった!」
風魔法が失敗しても、村人たちに被害が及ばぬよう念のため距離をとる。
(さてと、どんなもんかな…)
ティナにとっては初めての風魔法。
ユイトは興味津々、ティナの様子を眺めている。
だが、そんなユイトの目に映ったのは驚くべき光景。
ティナは持ち前のセンスと水路づくりで鍛えた感覚ですぐにコツを掴むと、ユイトの想像をはるかに超える勢いで、バッタバッタと木を切り倒していく。
(ま、まじか…。冗談抜きでティナは凄い魔法使いになるかもしれん……)
木を切り倒し、邪魔な枝を払った後は村への運搬。
だがこれが、木を伐採する以上に重労働。
伐採した木はそれなりに重く、大抵は木の両端をそれぞれ男2~3人で抱えて運ぶ。
異空間収納にしまって運べば簡単だが、やはりここでもその作業を村人たちに任せることにした。
「よし、やるぞーっ!」
村人たちが気合を入れる。
「ぬおぉーーーっ!」
そんな中、なんと伐採した木の片側を1人で持ち上げたマドック。
「おぉ!さすがマドックだ。やっぱ村一番の力持ちは違うな」
「おぉよ。力仕事は俺に任せとけ」
そしてそんな村人たちのすぐ横を、1人で木を抱えたティナが涼しい顔でスタスタと通り過ぎる。
もちろん、身体強化魔法の賜物だ。
「………。えぇーーーーーーっ!?」
その後も木材調達は順調に進み、一週間ほどで目標数150本に到達した。
続いて、村を守るための防壁づくりに取り掛かる。
防壁づくりは、当初の予定通りユイトとティナで担当。
その間、村人たちには今ある農地を耕して種まきをしてもらうことにした。
防壁づくりも水路づくりと同様、ティナが土壁作成、ユイトが土壁の補強を担当。
広範囲に渡る防壁づくりではあったが、防壁づくり自体は5日ほどで完成。
その後、2人は防壁の外側に浅い堀をつくった。
一体何のため?もちろんそれは川が増水した時の対策だ。
もし川が増水した場合、この堀に水が流れ込み、村を介さず排水される。
つまりバイパスだ。こうすれば、村の中で水が溢れることはないはずだ。
堀も2日ほどで出来上がり、防壁づくりのすべてが完了した。
これで3つの対策の内、2つが完了。残すところあと1つ。
ユイトとティナは翌日から、農地の拡大に取り掛かった。
事前に考えてもらった新たな農地区画は今はまだ固い地面。
人の手で耕すとなると、それはかなり大変だ。
だが、鍛えられた今のティナにとってはそんなことは関係ない。
ティナはひたすら土魔法で固い地面を耕し、あっという間にふんわりやわらか新たな農地が出来上がった。
これにて、ユイトが村人たちに説明した3つの対策、そのすべてが完了した。