第28話
しばらく歩いていると道から少し逸れたところに草原が現れた。
風に吹かれてゆらゆらと揺れる草。
それを見てユイトが何やらピンっと閃いた。
(おっ、これはいいかもしれん)
「ティナ、ちょっと寄り道していいか?」
そう言うとユイトは草原の方へと向かっていく。
そして草原に着いたユイトは、辺りに人がいないことを確認した後、ゆらゆら揺れる草に向かって魔法を放った。
”風刃”
スパンッ
綺麗に切断された大量の草。
ユイトはその草を風魔法で集めると、さらに細かく刻んで、魔力で作った透明な袋へと押し込んだ。
「じゃあ、次は乾燥だな」
”温風”
今度は、草を詰め込んだ袋の中に温かい風を送り込む。
すると細かく刻まれた草たちが、袋の中で楽しそうに舞い踊る。
「凄い…。ユイトさん、これ、何してるの?」
不思議そうな顔でティナが尋ねる。
「これはだな、刈った草を乾燥させてるんだ」
「…乾燥?乾燥させて何かに使うの?」
「まぁな。さっきさ、ピンっと閃いたんだよ。
乾燥した草を袋に入れるか、これに大きな布を被せれば
布団になるんじゃないかなってさ!」
「えっ?布団?」
「あぁ。毎日固い地面で寝てたら、体痛くなっちゃうだろ?
それにこの時期だと地面も冷たいしさ。
けど布団があれば、あったかいし体も痛くならない。最高だろ?」
「ほんとにっ!?布団で寝られるの!?やったーーーっ!」
飛び跳ねて喜ぶティナ。
それを見て、我ながらいい閃きをしたもんだとユイトは自画自賛。
それと同時に、絶対に失敗は許されないとプレッシャーがのしかかる。
「よーし、最高の布団に仕上げるぞ!」
殺菌もかねて少し高めの温度に変更して乾燥を続けるユイト。
ティナはそんなユイトの横で、袋の中で舞い踊る草たちを楽しそうに眺めていた。
……それから10分後。
「これくらいで大丈夫かな」
きれいに乾燥された大量の草。予想以上にいい出来だ。
ユイトもかなり満足気。
今から、どんな寝心地になるのか楽しみだ。
乾燥した草たちを異空間へ収納し終えたユイトとティナは旅を再開。
その後、3時間ほど歩いたところで、休むのに適した場所に出た。
ちょうど辺りも薄暗くなってきた。
「ティナ。暗くなってきたし、今日はここで休もう」
「うん」
「それじゃあ、まずは夕飯だな。
今日は俺とティナが仲間になった記念日だ。
がんばって美味しいもの作るからな!」
「…えっ?ユイトさんが作ってくれるの?」
「まぁな。これでも定食屋の息子だからな。
…けど、俺がいた世界と素材が違うから、うまくできなかったらごめんな」
「ううん、大丈夫。すっごく楽しみ!」
(…さて、何作るかな……)
「そういや、ティナって肉は食べれるんだっけ?」
「うん、食べれるよ。けど、もうずいぶんと食べてないから味は忘れちゃった」
「そっか…。よーし、じゃあ今日の夕飯は肉料理に決定だ!」
「ほんとに!?やったーっ!」
久々のお肉にティナは大喜び。
まだ作ってもいないが、その反応になんだか嬉しくなる。
「ところでさ、この世界の肉料理ってどんな感じなんだ?」
「うーん、私もよく知らないけど…。
私が知ってるのだと、厚く切ったお肉を焼いた料理とか、
四角く切ったお肉をスープの中に入れた料理かな」
「なるほど…」
どうやら、この世界ではひと手間かけた肉料理はメジャーではないようだ。
(つーことは、やっぱあれだな)
「よし。じゃあ今日のメニューはハンバーグに決定だ!」
「ハンバーグ?」
「そう、ハンバーグだ。俺のいた世界で大人気の料理だ。楽しみにしてろよ!」
「うん!分かった!」
嬉しそうな笑顔を見せるティナに最高のハンバーグを食べさせるべく、ユイトは早速、異空間収納からハンバーグの素材を取り出した。
そしてユイトはすぐに、玉ねぎもどきを風刃でみじん切り。
しかし、肝心の調理器具が一切準備されていない。
(おっと、いかんいかん。料理なんて久々過ぎて調理場の準備を忘れてた…)
手ごろな石を集め簡易コンロを作ると、その中に拾った枯れ枝を敷き詰める。
そして魔法で枯れ枝に火をつけると、その上に道具屋で買ったフライパンをポンっとおく。
フライパンが温まったところで、刻んだ玉ねぎもどきを投入。
いい感じになるまで、ざざざっと炒める。こうすることで、香ばしさアップ。
さらには甘みも出て塩・胡椒との相性も抜群だ。
(玉ねぎだったらの話だけどね。。。)
ティナは目をキラキラさせながらユイトの作業を眺めている。
これは、かなりのプレッシャー。
さて、お次はお肉。肉は風刃で粗挽きに。
ハンバーグと言えばやはり粗挽きだ。
道具屋で買ったボウルを取り出し、その中に素材を入れる。
パン粉はないので、固めのパンで代用だ。
味付けは、もちろん定番の塩・胡椒。
(個人的には素材の味が一番分かる塩・胡椒で食べるのが一番好きなんだよな)
適度にこねて、ぱぱぱっと成形。
気付くと山のように積み上がったハンバーグ。少し収納しておこう。
「さぁて。後は焼くだけだ」
熱したフライパンに脂身を入れる。
脂身が溶けたらハンバーグを投入だ。
ジュージュージュー
表面に焦げ目がつくまでしっかり焼いて、肉汁を内部に閉じ込める。
あとは中までじっくり火を通せば出来上がり。
待っている間にユイトは簡易テーブルとお皿を準備。
残念ながら米がないので、パンで我慢。
「…さてと。そろそろ焼けたかな」
ユイトはフライパンを確認。
香ばしい香りが立ち上る。
「よし、いい感じだな」
ジュージューおいしそうな音を立てるフライパンから、ハンバーグを皿に移して準備完了。
見た目は立派なハンバーグ。だが素材はオール異世界産。さてそのお味の程は…。
「ティナ、待たせたな。できたぞ!」
「はーいっ!」
余程楽しみにしていたのか、ティナの元気な声が辺りに響く。
「じゃあ食べるか」
上手くできているだろうか。ティナの口に合うだろうか。
あれだけ期待させといて、いまいちだったら立場がない。
口に入れた途端、ティナの笑顔が消えたらどうしよう。
最近感じたことがないくらいの緊張感がユイトを襲う。
(やばい…緊張し過ぎて息するの忘れそうだ…)
ドクドクドクドク
ユイトの鼓動が早くなる。
全神経をティナに集中するユイト。
と、その時。
「ユイトさん、どうやって食べるの?」
「ひっ」
不意をつくティナの問いかけに、思わず変な声が出る。
「どうしたの?」
「ごめんごめん、考え事しててちょっとびっくりした」
(は、恥ずかしい…)
簡易テーブルの上を見てみると、フォークも何も出ていない。
「あっ…。ごめん、ティナ。出し忘れてた。これ使ってくれ」
ユイトはフォークを取り出し、ティナへと手渡す。
(さて、今度こそ)
再び固唾を吞んでティナを見守る。
ティナが、手にしたフォークでハンバーグを一口大に切り分ける。
そしてついに、ハンバーグがティナの口へと運ばれた。
(…神様ぁ)
「えっ…?おいしい……。
凄い…、凄いよユイトさんっ!私、こんなにおいしいもの初めて食べたっ!!」
ティナの口から発せられたのは最大級の賛辞。
その瞬間、ユイトは自身の心に働く超重力から解放された。
(あぁ、神様ありがとう)
(親父、おふくろ、定食屋の息子に産んでくれてありがとう)
「いやーティナの口に合って良かった!
ティナにとっちゃ異世界の料理だからさ。正直、ちょっと不安だったんだ」
「ううん、ほんとにおいしい!今まで食べた物の中で一番おいしい!!」
ユイトの心に平穏が訪れる。
やり切った満足感、充実感。
ティナのその言葉に、今日一日の疲れもすべて吹き飛んだ。
「よーし、じゃあ俺も食べるかな」
フォークを刺すとハンバーグから肉汁が溢れ出る。
そして大きめにカットしたハンバーグを口へと持っていく。
「おおっ、これはっ!」
ちゃんとハンバーグの味がする。
そして粗挽きならではの、この肉感が堪らない。
地球のハンバーグと比べても何ら遜色ない。というか普通にうまい。
(…こりゃいつか、チーズハンバーグも作んないとな…。あと炭火焼もだな)
ユイトの夢は大きく膨らむ。
ティナはというと、夢中でハンバーグを頬張っている。
どうやら相当気に入ったようだ。
(…そうだ)
「ティナ、何か飲むか?」
「うん!」
子供と言えば、やはりジュースだろう。
ハンバーグとジュース、鉄板だ。
「ティナは甘いものって飲めるんだっけ?」
「甘い飲み物?飲んだことないから分からないけど、多分大丈夫だよ」
「そっか。じゃあ、何がいいかな……」
異空間収納には、様々な種類のジュースたち。
どれにしようかユイトが悩む。
(でもやっぱハンバーグだったら、あれだよな)
ハンバーグの脂っこさを洗い流す柑橘系の爽やかさ。
ユイトは異空間収納からオレンジジュースを取り出した。
ペットボトルではなく、紙パックの方だ。
(特に意味はないけどね)
コップにオレンジジュースを注ぐと、ユイトはティナに手渡した。
ティナは初めて見るそのオレンジ色の飲み物にちょっと不安げな表情。
「ユイトさん…これ何?これもユイトさんの世界の料理なの?」
「それはオレンジジュースって言うんだ。
料理っていうか普通の飲み物だな。
俺のいた世界じゃあ、そこら中で売ってて、みんな飲んでたぞ」
「そうなんだ…」
しばらくオレンジジュースを眺めるティナ。
そしてその後、ティナは恐る恐るコップを口へともっていった。
「…っ!?」
「どうした?駄目だったか?」
ユイトの言葉にティナが勢いよく首を横に振る。
「違うの!すっごくおいしいの!
甘くて冷たくて爽やかで…こんなの初めてっ!」
「そっか、良かった。安心した。
どうだ?俺の世界の飲み物も中々のもんだろ?」
「中々どころじゃないよ。
このハンバーグもこのオレンジジュースもおいしすぎて、ほんとにびっくり!
ユイトさんがいた世界って、こんなにおいしいものがいっぱいあるの?」
「あぁ、いっぱいあるぞ。それこそ数え切れないくらいにさ」
「…やっぱり凄い世界なんだね。私、いつか他の料理も食べてみたい…」
「また今度、別の料理も作ってやるよ。
ジュースもいろんな味があるから、また今度試してみような!」
「うんっ!」
こうして、ユイトとティナの記念すべき旅 初日の夕飯は、大成功に終わった。