第215話
翌朝。
「おはよう、ユイトさん」
「おはよう、ティナ」
「ふふふ」
満面の笑みでユイトの顔を覗き込むティナ。
「そう、まじまじと見られると恥ずかしいんだけど…」
「だって嬉しいんだもん!ふふっ♪」
照れるユイトに幸せそうな笑顔を向けるティナ。
「…ねぇユイトさん。夢じゃないよね、昨日のこと。
夢だったらどうしようって、少し不安になっちゃった」
「心配すんな。夢じゃないから安心しろよ」
「…じゃあ、もう一度言ってくれる?」
「…えっ?」
「”愛してる”ってもう一度言って欲しいの。ダメ?」
そんなティナのお願いにポリポリと頭を掻くユイト。
「…まぁ、それでティナが安心できるなら…」
そう言うと、ユイトが少し照れくさそうな表情でティナの前に立つ。
「ふぅ…」
昨日と同様に小さく息を吐くユイト。そして…
「ティナ、愛してる。
なんていうか…その…、めちゃくちゃティナのこと愛してる」
その瞬間、ティナがユイトに飛び付いた。
「嬉しいっ!私もユイトさんのこと、めちゃくちゃ愛してる!
ふふふ。幸せっ!!」
何年もの間、ずっと見続けてきた夢がようやく現実に。
その状況に、ティナは心の底から幸せを感じていた。
「……なぁ、ティナ。
前にさ、誕生日プレゼントであげた精霊石の指輪あるだろ?」
「うん、はめてるよ。ほら」
左手の薬指にはめた指輪をユイトに見せるティナ。
「…そういえばあの時、今度何か話してくれるって言ってたよね?」
「あぁ、そのことなんだけどさ。
実は俺が住んでた世界では、左手の薬指に指輪をはめるってのには
特別な意味があるんだ」
「そうなの?どんな意味?」
「えっと、結婚を約束した相手に指輪を送って、
もらった方はそれを左手の薬指にはめるんだ。
結婚を約束した指輪ってことで婚約指輪っていうんだ」
「…えっ?じゃあひょっとしてこれ、婚約指輪ってこと!?」
「そういうことになるのかな。
左手の薬指にピッタリだったのは、本当に偶然だったんだけどな」
「でもすごいよ!ひょっとしてユイトさん、
無意識で左手の薬指に合うように作ったのかも!ふふ」
「ま、そうかもな」
「あぁ、なんかすごい幸せ。
幸せ過ぎてなんだか世界が明るく見える」
「ははは。大げさじゃないか?」
「そんなことないもん!」
「まぁ、嬉しそうなティナを見ると俺も嬉しいからいいけどな。
……それでさ、ティナ。
ティナとの結婚だけど、まだゼルマ陛下に許可貰ってないだろ?
だからさ、ティナと結婚させて欲しいってゼルマ陛下に言いに行きたいんだ。
悪いけど一緒に行ってくんないかな?」
「うん!もちろん一緒に行くよ!」
「良かった。助かるよ。俺、こういうの何かすごい苦手でさ。
緊張するって言うか、怖いっていうか。
……けど、ゼルマ陛下許してくれるかな?
もし許してもらえなかったら、ティナをさらってどっか逃げるしかないな」
「ふふっ!心配しなくても大丈夫だよ。
おじい様はユイトさんとの結婚を願ってくれてるから」
「そうなのか?いつの間にそんな話したんだ?」
「おじい様と初めて会った日だよ。私のこれからについて話をした時にね。
あの日…おじい様との話から戻ってきた時にユイトさんに言ったでしょ?
ユイトさんと離れたくないから、女王様になるの断ったって。
その時に、おじい様に伝えたの。
私はユイトさんを愛してるって。
ユイトさんとともにこれからの人生を歩んでいきたいんだって。
そしたらおじい様、私が幸せならそれでいいって言ってくれた。
ユイトさんと添い遂げられることを願ってるって言ってくれたの」
「そっか…そんな前に…。
ごめんな。随分待たせちゃったな」
「ううん。いいの。
待っている間もずっとユイトさんのそばにいれたし、
ユイトさんをからかうのも、それはそれで面白かったしね!」
「確かに…色々とからかわれてた気がするな…」
「だってユイトさんの反応面白いんだもん!
でもね、全部が冗談って訳じゃないよ。
結構本気で言ってたことだってあるんだから。
例えば、私とユイトさんの子供の名前を考えないと、とかね!ふふふ」
ぽりぽりと頭をかくユイト。
「まぁ、それはおいおいとして、まずはゼルマ陛下に許しをもらわないとな」
「うん!」
その後、朝食を済ませたユイトたちは、すぐにゼルマ王の元へと向かった。
明るい表情のティナとは対照的に、ユイトの表情はめちゃくちゃ固い。
足を踏み出すたびにユイトの鼓動が早くなる。
そしてほどなくして、そんな尋常でないほど緊張するユイトが、ゼルマ王のいる部屋の前へと辿り着いた。
ごくり
息をのむユイト。そして大きく深呼吸。
「すぅ、はぁ、すぅ、はぁ、すぅ、はぁ、…」
1回、2回、3回、…。中々ユイトの深呼吸が終わらない。
「もう、ユイトさん!行くよ!」
コンコンコン
ユイトのエンドレス深呼吸の終わりを待つことなく、ティナが扉をノックする。
「えっ!?あっ!?ちょっ!?」
その時、焦るユイトの唇に何か柔らかいものが触れた。
「えっ?」
「どう?ユイトさん。落ち着いた?」
少し頬を赤くしたティナが、恥ずかしそうにユイトに尋ねる。
「…あ、あぁ。落ち着いた…」
別の意味で落ち着かないユイト。
「良かった!じゃあ、行こ?」
扉を開け、ゼルマ王のいる部屋へと入っていくユイトとティナ。
「おじい様、失礼します」
「おぉティナ、それにユイト殿。どうした?こんな朝早くから」
「おじい様に少しお話があって来ました」
「話とな?」
「はい」
笑顔でこくんと頷くティナ。
「それじゃあユイトさん!」
そんなティナの呼びかけに無言で頷くユイト。
そしてゼルマ王の前まで足を進めると、まるで大きな戦に臨むかのような緊張した面持ちで話し出した。
「ゼルマ陛下。今日は陛下にお願いがあって参りました。
俺は昨日、ティナに結婚して欲しいと伝えました」
「なんと!?」
ユイトの言葉に驚くゼルマ王。
「俺はティナを愛しています。
絶対にティナのことを大切にします。絶対にティナを幸せにしてみせます。
だからどうかお願いします。ティナとの結婚を認めてください」
ゼルマ王に向かって、ばっと頭を下げるユイト。
「………顔を上げられよ、ユイト殿」
手を握り締め、目をぎゅっと閉じ頭を下げるユイトに聞こえてきたのは、ゼルマ王の穏やかな声。
その声に従い、ユイトがゆっくりと顔を上げる。
するとそこには、にこやかな笑みを浮かべたゼルマ王の姿があった。
「ユイト殿。
認めるも何も、儂もそうなることをずっと願っておった。
いつまでもユイト殿からその話がなければ、
こちらからティナとの結婚をお願いしておった。
ユイト殿がいなければ、今のティナはなかったであろう。
そして、儂がティナと出会うこともなかったであろう。
ユイト殿には心から感謝しておる。
ティナの命を救い、ティナの笑顔を取り戻し、
そしてティナに幸せを与えてくれた。
儂はユイト殿こそティナの伴侶にふさわしいと思っておる。
むしろ、ユイト殿以外には誰も思い浮かばん。
ユイト殿、ティナをよろしく頼む」
ゼルマ王のその言葉が、ユイトの心を締め付ける不安の帯を、一瞬の内に取り除いた。緊張したユイトの表情が一気に緩む。
「ゼルマ陛下、ありがとうございます!」
この瞬間、ユイトもまた、何だかいつもより世界が明るく見えた。
すぐに、嬉しそうな表情を浮かべ、ばっと後ろを振り向くユイト。
「ふふ!ねっ?言ったでしょ!大丈夫だって」
「あぁ」
「それにしても、まさか朝からこんな喜ばしい話を聞けるとはな。
良かったな、ティナ。其方の夢が叶ったぞ」
「はい!おじい様!」
ゼルマ王に向けられた、本当に幸せそうなティナの笑顔。
そんな愛する孫の姿に、ゼルマ王もまた心より幸せを感じていた。
「それじゃあゼルマ陛下の許可ももらえたし、
あと気になることと言えばあれかな……」
これで全て解決と思いきや、どうやら他にも気になることがあるらしい。
そんなユイトにティナが尋ねる。
「ユイトさん、どうしたの?」
「いや、えっとさ、ティナはクレスティニアの王女だろ?
一国の王女と平民の俺が結婚すること、
クレスティニアのみんなはどう思うのかなってさ」
「えっ…そんなこと気にしてたの?
大丈夫だよ、みんな絶対に分かってくれる。
そんなことないと思うけど、もし分かってくれなかったら、
私、王女止めるから安心して!」
「いやいやいやいや、ティナが王女止めたら、それこそ俺恨まれるって…」
そんな2人のやり取りを温かい目で見守るゼルマ王。
「ふっふっふ、ユイト殿。
其方はクレスティニアを救い、そしてこの世界をも救った英雄だ。
古代竜様の友でもある。
ユイト殿の前では、各国の王ですらかすんでしまうであろう。
それに…、おっといかんいかん。これは明日であったな」
「???」
「取り敢えず、言いたいことは、何も心配はいらんということだ」
「ほら、おじい様もこう言ってるし、
何の心配もいらないよ!大丈夫だから!ね?」
心から信頼し、心から愛するユイトに見せる、ありのままのティナの姿。
(オリビア、ウェイン、見ているか?ティナの幸せそうなこの姿を)
(お前たちが愛したティナは幸せを手に入れたぞ)
(お前たちが命を賭して守ったティナの幸せがここにある)
(命を賭して願ったティナの幸せが今ここにあるのだ)
ゼルマ王の目に涙が浮かぶ。