第208話
再び無言のまま睨み合うユイトとレイドス。
その状況に、辺りはとてつもない緊張感に包まれる。
その後もしばらく沈黙を続ける2人。
そして一陣の風が吹き抜けたその時、ついにレイドスがその沈黙を破った。
「行けぇーーっ!!奴らを殺せぇーーーーーっ!!」
響き渡るレイドスの叫び声。
その声がトリガーとなり、数多の悪魔たちが一斉にユイトたち目がけて襲い来る。
だがユイトたちは、その状況に一切動じない。
そんな中、まず最初に動いたのはユキ。
迫りくる悪魔たちに向け、ユキがゆっくりと足を踏み出した。
今からおよそ2年半前、グレンドラにより呼び起こされたユキの神気。
これまでユキは、その神気を一度たりとも全開で解放したことはない。
そのユキが、今初めて全ての力を解放する。
ブワァァーーッ
ユキの体から溢れ出る、とてつもない神気、そしてティナとの従魔契約で得た凄まじいまでの魔力。
今、そこにいるのは紛れもなく過去最強のフェンリル。
そのユキが、溢れんばかりの神気と魔力を纏った前足を、迫りくる悪魔たちに向け勢いよく振り抜いた。
スパンッ
ユキの前足から生み出されしは、神気と魔力を帯びた凄まじき風の刃。
その鋭い風の刃が、数多の悪魔たちをまるで紙切れかのように切り裂いていく。
ユキの攻撃はそれだけでは終わらない。
神獣であるユキには分かるのであろうか。
目の前にいる者たちが、神の願いを打ち砕いた者たちであるということを。
怒りの表情を浮かべたユキが、悪魔たちに向け凄まじいまでの咆哮を放つ。
直後、襲い来る無数の悪魔たちはその咆哮を前に一瞬で消滅。
なおも勢いの衰えないその咆哮は、後方に控える数多の悪魔たちをも一瞬の内に消し去った。
その様子を、ユイトが創り出した結界の中から眺める元首たち。
「す、凄いぞっ!あの悪魔たちを一瞬でっ!!
あの狼は一体何なのだっ!!」
興奮するノイブリッツ王、そして各国元首たち。
「ノイブリッツ殿。あそこにいるのは狼などではありません」
そう声をかけたのはユーリネスタ。
「あそこにおわすのはフェンリル。古代竜様と同じ、神獣様です」
「…な、何だとっ!?ユーリネスタ殿っ、それはまことなのかっ!?」
「はい」
「……し、信じられぬ……神獣様が他にも…」
大きな驚きとともに、各国元首たちの胸に希望の光が灯る。
「じゃあ、ティナ。俺たちもやるか」
「うん」
ユイトの言葉に頷くと同時に、ティナが天に向かって右手を伸ばす。
直後、曇天で薄暗かった辺りが、より一層暗くなる。
「な、何だっ!?何が起こったんだ!?」
突如暗くなった景色に驚き、大きくざわつく世界連合軍の兵士や冒険者たち。
「…な、何だあれっ!?」
そんな中、空を見上げた1人の兵士が思わず叫んだ。
その声に、周りの兵士、冒険者たちも一斉に空を見上げる。
彼らが見上げた先。
そこには天を埋め尽くすほどの、おびただしい数の氷槍。
「あれは…槍…なのか?」
「ま、まさか…ティナ様が…」
「は、ははは、冗談だろ…。何だよ、あれ…。あり得ねぇだろ、こんなの…」
目に映る光景に笑うしかないランクス。
そしてティナの声が辺りに響く。
「穿てっ!」
”無限氷槍”
ティナの掛け声とともに数万、数十万の氷槍が地上目がけて一気に放たれる。
弾丸の如き速度で降り注ぐ氷槍。
その凄まじき氷槍の弾幕が、容赦なく悪魔たちを打ち貫く。
そして、上空に蓄えられたティナの魔力により次々と新たな氷槍が生み出され、再び地上へと降り注ぐ。
それはまるで…終わることのない雨のように。
「…お、お前たちっ!私を守れぇー―っ!!
早く私を守るんだぁーーーーーっ!!!」
想像をはるかに超えるティナの攻撃を前に激しく焦るレイドス。
そして呆然とした表情でティナの攻撃を眺める世界連合軍。
「す、凄い……」
終わることなく降り注ぐ氷槍。
その終わりを待つことなく、ティナに膨大な魔素が吸い込まれていく。
直後、とてつもない氷の魔力がティナの体を包み込む。
「…な、なんだっ!?ティナ様の周りが青白く光ってる…」
その魔力密度ゆえ、結界内にいる世界連合軍の目にも、ティナが纏った凄まじき魔力がはっきりと映る。
そしてティナが、悪魔たちに向けて両腕を上げる。
”絶対凍結領域×2”
ティナの両腕から放たれしは、一切の防御も許さぬ絶対零度の極大の嵐。
その凍てつく巨大な暴風は辺りの木々を薙ぎ倒し、一瞬で前方の広大な空間を氷の世界へと作り変えた。
想像を絶する、そのあまりに凄まじきティナの力を前に、唖然とする世界連合軍と各国元首たち。
「…ティナ……まさかこれ程の……」
「信じ…られん……」
「これが白銀の天使様の…これがティナ様の本当のお力なのか…」
「うおぉぉーーーーっ!ティナ様ぁーーーーーっ!!」
「ティナ王女殿下ーーーっ!ばんざーーーいっ!!」
大興奮のクレスティニア兵。
「嘘…だろ…。何だよ…あれ…」
クレスティニア兵とは対照的に、言葉を失う他国の兵士たち。
「じゃあ、次は俺の番だな」
そう言うとユイトは、腰に据えた斬魔を納めたままの鞘を左手で握った。
そして…
”纏雷”
直後、鞘と斬魔に雷が宿る。
さらに…
”迅雷”
鞘と斬魔から激しい雷が迸り、眩しいまでの光を放つ。
バチッ、バチバチッ、バチバチバチッ
「な、何だよ…あれ…」
皆が驚き注目する中、ユイトは雷纏う斬魔にゆっくりと右手をかけた。
ユイトがとったのは抜刀の構え。
それはユイトが初めて見せる抜刀術。
直後、なおも蠢く悪魔たちをその目に捉え、ユイトが光の如き速さで一気に斬魔を振り抜いた。
”絶禍”
それはティナの目にすら映らぬ、凄まじき速度の斬撃。
辺りが光ったかと思うと、その瞬間、眼前に群がる数多の悪魔たち、更にはその後方に広がる広大な終末の森までもが一瞬で消滅した。
「なっ……」
絶句する世界連合軍の兵士たち。
するとユイトはすぐに、鞘を握る左手を悪魔たちへと向けた。
猛烈な勢いでユイトに吸い込まれていく莫大な魔素。
そして、辺りの空間が歪むほどの尋常ではない魔力が、悪魔たちに向けられたユイトの左手へと宿っていく。
「駄目押しだっ!!」
”極滅獄炎”
悪魔たちに向けて放たれた超圧縮された地獄の火炎。
直後、その地獄の火炎は、前方の空間に向けて凄まじい勢いで膨張。
まるで世界の全てを飲み込むかと思う程の巨大な獄炎が、悪魔たちを灰すら残さず焼き尽くす。
その瞬間、ティナの創り出した氷の世界は、一瞬にして業火渦巻く地獄と化した。
その光景をただただ呆然と眺める元首たち。
「私は…夢でも見ているのか…」
「これが…ユイト様の力……」
「エギザエシムが壊滅するわけだな…」
そしてランクスも。
「は、はは…何だよあれ……。まじで…意味分かんねぇよ…」
「………」
世界連合軍の兵士に至っては、あまりに現実離れした光景を前に完全に思考が停止。言葉を発する者は誰一人としていなかった。