第201話
「まずは、各々方。
この度は遠路はるばる、リーンプエルまでようこそお越しくださった。
心より感謝いたす。
此度の会議は皆も知っての通り、
クレスティニアのゼルマ殿とブレサリーツのイーファ殿の提案により実現した。
世界全13国の元首が一堂に会するのは、長い歴史の中でも初めてのこと。
間違いなく歴史に刻まれる会議となろう。
それではゼルマ殿、任せてもよろしいかな?」
「承知した」
ノイブリッツ王から進行を引き継いだゼルマ王が、神妙な面持ちで話し始める。
「今回、皆にお集まりいただいたのは他でもない。
この世界を脅かす悪魔への対策について協議するためだ」
皆、真剣な表情でゼルマ王の話に耳を傾ける。
「今、この世界は悪魔の脅威に曝されている。
そしてその脅威は、時とともにより大きなものとなっている。
奴らは非常に狡猾だ。
策を巡らせ、我らが気付かぬ内に国の内部へと入り込んでくる。
更に厄介なことに、奴らは我々の常識の通じない未知なる力を持っている。
このまま奴らを放置すれば、近い将来、間違いなく世界は荒れるであろう。
それも取り返しのつかぬ程に」
ごくり
ゼルマ王の言葉に一気に場の空気が張り詰める。
「もはや一国でどうこうする時は過ぎた。
今こそ各国が力を合わせる時。
私はその具体的な策を、如何にしてこの世界を守っていくのかを
この場で皆と議論したい」
会議の目的を各国元首たちに伝えたゼルマ王。
だが、元首たちの中には悪魔を知らない者も多い。
ゼルマ王が発した言葉に、しばし会議室内が沈黙する。
「……しかしゼルマ殿」
まず声を上げたのはオズアール王国 国王フィヨルド。
「書簡にも書いてあったが、本当に悪魔などというものが存在するのか?
にわかには信じられぬ」
悪魔の存在に懐疑的な何人かの元首がフィヨルド王の言葉に相槌を打つ。
「フィヨルド殿のその気持ちも良く分かる。
2年ほど前の私なら、同じことを言っていたであろう。
だが、残念ながら私の言ったことは真実だ。奴らは確かに存在する。
事実、奴らはこれまで数々のことをしでかしてきた。
レンチェストの魔獣異常発生、メイリールの滅亡危機、
クレスティニアとブレサリーツ、ザッテラの戦争、
それらは全て奴らがしでかしたことだ」
「…そ、それはまことなのかっ!?」
驚愕の表情を浮かべ、すぐに各国王たちの顔を窺うフィヨルド王。
そんなフィヨルド王に対し、ロットベル王、ステラ、イーファ、ネストールが無言で頷く。
「…な、何ということだ……。
これだけの王たちが悪魔の存在を認識しているというのか…」
「それだけではない」
ゼルマ王が続ける。
「他にもリシラにて、エルフの民も奴らの被害にあっている。
ユーリネスタ殿に確認してもらえれば分かることだ。
今、判明しているだけも、これだけのことを奴らはしでかしている。
我々が知らぬものも含めれば、かなりの数になるであろう。
そして…これはあくまで私見だが、
3年前、アヴィ―ル帝国がリーンプエル王国に戦争を仕掛けた件、
私は奴らが関わっていたのではないかと今は思っておる。
あの戦争はあまりにも不自然過ぎた」
「まさか…」
アヴィ―ル、リーンプエル両国の元首の顔が一気に険しくなる。
重苦しい空気が会議室を包む中、ロットベル王が口を開く。
「…ところでゼルマ殿」
「どうされた?ロットベル殿」
「いや、今回の会議、ゼルマ殿とイーファ殿の連名で提案されたであろう?
ひょっとして、あれから何かが分かった故、
今回の会議を提案されたのでないのかと思ってな」
「うむ。まさに今からそのことについて話そうと思っておった。
実は悪魔がしでかしてきた一連の出来事には、
1人の人物が深く関わっていることが分かった。
そ奴が裏で糸を引き、悪魔たちを主導しておったのだ」
「………」
「その人物の名はレイドス。
伝え聞いたそ奴の特徴から、滅びし国ゼツアの王、あのレイドスと推測される」
「…な、なんだとっ!?」
一斉に叫び声を上げるレイドスを知る元首たち。
「まさかあの男が……」
「念のため言っておくが、まだ確定したわけではない。
あのレイドスとは違うかもしれん。
だが私はあのレイドスである可能性が極めて高いと思っておる」
「……確かに、あの男ならばやりかねん」
「まさか、自国だけでは飽き足らず、世界をも滅ぼすつもりなのか……」
レイドスという名に会議室が一気にざわつく。
「ゼルマ殿、1つ質問させてもらってもよろしいか?」
そう声を上げたのは、グレア・ネデア 国王ガナード。
「私はそのレイドスという者は知らんが、ひとまず悪魔はいるとして、
さらにそれを主導するのがそのレイドスという男であったとしよう。
しかしそれが世界にとって、そこまでの脅威になり得るのだろうか?
我が国には、屈強な戦士たちがいる。
そしてそれは、ここにいる皆の国も同じであろう。
そこまで危惧しなくても何とかなるのではないか?」
「確かにガナード殿の言う通り、何とかなるかもしれん。
だが、何とかならぬやもしれん。
我々は民たちの命を預かる立場にいる。
常に最悪の事態を想定して動かねばならん。
私自身は直接悪魔と対峙したことがない故、奴らの力は分からん。
だが、直接悪魔と対峙したことのあるステラ殿からは、
奴らは凄まじい力を持っていると聞いている。
さらに、耳を疑うような衝撃的な事実がある。
奴らに捕らえられていたエルフの民たちの話によると、
どうやらレイドスは称号者ということだ」
「…な、何だとっ!?称号者だとっ!?」
激震が走る会議室。その瞬間、何人かの元首が思わず立ち上がる。
「そうだ。しかも、その力が間もなく解放される、
レイドスはそう言っていたらしい」
「………」
まさかの事実に押し黙る元首たち。場の空気が一段と重くなる。
「我々はこれから、どれだけいるかも分からぬ悪魔たち、
更には称号者をも相手にせねばならん。
称号者が相手となると、どれだけ準備してもやり過ぎということはなかろう」
ここで、再びガナード王がゼルマ王に問いかける。
「確かに称号者のことは話では聞いたことはある。
だが本当に、それ程までに危惧しなければならない相手なのか?」
「そうだ。称号者は例外なく、我々にはとても理解できぬような力を有しておる。
その力は、人が持つものとは一線を画す。それこそ比べようもない程に。
称号者とはそれほどまでの存在なのだ」
「…そこまで断言できるということは、ゼルマ殿は称号者の力を見たことが?」
「ある。あれを見たら嫌でも思い知るだろう。
我々の理解をはるかに超えた、神に与えられたとしか思えぬその力を」
「………」
「我々がこれから戦わねばならぬ相手はそういった者たちだ。
それを各々理解した上で、この会議に臨んで欲しい」
会議開始時には思いもしなかった事実の連続に、会議室内が静まり返る。
そんな中、バーヴァルド帝国 皇帝ユークリッドⅢ世が口を開いた。
「…しかし、レイドスの目的は一体何なのだ?
ゼルマ殿、そこら辺の情報は何かないのか?」
「………。
これも、奴らに捕らえられていたエルフの民たちからの情報だ。
レイドスはこう言っていたらしい。新たな世界の王になると」
バンッ
「何だとっ!?新たな世界の王だとっ!?」
会議机を両手でたたき、叫び声をあげる元首たち。
「では奴は…」
「…今のこの世界を滅ぼす…ということであろうな」
再び激震が走る会議室。
ここで初めて、リーンプエルのノイブリッツ王から質問が飛ぶ。
「ひとまずレイドスと悪魔たちが、我々にとっての脅威であることは分かった。
だがゼルマ殿、先ほどゼルマ殿は、
ステラ殿が直接悪魔と対峙したと言っておった。
そしてそのステラ殿は今ここにおられる。メイリールも今なお存在しておる。
つまりは、メイリールは悪魔を撃退したということであろう?
一体、如何にしてメイリ―ルは悪魔を撃退したのだ?
それさえ分かれば、我々が何をすべきか見えてくるのではないのか?」
「ノイブリッツ殿。それは、私からお答えしましょう」
皆が一斉にステラに目を向ける。
「確かにメイリールは悪魔を撃退しました。
ですが、そこに何か策があったわけではないのです。
その時、たまたま我が国を訪れていた2人の冒険者、
その2人の冒険者が悪魔を討ち倒し、我が国を救ってくれたのです」
「なんとっ!?
それでは、たった2人の冒険者がメイリールを救ったというのかっ!?」
「そうです。彼らがいなければ、私もメイリ―ル王国も
今この世には存在していなかったでしょう。
これから我々が直面する悪魔との闘い、そしてそれに向けた準備、
それらは間違いなく、彼らの存在なくしては成り立たないと思います」
「一国の女王にそこまで言わせるとは…。
一体何者なのだ、その冒険者というのは?
ステラ殿以外も知っておるのか?」
「ここにおられる半数以上の方は、ご存じではないでしょうか。
我が国を救ってくれた2人の英雄。
そのお1人は、ここにおられるゼルマ殿のご令孫、
ティナ・レフィール・クレスティニア王女殿下です」
「なんとっ!?」
「まさかティナ様が…」
その事実を知らぬ各国元首たちが一斉に驚きの声を上げる。
「そうか、ティナ殿か。確かにティナ殿のあの強さならば
悪魔を滅したといっても何ら不思議ではない。
あの尋常ならざる強さには私も驚いた。
人間ではなく、女神か何かかと思ったほどだ」
そう話すのは、大武闘大会にてティナの戦いを目の当たりにしたバーヴァルド帝国皇帝ユークリッドⅢ世。
「……それほどまでか」
ユークリッドⅢ世の言葉に、信じられないという表情を浮かべるノイブリッツ王。
「…ティナ……まさかな」
そんな中、ガナード王が小さくつぶやく。
「どうされた?ガナード殿」
「いや、ティナという名の人間族の娘を知っておってな。
すまん、おそらく名が同じなだけだ。進めてくれ」
「うむ。
してステラ殿。もう1人の冒険者というのは一体誰なのだ?」
「我が国を救ったもう1人の英雄。
それは冒険者としても活動されているティナ王女のお仲間、ユイト殿です」
「ユイト?」
「はい。彼もまた、ティナ王女と同じく、
我々には理解できない程の力をお持ちです」
その言葉に、ユイトを知る元首たちが一様に頷く。
「………。
では…その2人が、一国でも対処できなかったような相手を打ち破ったと…。
たった2人の力が、一国の力をも上回ると言うのか?」
「はい。その通りです」
「…し、信じられん」