第200話
リーンプエル王国 王都エミリス。
クレスティニア王国 国王ゼルマとブレサリーツ王国 女王イーファの提案により開催される運びとなった世界会議。
各国の元首たちが一度に会するなど、これまでこの世界においてなかったこと。
その歴史的な会議が、間もなくこの地にて開かれようとしていた。
無駄な混乱を避けるため、リーンプエルの国民たちには今回の会議の趣旨は説明されていない。
そのため、何も知らないリーンプエルの国民たちは、今回の会議をまるでお祭りか何かのような感覚で捉えていた。
そしてエミリスの熱気が増す中数日が経過し、ついに世界会議当日がやってきた。
かつてない程の厳戒態勢が敷かれる王都エミリス。
数多くの兵士たちが、王城へと続く道を警備する。
そしてその道の両脇には、各国元首たちを一目見ようと多くのリーンプエル国民たちが立ち並ぶ。
それからしばらくすると、そんな王都エミリスに、各国元首並びにその護衛騎士団、精鋭冒険者たちが続々とやってきた。
まず最初に到着したのは、ブレサリーツ王国 女王イーファ。
イーファは馬車の中から、沿道に立ち並ぶリーンプエル国民たちに向け、笑顔で手を振り続ける。
若く、そして美しいイーファのその姿に、沿道からはため息が漏れる。
続いて到着したのは、メイリール王国 女王ステラ。
女王に即位してから5年が経過したステラ。
その姿は、ただ美しいだけでなく、女王としての風格が漂っていた。
「なぁ、さっきの女王様も綺麗だったけど、今の女王様もすげぇ綺麗だったな…」
「あぁ。この国の王様とはえらい違いだぜ」
ステラが通り去ると同時に沿道から漏れる声。
その声に反応したのか、1人の兵士が男たちの顔を見る。
直後、その兵士が男たちの方に向かって歩き出した。
「おい、お前まずいんじゃないか?
今の言葉、不敬罪って言われてもおかしくないぞ?」
「えっ?そんなつもりじゃねぇよっ!
やべぇ、どうしたらいいんだっ…」
焦りまくる男。
しかし兵士は待ってくれない。
そしてついに、おろおろする男の前に兵士がやってきた。
「おい、聞こえたぞ」
「…す、すみません。そんなつもりはなかったんです。
どうか見逃してください」
「んっ?何言ってるんだ?さっきの女王様、ほんと綺麗だったよなぁ。
あぁくそー、あの国の兵士が羨ましいぜ」
「………。はいっ?」
その後も続々と各国の元首たちがエミリスへと到着。
皆、足早にエミリスの街を通り抜け、リーンプエル王城へと消えていく。
場所は移り、リーンプエル王城 大広間。
会議開始まではあと数刻。
だが待機場であるその場には、リシラとグレア・ネデアを除く11カ国の元首とその護衛たちが既に集まっていた。
挨拶や談笑、時には交渉事をしながら、会議開始までの時間を過ごす元首たち。
そこにはレンチェスト王国 国王ロットベルとエギザエシム帝国 皇帝ユグノースが談笑する姿もあった。
皇帝がヴァルトスからユグノースへと代わり3年が経過したエギザエシム帝国。
彼の国は、かつての軍事国家の色は完全に消え失せ、治世を目指す国へと変貌を遂げた。今では、あの出来事により被害を被ったレンチェスト王国とも友好的な関係を築いている。
他にも、一時は敵対関係にあったリーンプエル王国とアヴィール帝国。
3年前の戦争がまるで嘘だったかのように、両国もまた、今では良好な関係を築いていた。
大広間から聞こえてくる笑い声。
そしてゆっくりと流れゆく穏やかな時間。
それは、これから訪れるであろう悪魔たちとの戦いの前に与えられた、わずかばかりの休息でもあった。
その頃、エミリスの街ではリーンプエル国民の大歓声が沸き起こっていた。
長きに渡り人間族との交流を断ち、ルクペの森奥深くでひっそりと暮らしてきたエルフの民。
そのエルフの民が今、リーンプエル国民たちの目の前に。
初めて見るエルフ族の姿に大興奮のリーンプエル国民たち。
ユーリネスタやエルフの民たちもまた、予想もしていなかったそのあまりの歓迎ぶりに、小さな困惑と大きな喜びを覚えた。
その後、大歓声と拍手の中を通り抜け、リーンプエル王城へとたどり着いたエルフたち。するとすぐに係の者がやってきて、ユーリネスタを皆が集まる大広間へと連れていく。
案内人の後についてしばらく王城内を歩いていく。
すると目の前に、大広間の大きな扉が現れた。
その扉を前に、かなり緊張した様子のユーリネスタ。
そしてそんなユーリネスタの心の準備も整わぬまま、案内人の手により大広間の扉が開かれた。
「どうぞ、お入りください」
開かれた扉の向こうには、初めてまみえる各国元首たち。
緊張した面持ちのユーリネスタは、開かれた大広間の扉をゆっくりとくぐってゆく。
「おぉっ!これは!」
ユーリネスタが姿を現した瞬間、各国元首たちが驚きの声を上げる。
だが、それもそのはず。
その場にいる元首たちの中で、ユーリネスタに会ったことがあるのはイーファのみ。他の元首たちは、ユーリネスタはおろか、エルフを見たのもこの時が初めてだった。
一方のユーリネスタ。
こちらもまた、慣れない人間族との会合、面識のない各国の元首たちを前に戸惑いを隠せない。
するとそんなユーリネスタの元に、すぐにイーファが歩み寄る。
「ようこそお越しくださいました。ユーリネスタ様」
「これはイーファ様。久方ぶりでございます。
その節は大変お世話になりました」
「いえ、とんでもございません」
「まだ外の世界は色々と慣れておらず戸惑っておりましたが、
イーファ様がおられて大変心強く思います」
「ふふ。私でよろしければ、いつでもお声がけください」
「はい、大変助かります」
すると、右へ左へと辺りを見回すユーリネスタ。
「ところでイーファ様。
こちらにクレスティニアのゼルマ陛下はいらっしゃるのでしょうか?」
「はい、いらっしゃいます。ここから見て左手。
あちらにおられるのがクレスティニアのゼルマ国王陛下になります」
「あの方が…」
「はい。ゼルマ陛下はティナ様の祖父君にあたるお方です」
「そうなのですね。
ではティナ様に我が里の民を救っていただいたお礼を、ぜひ直接お伝えせねば。
それではイーファ様。私は早速、ゼルマ陛下へご挨拶に行って参ります」
ゼルマ王へ挨拶するべくユーリネスタが体の向きを変えたその時…
「お待ちください」
イーファが急いでユーリネスタを引き留める。
「ユーリネスタ様、1つお願いがございます」
「お願い…ですか?」
「はい。ティナ様のあの件に関してです。
ユーリネスタ様、どうかあの件に関して、
ゼルマ陛下にはその一切を内緒にしていただきたいのです。
それが、愛するご家族に心配をかけたくないというティナ様の想い。
私もあの件に関しては、ゼルマ陛下に一切お話ししておりません」
ティナの優しき想いを理解したユーリネスタは、優しい笑みを浮かべた。
「承知いたしました」
「ありがとうございます。
それではユーリネスタ様。ゼルマ陛下の元へご案内いたします」
イーファに導かれ、ゼルマ王の元へと赴いたユーリネスタ。
お互い自己紹介を済ませた後、ユーリネスタはティナへの感謝の気持ちをゼルマ王へと伝えた。
そしてゼルマ王もまた、久しく会えていないティナのことについて根掘り葉掘りユーリネスタに尋ねた。
その姿は一国の王というよりも、孫を愛するただの祖父のようであった。
その後も各国元首たちは各々の時間を過ごしていく。
そして数刻が経過し、ついに会議開始の時がやってきた。
「やはりグレア・ネデアはダメだったか…」
各国元首たちがそう思ったまさにその時、大広間の扉が開いた。
「申し訳ない。遅くなってしまった」
扉の向こうから現れたのは、獣人国グレア・ネデア 国王ガナード。
獣人国の王に相応しい、大きく頑強そうな体躯。
お付きの護衛よりもはるかに強そうに見える。
「おぉ、これは!よくぞおいでくださった」
ガナード王の元へと駆け寄り、そう声をかけるのは、ホスト国リーンプエル王国 国王ノイブリッツ。
「参加のご回答が無かったと聞いていた故、お越しいただけないと思っておった」
そんなノイブリッツ王の言葉に驚くガナード王。
「なんと!?参加させていただくとの書簡を確かに送ったはずなのだが…。
どこかで手違いがあったのかもしれん。それは大変申し訳なかった」
「いやいや、そんなことお気になさらずとも良い。
それでは、皆様方。これで参加者が全て揃った。
早速、会議を始めようぞ」
ノイブリッツ王の言葉に、会議室へと一斉に移動し始める各国元首たち。
1つ、また1つと会議室の円卓が埋まっていく。
そして最後に着席したのはノイブリッツ王。
それと同時に会議室の扉が閉じられた。
「それではこれより、世界13か国会議を開始する」
リーンプエル王国ノイブリッツ王の言葉で歴史的な会議の幕が上がった。