第20話
その翌日。
ユイトはティナのことを考えていた。
「誰とも会わない採集の時間が、ティナにとっては一番安らぐ
時間だったのかもな……。
普通に自分に接してくれる俺のことが、きっと嬉しかったんだろうな……」
(………)
「…くそっ」
昨日の光景がちらつき熱い感情がこみ上げる。
ガヤガヤ、ガヤガヤ
聞こえてくる物音と話し声。
「……それにしても、騒がしいな。一体何なんだ?」
その日はなにやら、朝から外が騒がしい。
ユイトは朝食をとったついでに、宿屋の店員に聞いてみた。
「外が騒がしいけど、今日は何かあるのか?」
「はい。今日は領主様が町に視察にいらっしゃるんです。
なので、みんな、領主様に失礼が無いよう色々と準備してるんですよ」
「ふーん、そうなのか」
(視察のために準備って何だそれ)
(普段通りのところを見ないと視察の意味なんて無いだろ)
心の中でつぶやくユイト。
「…まぁせっかくだし、俺も領主とやらを見てみるか。
貴族ってのも初めてだしな」
早速、身支度を整え外に出る。
そこでユイトを待っていたのは、異様な光景。
道はきれいに清掃され、その道の両端には町人たちが立ち並ぶ。
こんなにも人がいたのかと思うほど。
おそらく町中の人が、領主を迎えるために並んでいるのだろう。
(視察でこんなことさせるって、頭大丈夫か?ここの領主は……)
そうこうしているうちに、通りの向こうから20人ほどの集団がやってきた。
そのほとんどが兵士だが、明らかに1人だけ違う装い。
おそらくあれが領主だろう。
領主が近づいてくると、皆一斉に頭を下げる。
その様子に領主は、ご満悦な表情を浮かべる。
そして領主一行は、町人と話をするわけでもなく、そのまま町を練り歩く。
(パレードか何かか、これ?)
あまりの馬鹿さ加減にユイトはあきれ返る。
その後もパレード(視察)は続き、一行はティナの家付近へと差し掛かる。
と、その時。
ティナの家の方から水風船らしきものが飛んできて、領主の頭に見事に命中。
領主は、上から下までずぶ濡れだ。
わなわなと震える領主。
「誰だぁーーーっ!出て来ーいっ!!」
領主は顔を真っ赤にして激高。
その様子はまるで茹で上がったばかりのタコのようだ。
先ほど領主の頭に命中した水風船。
なんとその水風船は、ティナの叔母の息子が面白半分で投げたものだった。
予期せぬ息子の行動に激しく動揺するティナの叔母。
このままでは息子が捕らえられてしまう。
そしてこの後、焦った叔母は決して許すことのできない行動に出た。
「も、申し訳ございません。この子がやったんです」
そう。叔母は、水風船をぶつけたのはティナだと領主に申し出た。
突然耳に飛び込んできた叔母の声。
まったく身に覚えのないその内容に、ティナは反射的に声を上げる。
「ち、違う、私はやってな」
バチンッ
辺りに響く大きな音。
ティナの言葉を遮るかのように、叔母がティナの頬を激しくぶった。
その激しさを物語るかのように、ティナは吹き飛び、唇には血が滲む。
「いいから早く領主様の元に行きなさいっ!!」
叔母はティナを睨みつけながら、そう言い放つ。
その様子に静まり返る町人たち。
そんな中、地面に伏したティナが静かに立ち上がる。
およそ少女が見せるものとは思えない、この世の全てに絶望したかのような、
一切の表情を失った顔。
どこか遠くを見つめるティナは、無言のまま1人領主の元へと向かっていく。
「貴様かぁーっ!!
お前らっ、早くその小娘をひっ捕らえよっ!!!」
響き渡る領主の怒声。
直後、領主の命令を受けた数名の兵士がすぐにティナを取り囲む。
そして無抵抗のティナを拘束すると、領主の前へと突き出した。
「貴っ様ぁーっ!
よくも、よくも貴族である私にこのような真似をしてくれたなっ!
生きていられると思うなよーっ!!」
荒れ狂う領主。その怒りは収まるどころか激しさを増すばかり。
そしてついには、腰に据えた剣を手に取った。
その様子をただただ傍観している町人たち。
誰一人として割って入ろうとする者はいない。
誰一人として声を上げる者もいない。
ティナを助けようとする者は、誰一人としていなかった。
剣を握り締め、今にもティナを手にかけんとする領主。
そこへ葛藤を続けていた1人の兵士が割って入った。
「ラーゴルド様、相手は子供です。
それにまだその少女がやったという証拠がありません」
「うるさいっ、黙れーっ!そんなことなど、どうでもよいわーっ!
いいからそこをどけぇーーーっ!!」
領主が間に入った兵士を蹴り飛ばす。
領主とティナ。もはや2人の間を遮るものは何もない。
そしてついに、怒れる領主が、手にした剣をティナに向けて大きく振り上げた。
ティナは、その振り上げられた剣を静かに見つめた。
声を上げることもなく、表情を変えることもなく、ただ静かにじっと……。
(……お父さん、お母さん、私…疲れちゃった……)
(……ごめんね。私もそっちに行くからね……)
そう心でつぶやくと、ティナはそっと目を閉じた。
そして領主は、握りしめた剣をティナに向け、真っすぐ振り下ろした。




