第2話
今回の探索の目的は、言うまでもなく身を守れる場所の確保だ。
だが、安全な場所を見つけることだけに気を取られていると、足元をすくわれる。
なにせ何も分からぬ森。
危険な先住民がいるかもしれないし、獰猛な野獣がいるかもしれない。
身を守れる場所を確保する前に、身を守る必要がない体になってしまう可能性だって十分にある。
それでは本末転倒だ。
ユイトは念入りに周囲を確認しつつ、可能な限り物音を立てないよう、慎重に足を進めていく。
そして歩き始めてから1時間ほどが経過。
気を張り詰めながらの移動は想像以上にユイトの体力と精神力を奪っていく。
だが幸いにも、今のところ特に危険な獣などには出会っていない。
(……ひょっとして意外と安全な森なのか?)
そう思った矢先、左前方からガサガサガサという音が聞こえてきた。
気を抜きかけた瞬間の出来事。
体がビクッと反応し、変な声が出そうになる。
それを必死に堪えるユイト。
冷や汗とともに、バクバクバクともの凄い勢いで心臓が脈打つ。
極度の緊張のあまり体が硬直するユイト。
だがユイトは勇気を振り絞り、恐る恐る木々の隙間へと顔を近づける。
そして音を立てないよう、ゆっくりゆっくりと音が聞こえてきた左前方を覗き込んだ。
(……何だあれ……ひょっとして狼か?)
ユイトの目に映ったのは、数頭の狼らしき生物。
(やばいな……あんなのがいるのか……)
息を飲むユイト。一気に冷や汗が溢れ出す。
遠くていまいちよく見えないが、どうやら相当な大きさだ。
そしてその狼らしき生物は、一心不乱に何かを食べている。
その光景に嫌な想像が頭をよぎる。
(……やばい……まじでやばい)
今すぐここから逃げろと、ユイトの脳内高感度危機センサーが警鐘を鳴らす。
すぐにユイトは、狼たちから目を離さず、ゆっくりゆっくりと後ずさりを始めた。
そしてその後すぐ、見事に落ちている枝を踏み抜いた。
バキッ
「あっ……」
ついでに声のおまけつき。
(やばい…やっちまった)
1頭の狼がこちらを睨む。
そして遅れて他の狼たちもこちらを向いた。これはもう、完全に気づかれた。
さすがはユイトの高感度危機センサー。見事に危険を察知した。
そして危険を呼んだのもユイト自身。
(頼む、こっちに来ないでくれ……)
必死に祈るユイト。
だがその祈りもむなしく、狼たちがユイトのいる方に向かって移動し始めた。
ゆっくりと近づいてくる狼たち。
(やばい、やばい、やばい、やばい)
すぐにでもそこから逃げ出したいが、恐怖で体が動かない。
そして、そんなことはお構いなしに、どんどんと近づいてくる狼たち。
(まずい、まずい、まずい、まずい)
ユイトは全身冷や汗でひどいことになっている。
狼たちは、もうすぐそこまで迫ってきた。
もう、まともに何も考えられない。
(神様ーーーっ!)
と、その時、迫りくる狼たちが突然大きく吹き飛んだ。
「……えっ?」
突然の出来事。ユイトは何が起こったのかまったく分からない。
(誰か助けに来てくれたのか?)
ユイトのそんな淡い期待は、次の瞬間、さらに大きな恐怖によって木っ端微塵に吹き飛んだ。
直後ユイトの目に映ったのは、赤茶色の毛に覆われた巨大な虎。
とてつもない大きさ、そして威圧感。これはもはや虎ではない。
別の生物といっても過言ではない。
先ほどの狼たちがまるで赤子に見える。
ちなみに、先ほど吹き飛ばされた狼たちは、その後、ピクリとも動かない。
一瞬にして捕食者が、被食者に成り代わった。
「……ははっ、何なんだよ、ここは……」
あまりの絶望感に、なぜか空虚な笑いが込み上げる。
虎のような怪物が、狩った獲物を堪能していると、その匂いにつられて次なる客が現れた。
樹々が折れる音。そして大きな地響き。
今度の客は、虎の倍ぐらいはある熊?である。
(腕が4本って……。ははは……これもう絶対地球じゃないじゃん……)
絶望するユイト。
そんなユイトをよそに、怪物たちは睨み合いを始める。
そしてしばらく睨み合いが続いた後、ついに怪物(虎)vs怪物(熊)の戦いが始まった。
超ヘビー級同士の壮絶な戦い。その衝撃波が凄まじい。
周りの巨木が次々と薙ぎ倒されていく。
ユイトは?というと完全に路傍の石状態。
怪物たちには、まったく目にも入っていない様子だ。
それはユイトにとってまさに千載一遇のチャンス。
この機を逃してなるものかと、ユイトは音を立てないよう静かに静かに後ずさりを始めた。
順調に戦場から遠ざかるユイト。
後ずさりにも調子が出てきた。
どんどん後ずさる。スピードも乗ってきた。そして崖から落ちた。
「……痛てててて」
運良く、落ちたのは小さな崖。
幸い特に大きな怪我もない。
「あーびっくりした。全く気づかなかった」
落ちてきた崖を見上げるユイト。
「小さな崖で良かった……。危うく死ぬとこだった。
……はぁ。……それにしても、さっきはマジでもう駄目かと思った。
今生きてるのが信じられん。
きっと、こういうのを奇跡って言うんだろうな……」
ユイトはリュックからペットボトルを取り出すと、恐怖でカラカラになった喉を潤した。
この後、少しだけ休憩を取ったユイトは、探索を再開。
崖の上に登れないこともないが、さっきの怪物たちがいると思うと、とてもじゃないがそんな気にはなれない。
ということで次は崖下の探索を開始。
崖下は木も生えておらず歩きやすい。
だが、何があるか分からない。
油断は禁物、ユイトは周囲に注意しつつ慎重に進んでいく。
細い道を道なりにしばらく進む。
すると、そこはなんと行き止まり。大きな岩壁が行く手を阻む。
「はぁ…せっかくここまで来たのに……」
落胆するユイト。
「くそっ」
悔しさをにじませ岩壁を一蹴り。
するとなんと、岩壁に小さな穴がぽこっと開いた。
穴は、何とか人1人が通れそうな大きさだ。
周りの岩壁も蹴ってはみたが、他に穴は開かない。
「さてと、どうするか……」
選択肢はあって無いようなもの。
鬼が出るか蛇が出るか。
一縷の望みをかけて、ユイトは小さな穴へと飛び込んだ。