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第199話

翌日。


カンカンカンカンカンカン


メロードの町にけたたましい鐘の音が鳴り響く。


「獣だーっ!獣の群れだぁーーーっ!!

 グレートボアの群れがこっちに向かってくるぞーーーっ!!」


普段ならば獣の襲撃に慌てふためき、逃げる準備をするはずの町人たち。

しかし、なぜかその素振りは一切ない。


「いやー良かったよ。今この町に”無名アンネームド”がいてくれて」

「あぁ、彼らがいれば一安心だ」

「獣たちも運が悪かったな。”無名アンネームド”がいるときに襲ってくるなんて」


偽”無名アンネームド”の存在に安心しきる町人たち。


そんな中、いち早く不穏な空気を察知し、こそこそ町を逃げ出そうとする2人組。

もちろんそれは、偽”無名アンネームド”。

深々とフードを被り、まるで泥棒かのように静かに町の入り口へと向かって行く。


「おい、どこ行くんだ?」


ビクッ


突然、背後から聞こえてきた声に足を止め、恐る恐る後ろを振り向く偽ユイトと偽ティナ。


「お前ら、”無名アンネームド”なんだろ?

 だったら、獣の群れぐらい楽勝だろ?」


「も、も、も、もちろんじゃないか。

 こ、こ、こ、これから迎え討ちに行こうとしていたところさ」

震える声でそう答える偽ユイト。


「そっか。じゃあ、向かう方向が間違ってるみたいだな。

 獣の群れが来るのは反対側だ。俺たちが連れてってやるよ」


真っ青になる偽物たち。

偽物たちから尋常ではない冷や汗が流れ落ちる。


そしてユイトたちに連れられ、獣の群れが迫りくる場所へと到着した偽”無名アンネームド”。

するとそんな彼らの周りに、すぐに町人たちが集まってくる。


「ウイトさん、お願いします!」

「ティマさん。ティマさんの魔法でちゃちゃっとやっつけちゃってください!」


(あぁぁぁぁ…、駄目だ……もう逃げられない……)


偽ユイトと偽ティナを取り囲む多くの町人たち。

物理的にも精神的にも、もはや逃げ場はない。

残された道は、迫りくる獣たちと対峙する道、その一本のみ。

偽物たちは真っ青な顔で、その残された唯一の道を鉛のように重くなった足で少しずつ進んでいく。


「ウイトさん、ティマさん、やっちまってください!」

今朝まではなんとも心地良かった町人たちの声が、今は特攻を指示する悪魔の声に聞こえる。


町に向け猛然と迫りくるグレートボアの群れ。

そしてそのグレートボアの群れの前に立ちはだかる偽物たち。

2人の足はブルブル、がくがく激しく震える。

まるで振動マシーンに乗っているかのような凄まじい震えっぷり。


そしてようやく覚悟を決めたのか、偽ユイトがグレートボアに向けて腕を上げた。

「わ、わ、わ、我が声に応え顕現せよ煉獄の炎よ。

 も、も、も、燃やし尽くせ、地獄の業火よ」

火球ファイアーボール


大魔法を予感させる詠唱とともに、偽ユイトの魔法が、迫りくるグレートボアの群れに向け放たれる。


へなへなへな~


「おぉっ!!」

町人たちから声が上がる。


プスン

偽ユイトの魔法はグレートボアに届くことなく消滅。


「……えっ?」

だが、町人たちは何が起こったのか理解できていない。


その間にもグレートボアの群れは、どんどん町へと迫ってくる。

そしてついにブルブル震える偽ユイトと偽ティナが、先頭のグレートボアと相まみえた。その直後…


ドスンっ


「あぁれぇぇぇ~~~~~~~~」

グレートボアに弾き飛ばされ宙を舞う偽ユイトと偽ティナ。


ドテンっ


「………。ええぇぇぇーーーーーーっ!!?」

その思いもよらぬ光景に、町人たちが一斉に声を上げる。


「うわぁぁーーーっ!!”無名アンネームド”がやられたーーーっ!!」

「おいっ、グレートボアの向こうになんかいるぞ…」

「…フォ、フォレストタイガーだーーーっ!

 グレートボアは、フォレストタイガーから逃げてきたんだーーーっ!!」

「に、逃げなきゃっ!!」

大混乱の町人たち。


そんな中、地面に伏したままブルブルと震える偽物2人。

「ひぃ、ひぃぃ~~~」


「ったく、しょうがないな」

見かねたユイトとティナがそんな2人の前へと足を進める。


「おい、お前ら。

 これに懲りたら、もうこんな馬鹿なことするんじゃないぞ」

震える2人にユイトが言い放つ。


「じゃあ、さっさと片付けるか」

「うん。じゃあまずは、私から行くね」


そう言うとティナは、左手を上へと向けた。

その手のひらに瞬間的に蓄えられる濃密な氷の魔力。

直後ティナは、その蓄えられた氷の魔力に軽く息を吹きかけた。


雪華微風フリージングブリーズ


ティナの手のひらから生み出されしは絶対零度の雪の結晶。

まるで氷の花が風に流され舞い踊るかのように、きらきらと輝きながらグレートボアの群れに向かって飛んでいく。


迫りくるグレートボアたちの元にゆらゆらと舞い落ちる雪の結晶。

そしてその輝く雪の結晶が、突進中のグレートボアの体に触れた瞬間、グレートボアは氷の塊へと姿を変えた。


「…な、何だっ!?一体何が起こったんだっ!?」

次々と氷の塊となって倒れ行くグレートボアを前に、町人たちからは驚きの声が上がる。


「じゃあ、次は俺だな」


依然、メロードの町めがけて迫りくるフォレストタイガー。

ユイトはそんなフォレストタイガーを見据えつつ、斬魔を抜いた。

そして直後、”気”を纏った斬魔が一閃。


「よし、完了」

斬魔を鞘に納めたユイトがフォレストタイガーに背を向ける。


町人たちの目には、ユイトがただ剣を振ったようにしか映っていない。

フォレストタイガーも依然、メロードの町に迫ってきているように見える。

しかし次の瞬間、ゆっくりと歩き出したユイトのはるか後方で、フォレストタイガーは真っ二つになり絶命した。


「…えっ!?」


これまた町人たちは何が起こったのかまったく分かっていない。

そんな町人たちが理解できたことはただ1つ。

それは町の危機が去ったこと。


「じゃあ、戻るか」

ティナとともに町人たちの元へと向かっていくユイト。

その途中。


治癒ヒール


「お前ら、それでもう動けるだろ?」


「………」

もう色々と凄すぎて、言葉も出ない偽物たち。


その後、町人たちの元へと戻ってきたユイトとティナ。

そんな2人をすぐに町人たちが取り囲む。


「あんたたち、どうもありがとう。

 ”無名アンネームド”もやられて、もう駄目かと思ったよ。

 けど、あれだけの数の獣を一瞬って……あんたたちは一体?」


その言葉にユイトとティナは顔を見合わせ軽く頷いた。

そしてここでようやく2人は、隠していた冒険者プレートを取り出した。

取り出されたプレートをまじまじと眺める町人たち。


「……えっ?」

町人たちは、冒険者プレートとユイトとティナの顔を行ったり来たり。

「えぇぇぇーーーーーーーーっ!!?」


「俺は、”無名アンネームド”のユイトだ」

「私は、”無名アンネームド”のティナ」

「こいつはフェンリルのユキだ」


驚きのあまり口をパクパクさせる町人たち。


「あ、あ、あなた方が、”無名アンネームド”!?

 そ、それじゃあ、彼らは…」

町人が偽ユイトと偽ティナに向かって指をさす。


「ま、いわゆる偽物ってやつだな」

「そんな…」


その後、偽物2人は町人たちの手により取り押さえられ、ユイトとティナの前に突き出された。


「…ほ、本当に申し訳ございませんでした」

震えながら土下座で謝る偽ユイトと偽ティナ。


「まったくお前ら…、なんでこんな馬鹿なことしたんだ?」

「…え、英雄気分を味わってみたくて……」


「…はぁ。お前らさぁ、自分の手で掴んでこそ本当の英雄だろ?

 こんな馬鹿なことしてる暇があったら修行でもしろ!!

 ったく。もうこんな馬鹿なことするんじゃないぞ?」

「はい、分かりました」


「あとお前ら、昨日食事奢ってもらってただろ?

 騙して奢ってもらうなんて詐欺だぞ。ちゃんと食事代返しとけよ」

「はい、分かりました」


そんなユイトの言葉にすぐに食事代を返そうと思ったのか、偽ユイトが腰につけた小さな鞄から財布を取り出した。

するとその時、財布に挟まって一緒に出てきた1枚の紙きれが、風に流されユイトの足元へと飛んできた。


「おい、落ちたぞ」


紙を拾った際に、紙に書かれた文字がユイトの目に入る。


「…なっ!?おいっ、ティナっ!!」

すぐにその紙に書かれた内容をティナにも見せる。

「えっ!?」


「おい、お前らっ。これを一体どこでっ!?」

「どこかの洞窟です」


「これだけか?他に何かなかったかっ!?」


ごそごそと鞄を探る偽ユイト。

「…えっと、こんな笛とか」


「ティナっ!ユキっ!みんなが危ないっ!急ぐぞっ!」

「はいっ」

「ワオォン」


ユイトは最後に一瞬だけ後ろを振り向いた。

「お前ら、本当に世界を救った英雄って言われる日が来るかもな」


「???」

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