第192話
そこは、とある村。
その村には1人の少女が住んでいた。
その少女は数年前、不幸にも旅の途中で両親を失った。
それは今から数年前のこと。
森近くの街道沿いを西に向かって進む1つの家族。
するとそんな家族を、1体の魔獣が突然襲った。
それは家族にとって、まったく予期せぬ出来事。
すぐに両親は少女を守るべく、魔獣の前に立ちはだかった。
護身用の剣を握り締め、必死に魔獣と戦う少女の両親。
少女はそんな父と母を、ただ震えながら眺めることしかできなかった。
魔獣を前にどんどん傷ついていく少女の両親。
だが2人は、それでも何とか少女だけは守ろうと命懸けで戦った。
そして、そんな母が少女にかけた最期の言葉。
「アリィ…お願いっ…生きてっ…」
母の頬には涙が伝っていた。
その言葉に少女は走り出した。
涙で前がよく見えない中、ただひたすら走った。
どれだけ走ったのか、どこに向かっているのかも分からない。
それでも少女は走り続けた。
行く当てもなく、ただ母の言葉を胸に少女は走り続けた。
そんな日が数日続いたある日、少女の前方に村が現れた。
ひたすら走り続けてきた少女の目に突如、映った村。
その瞬間、安堵と積もり積もった疲れのため、少女はその場で意識を失った。
次、少女が目を覚ました時は村の中だった。
倒れていた少女の近くを偶然通りがかった村人が、少女を村の中へと運び込んでくれていた。
だが少女は、目は覚ましたものの、目の前で起きた突然の惨劇により心に深い傷を負い、しばらくの間は、笑うことも話すことさえも出来なかった。
村人たちはそんな少女を温かく見守り、皆、我が子のように大切に育てた。
そんな温かい村人たちとの生活の中で、少女の心の傷は少しずつ癒されていく。
そして数年が経過した今、少女はかつての笑顔を取り戻していた。
「アリィ、悪いけどこっちもお願いできるかい?」
「うん、分かった!ちょっと待ってて。今行く!」
少女には不思議な力があった。
いつからその力があったのか少女自身にも分からない。
気付いたらできるようになっていた。
少女が出来ること、それは壁を創り出すこと。
少女は、思い描いたままの形、色で、壁を創り出すことが出来た。
少女が今いる村の近くでも、頻度は少ないものの獣や魔獣が現れることがあった。
そんな村にとって、少女のその力は本当に助かるものだった。
「出来たよ!」
「おぉ、ありがとう、アリィ」
「アリィちゃん、いつも済まないねぇ」
「ううん。こんなことぐらい、いつでも言って!
みんなの役に立てて私も嬉しいの!
それじゃあ、私、木の実とキノコ集めに行ってくるね」
「あぁ、気を付けるんだよ。明るいうちに帰っておいでよ」
「うん!」
村人たちに手を振りながら、週に一度の木の実集めに出かけていく少女。
その日、少女は少し遠めの森へと出かけた。
最近ずっと近場の森で採集していたせいか、近場の森にはあまり木の実やキノコが残っていなかった。
いつもより時間はかかったものの、目的の森へ無事到着した少女。
森に足を踏み入れてみると、そこには、たくさんの木の実やキノコが溢れていた。
「うわぁ、凄い!
やっぱり、ここまで来て良かった!」
笑顔を浮かべながら、少女は早速、採集に取り掛かる。
木の実やキノコを採ってはどんどん採集かごの中へと入れていく。
「ふふ!なんだか楽しい!」
村のみんなの喜ぶ顔を想像しながら、採集を続ける少女。
採集はその後もいたって順調。
そして1時間も経たないうちに、持って行った採集かごがいっぱいになった。
「すごい。こんなにたくさん採れた!
みんな、びっくりするかな。ふふ、楽しみ!」
木の実やキノコでいっぱいになった採集かごを抱え、一路村へと向かう少女。
早くみんなに見せたい、早くみんなの喜ぶ顔が見たい。
そんな思いから自然と少女の足取りも軽くなる。
「もうすぐだ!みんな喜んでくれるかな。楽しみ!」
そしてしばらくすると村が見えてきた。
しかし、少女の目に映ったのは、なんだかいつもとは様子が違う村。
「…えっ?」
急いで村へと駆けていく少女。
そして村の入り口で少女は急に足を止めた。
ぼとっ
地面に落ちた採集かごから、木の実やキノコが散乱する。
少女の目に映ったもの。
それは魔獣たちに蹂躙し尽くされた村だった。
「いや…いや…いやゃぁぁーーーーーーーーーーっ!!!」
少女の悲痛な叫び声が、誰もいなくなった村に響き渡った。