第191話
その頃、グレア・ネデア騎士団側。
「じゃあ、まずは俺からだな」
「いや、最初は俺に行かせろよ」
「お前、かわいい娘だからそんなこと言ってんだろ?
駄目だ、最初は俺が行く」
そんな手合わせの順番でもめる騎士団員たちの元へジークがやってくる。
「あのー皆さん、これだけ先にお伝えしておきます。
ティナさんはめちゃくちゃ強いです。信じられないくらい強いです。
僕なんて、まったく本気を出してないティナさんに、
指一本であっという間に負けちゃいました。
だから、女性だからといって手加減せず、本気で戦ってください。
手合わせ前にすみません。それでは失礼します」
それだけを言い、ティナの元へと戻っていくジーク。
「…な、なんか俺、急に腹が痛くなってきた。やっぱお前が行ってくれ」
「お、俺もなんか急に腹の調子が…」
「いや、俺は頭まで痛くなってきた…だからお前が…」
「何をやってるんだ、お前たち?まさか怖気づいたのか?」
「ちゅ、中隊長!?
いや、だって今のジークの話聞きました?」
「はぁ…。お前らそれでも、栄えあるグレア・ネデアの騎士団員か?
まったくもって情けない。いい、ここは私が出る」
「ちゅ、中隊長が出るんですかっ!?」
「そうだ。何だ?やっぱりお前が出るか?」
ブンブンブン
扇風機のように首を回す騎士団員。
なんだかいつぞやも見たようなこの光景。
「はぁ…」
騎士団中隊長バーナードからため息が漏れる。
そしてほどなくして、ティナと騎士団の手合わせが始まった。
先生としての威厳を示すかのように、訓練場中央にて堂々と立つティナ。
そんなティナに対するは騎士団中隊長バーナード。その手には剣が握られる。
「それではよろしくお願いします」
ティナがバーナードに声をかける。
「こちらこそよろしく頼む」
そう言葉を発すバーナードの目には、鞘に納められたままの光与が映る。
「…あなたは剣を使わないのか?」
「はい。
ジーク君の武器は身体強化を用いた体術です。
これからジーク君が進もうとしている道。
その道を進んでゆくためには、体術をもっと磨いていく必要があります。
先生としてジーク君に伝えたいんです。体術でもここまで来れるということを」
「…そうか…分かった。では参る」
そして、バーナードが動き出したその瞬間。
ドスンっ
ガシャンっ
訓練場に転がるバーナードの剣。
バーナードの目には青空が映る。
「…はっ、はははは。笑うしかないな」
「嘘…だろ…」
訓練場にどよめきが起こる。
天を仰ぐバーナードに手を差し伸べるティナ。
差し出されたその手につかまり、立ち上がるバーナード。
「大丈夫ですか?」
「あぁ、済まない。
手も足も出ないとは、こういうことを言うんだな。
何をされたのかも全く分からなかった。完敗だ」
あまりに一瞬。あまりに圧倒的。
それを目の当たりにした騎士団に衝撃が走る。
「ふっ、愉快。これは愉快ではないか。
人間族の娘が、騎士団中隊長を圧倒するか」
そう笑うのは、国王ガナード。
「あれは誰を出しても同じであろうな。
この際だ。古き獣人国の思想を徹底的に打ち砕いてやろう。
誰か騎士団に伝えて参れ。
グレア・ネデア騎士団 各団団長、同時にあの娘の相手をしろとな」
そんなガナード王の命令を伝えるべく、すぐに従者が騎士団に向けて走り出す。
そして未だざわつく騎士団に国王ガナードの命令が届けられた。
「…えっ!?」
その瞬間、騎士団にかつてないほどの衝撃が走った。
戦士の国グレア・ネデアが誇る騎士団において、各団の団長まで上り詰めることができるのは、圧倒的な力を持った一部の限られた戦士のみ。
そんな騎士団の象徴ともいえる団長たちが、たった1人を相手に同時に戦いを挑むなど前代未聞。ましてやその相手が人間族の女性とあらばなおさらだ。
あまりに斜め上行く国王ガナードの命令に、大きくざわつくグレア・ネデア騎士団。
そんな中、すぐに手合わせの準備に取り掛かる各団の団長たち。
そして迎えた騎士団との手合わせ第2戦。
訓練場中央にはティナの姿。
対するは、グレア・ネデア騎士団が誇る各団の団長10人。
等しく間隔を空けて、団長たちがティナを取り囲む。
その光景にユイトが笑う。
「ははは。まっ、そうなるよな。
誰だか知んないけど、見る目がある奴はいるんだな」
そして誰もが注目する中、手合わせ第2戦が始まった。
開始直後、ティナに向け一斉に攻撃を仕掛ける団長たち。
凄まじい数の攻撃が凄まじい速さで、全方位よりティナに襲い来る。
だが誰もティナに触れられない。その気配すらまったくない。
余裕の表情で軽々と団長たちの攻撃を躱すティナ。
そしてその後すぐ、ティナが攻撃へと転じる。
素手で剣を弾き飛ばし、鋭い打撃と投げ技で次々と団長たちを沈めていく。
そして、あっという間に残りは1人。
ここでティナは、この手合わせで初めて光与に手をかけた。
放たれたのは、目に見えないほどの凄まじい速度の斬撃。
それは体術を極めた先、ジークが辿り着くべき最終形。
キンッ
訓練場に納刀の音が響く。
カランカラン
最後の1人が必死に構えていた剣の刀身が地面へと転がる。
手にする刃のない剣。いつ斬られたかも分からぬその剣を見た瞬間、最後の1人は力なく尻もちをついた。
グレア・ネデア騎士団が誇る団長10人が全く手も足も出ず地に伏すという、誰も予想しなかった衝撃的な結末。
ティナが見せたその圧倒的強さに、訓練場が静まり返る。
そんな中…
パチパチパチパチパチ
静まり返った訓練場に、国王ガナードの拍手が響く。
騎士団員たちもまた、そんなガナード王を倣い、ティナに向け拍手を送った。
その様子を満足げな表情で眺める国王ガナード。
「ふっ。ここまで圧倒的な力を見せつけられれば、
もはや人間族が弱いなどとは誰も言えぬであろう」
…ちょうどその頃。
手合わせを見ていた騎士団員が、すぐ横にいる騎士団総団長に声をかけていた。
「これはもう、総団長が出るしかないんじゃないですか?」
「…いや、もう十分実力は見させてもらった。
もはや私が出る必要もないだろう」
「逃げたな…」
「あぁ、逃げたな…」
「こらぁ、お前たちっ!聞こえとるぞーーーっ!!」
「すみませーん!」
もの凄い速さで走り去っていく騎士団員たち。
場所は再び、訓練場。
未だ地に伏したままの団長たちに治癒魔法を施すティナ。
人の常識をはるかに超えた強さだけでなく、まさかまさかの治癒魔法。
そんなティナに団長たちはただただ驚愕。
ティナは復活した団長たちにすぐに囲まれ、何やら質問攻めにあっている。
その後、団長たちに挨拶を済ませたティナがジークの元へとやってくる。
「おかえり、ティナさん!凄かったっ!!」
「ありがと!ジーク君」
「僕、もっと頑張るよ!
今日ティナさんが見せてくれたこと、絶対に僕もできるようになってみせる!」
「うん、応援してる!!」
この日、ティナの試合を観戦した多くの獣人たち。
彼らは、強く、そしてかわいいティナを見て、人間族に対する価値観が一変。
これを機に、グレア・ネデアでは空前の人間族ブームが巻き起こることとなる。
その後、ユイトたちはしばらくの間、ガデラに滞在。
そして、イーファから聞いた各国元首たちの会議が近付いてきた頃、リーンプエル王国に向けガデラを出発した。