第187話
「ごめんな。もう大丈夫だ」
「うん」
泣き腫らした目のユイトに優しい笑みを向けるティナ。
「…ユイトさん、ここ、リシラだよね?
…みんな……フェルミ―リアさんたちまで……」
「あぁ。覚えてるかどうか分かんないけど、
ティナはジークの大会の後、グレア・ネデアで倒れたんだ。
何度も治癒魔法を試したけど駄目だった。
グレア・ネデアの医者に診てもらったけどそれでも駄目だった。
けど、世界樹の雫だけがわずかに効果があった。
だからリシラに行けばひょっとしてと思って」
「そっか…。私、あの後倒れちゃったんだ……」
「……なぁ、ティナ。体にあったあざ、隠してただろ?
辛いの、ずっと我慢してただろ?」
「………。ごめんなさい。
ユイトさんに心配かけたくなくて…」
ティナが少し視線を落とす。
「…ティナ。お願いだから約束してくれ。
これからはもう我慢なんてしないでくれ。隠し事なんてしないでくれ。
辛いなら辛いって言ってくれよ。
もし手遅れにでもなったら俺は……俺は一生後悔する」
「……うん、分かった。ごめんね」
「絶対だぞ。約束したからな。絶対に守ってくれよ」
「うん」
ティナが小さく頷く。
「……それで、ユイトさん。
私の体にあったあざ、あのあざって一体何だったの?」
「あれは魔毒だった。魔毒によってできたあざだった」
「魔毒?」
「あぁ。一部の悪魔が持つ毒、それがティナの体を蝕んでた。
ルーナたちを助けた時、腕に悪魔から攻撃を受けただろ?
多分、あのとき受けた傷が原因だと思う」
「あの時の…」
「魔毒は人族の体との親和性が非常に高いらしくてさ。
そのせいで俺の治癒魔法も全く効かなかった。
毒自体も相当強かったんだと思う。
世界樹の雫でさえ、一時的な効果しか得られなかったからな。
だから俺は精霊界に行ってフェルミーリアさんに助けを求めた。
そして精霊たちの力を借りて、世界樹を精霊樹に進化させたんだ」
「精霊樹?」
「あぁ、あれだよ」
精霊樹を指さすユイト。
「…確かに…世界樹とは違う」
「だろ?フェルミ―リアさんが言うには、
世界樹はまだ幼子の状態で、それを成長させたものが精霊樹らしい。
あの精霊樹になる実が、ティナの体を蝕む魔毒を消し去ってくれたんだ」
「……そっか。
…私、本当にみんなに迷惑かけちゃったみたいだね」
申し訳なさからか、少し落ち込んだ表情を見せるティナ。
「ティナ、それは違う。
誰も迷惑だなんて、これっぽっちも思ってない。
みんな進んで協力してくれた。本当にティナのこと心から心配してた。
見えるだろ?みんなの安心した顔が」
その言葉にティナが顔を上げる。
「けど、みんなが協力してくれたことは確かだ。
みんながいなきゃティナを救えなかった。
みんなの協力があったからこそ、ティナを助けることが出来たんだ。
みんなにお礼を言わなきゃな」
「うん」
「立てるか?」
ユイトに支えられながら立ち上がるティナ。
そして2人は、2人を気遣い、少し離れた場所でずっと待ち続ける皆の元へと向かっていった。
笑顔を浮かべながらユイトとティナを待ち受けるエルフと精霊たち。
そんな彼らの元へとたどり着くと、ユイトとティナは深々と頭を下げた。
そして、心からの感謝の気持ちを、言い尽くせぬほどの感謝の気持ちを彼らへと伝えた。
自らの足で立ち、目を開け、そして言葉を発すティナ。
そんなティナの姿に、ルーナの目からは涙が溢れ出る。
そしてルーナはティナに抱き着くと、大声を上げて泣き続けた。
……そして、その翌日。
ユイトたちはまだリシラにいた。
今回、死の淵を彷徨ったティナ。
魔毒が消えたとはいえ、体調は万全からは程遠い。
ユーリネスタからの提案もあり、そんなティナの体調が回復するまで、ユイトたちはリシラに滞在させてもらうことにした。
リシラの穏やかな環境の中、ゆっくりと体を休めるティナ。
皆、忙しい合間を縫っては、ティナの様子を見に来てくれた。
ルーナに至っては、朝昼晩と毎日欠かさずティナに会いに来てくれた。
そんな皆の気遣いと精霊樹の実の効果もあり、ティナの体調は順調に回復。
およそ1週間で、以前と変わらぬ元気さを取り戻した。
そして、その日の夜。
エルフの里では、ティナの回復を祝い、事情を知る者たちだけで小さな宴が催された。
その冒頭…
「みなさん。改めてお礼を言わせてください。
この度は本当に…本当にどうもありがとうございました」
皆に向かい深く頭を下げるティナ。
「ティナ様、どうかお顔をお上げください。
我々は、何もしていません。
ティナ様をお救いになったのは、ユイト殿と精霊様たちです」
「そんなことは決してありません」
ユーリネスタの言葉に、ユイトがすぐに話し出す。
「あの時、ユーリネスタさんはノゼラさんを連れてきてくれた。
ノゼラさんがいなければ、ティナが倒れた原因が魔毒なんて分からなかった。
あの時、ヤニスさんが精霊たちならと言ってくれたから、
俺は精霊たちに助けを求めることが出来た。
みんながいてくれたから、
みんながずっとティナを励まし続けてくれたからティナを救えたんだ。
本当に…本当に感謝しています。ありがとう、みんな」
滅多に見せないほどの真剣な表情で感謝の言葉を口にするユイト。
そんなユイトを前に、ユーリネスタは笑みを浮かべる。
「分かりました。
それではティナ様とユイト殿のお気持ち、受け取らせてもらいます。
ですが、感謝しているのは我々も同じこと。
あの日リシラから失われた精霊石が、今ここにある。
世界樹も精霊樹へと進化しました。
精霊樹はこれから、数え切れないほどの多くの人々を救うでしょう。
そして、あの奇跡の光景。
精霊女王フェルミ―リア様をはじめ、数多の精霊様たち。
あの日の光景は、あの日の奇跡は、
永遠にこのリシラで語り継がれていくことでしょう。
そして何より、ティナ様をお救いすることに協力できたこと、
それは我らエルフの民にとってはこの上ない、何ものにも代えがたき名誉。
我々を頼っていただき、本当にありがとうございました」
ユーリネスタもまた、ユイトとティナに深く頭を下げた。
「ユーリネスタさん……」
「……さて、堅苦しい挨拶はこれぐらいにして、そろそろ始めましょうか。
せっかくの宴です。ティナ様もユイト殿も神獣様も存分にお楽しみください」
そして始まった楽しい宴の時間。
ユイトたちがリシラを旅立ってからの数カ月間にあったこと、そして精霊界のことなど、皆、思い思いの話で盛り上がる。
そんな中…
「……しかし、ユイト殿。
ユイト殿のあの力は一体何なのじゃ?
とてもこの世のものとは思えぬ。ユイト殿は本当に”人”なのか?」
誰しもが感じた疑問をユイトにぶつけるヤニス。
「んー、なんつーか…俺はちょっと特殊な事情があってさ…。
まぁ、ティナを助けるためにがんばったってことにしといてくれよ」
「……そうか。ユイト殿にも色々と事情があるのじゃな。
ではひとまずは、愛の力ということにしておくかの。
愛の力は偉大じゃからな」
「いや、ちょっと…愛って……」
あわあわするユイト。
「できるものならティナ様にも見せてあげたい。
ティナ様を救おうと本当に必死なあのときのユイト殿の姿を。
あの懸命な姿に、あの必死なユイト殿の姿にどれだけ心を打たれたことか」
皆、そんなヤニスの言葉に一斉にうなずく。
「も、もう、やめてくれ…。
思い出したらなんだか恥ずかしくなってきた…」
「ユイトさん……」
ティナはそんな照れてあたふたするユイトの横顔を、静かに見つめた。