第185話
希望と不安を胸に全速力でリシラへと向かうユイト。
そして”精霊の棲み処”を出発した翌日、ユイトはリシラへと到着。
すぐさまティナの元へと向かった。
「ユイト殿っ!?精霊様には!?」
「あぁ、会えた。悪いけど説明してる時間はない。
すぐに世界樹の元に行く」
そう皆に告げると、ユイトは優しくティナを抱きかかえ、すぐに世界樹へと向かっていった。
腕の中で静かに目を閉じるティナ。
「…ティナ、もう少しだからな」
ティナに向け、優しく声をかけるユイト。
絶対にティナを助けてみせる、絶対にその苦しみから救い出して見せる、そんな想いを胸にユイトは世界樹へと急いだ。
他の者たちも皆、すぐにユイトを追いかける。
足に自信がある者たちは自らの足で、足に自信がない者たちは、ユキの背に跨り世界樹をめざした。
一足先に世界樹の元へと辿り着いたユイトは、柔らかそうな草の上にティナをそっと寝かせると、すぐに精霊界より持ち帰った精霊石を異空間から取り出した。
そしてその少し後、ユーリネスタやヤニスたちも世界樹の元へと到着。
そこで息を切らす彼らの目に映ったもの。
「…ま、まさか……あれは精霊石!?」
かつてリシラにあり、今は失われた精霊石がすぐ目の前に。
「な、なぜここに精霊石がっ!?」
突然のことに驚きを隠せないエルフたち。
そしてそんなエルフたちの目の前で、ユイトは精霊石に触れ願った。
「お願いだ……力を…ティナを救う力を貸してくれっ!!!」
直後、精霊石が眩いばかりの光を放つ。
「…な、なんだっ!?」
再び驚愕するエルフたち。
そして、精霊石が放つその眩い光が収まると、そこには精霊女王フェルミ―リアをはじめ、精霊界に棲まう全精霊たちの姿があった。
数え切れないほどの、数多の精霊たちが巨大な世界樹を取り囲む。
「…ま、まさか……まさかこの全てが精霊様たちなのですか……」
その奇跡の光景に、その場にいる全ての者たちが言葉を失う。
「ティナ様……」
意識なく地面に横たわるティナの姿がフェルミ―リアの目に映る。
「必ず……」
そしてすぐにフェルミ―リアが全精霊たちに向け指示を出す。
「全精霊たちよ、聞きなさいっ。
今から世界樹を精霊樹へと進化させます。
そして精霊族女王フェルミ―リアの名において命じます。
ティナ様よりいただいた加護の力を今こそ発揮させなさいっ。
たとえその身が朽ちようとも、持てる力の限りを尽くしなさいっ。
諦めなど絶対に許しませんっ。
命に代えても必ずやティナ様をお救いするのです!!」
「御意」
「……あれが……精霊女王フェルミ―リア様」
ユーリネスタの口から言葉が漏れる。
「それではユイト様。お願いします」
「あぁ、任せとけ」
その直後、辺り一帯の魔素が急激にユイトへと収束。
それは世界樹のある一帯に留まらず、リシラ全土、更には広大なルクペの森全体にまで及んだ。
猛烈な勢いでユイトに吸い込まれていく魔素。
その極めて膨大な魔素は、吸い込まれると同時に圧縮、そして瞬間的に莫大な魔力へと変換されていく。
「じゃあ、いくぞぉぉーーーーーーっ!!」
全精霊に向け凄まじいまでの魔力を放ち始めたユイト。
精霊たちはその膨大な魔力を受け取ると、すぐにエーテルの生成を開始。
直後、全精霊が最大出力で一斉にエーテルを世界樹へと注ぎ込み始めた。
「…な、なんという光景……これは本当に現実なのですか……」
エルフたちは皆、呆然とした表情でただただその光景を見守る。
その後もユイトはひたすら精霊たちに魔力を供給し続け、精霊たちもまた、ひたすらエーテルを世界樹へ注ぎ込み続けた。
そして、世界樹へエーテルを注ぎ始めてからおよそ1時間が経過。
僅かに世界樹に変化の兆しが見え始めた。
精霊たちに魔力を送り続けるユイトも、その変化には気が付いていた。
「…もう少し…なのか?」
あと少しでティナを救える。
そんな期待を胸に精霊たちに魔力を供給し続けるユイト。
しかしそれから20分ほどが経過した頃、突然、ユイトが供給する魔力に陰りが見え始めた。
「ユイト様っ、魔力が弱まってきています」
すぐにフェルミーリアの声が辺りに響く。
「分かってるっ。ここら一帯の魔素が尽きかけてるんだっ。
……くそっ、あと少しだってのに。頼むからもってくれよ……」
不安に駆られながらも精霊たちに魔力を供給し続けるユイト。
しかし、それからわずか10分後…。
そんなユイトの願いもむなしく、世界樹が進化する前に、ルクペの森一帯の魔素は完全に消失した。
「嘘…だろ……ここまで来て……」
突き付けられたあまりにも非情な現実。
抱えていた希望とは正反対のあまりに残酷なその現実に愕然とするユイト。
「そん…な……」
周りもまた、目の前で起きた予期せぬ状況に言葉を失う。
そんな中、ルーナが小さく頭を横に振りながら、ティナの元へと寄っていく。
「やだ……やだよ……。
お願い…お願いだから死なないで……死んじゃやだよーーっ!!
…お願い、神様っ!!お願いだからティナさんを助けてよーーーーっ!!!」
ティナに抱き着き大声で泣き叫ぶルーナ。
「なぁ…あと少しなんだよ……頼むよ…、少しでいいから出てくれよ……」
その後も魔力を出そうと懸命にもがき続けるユイト。
「出ろよ…出ろよっ……なぁ、出てくれよっ!!
なんで出ねぇんだよ……。
頼むよ……お願いだからさ……なぁ出てくれよ……」
魔素が尽きた場所では魔力を生み出せないことぐらいユイトは百も承知していた。
それでもユイトは魔力を出そうと必死にもがき続けた。懸命にもがき続けた。
諦めることなどできなかった。
ティナの命を諦めるなんてユイトには絶対にできなかった。
ティナを救おうとする懸命なその姿に、痛々しいまでのユイトのその姿に、周りは涙を止めることが出来なかった。
「なんでだよ……なんでこうなっちまうんだよ……。
なんでティナが……。
なんでティナを助けさせてくんねぇんだよぉーーーーーっ!!!」
両手両膝を地につけ、大粒の涙を流すユイト。
「くそっ、くそっ、くそぉーーーーーーーーーーっ!!!」
ユイトの悲痛な叫び声が、辺り一帯に響き渡る。