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第182話

リシラに到着したユイトは、そのまま真っすぐヤニスの家へと向かった。


「族長を、ヤニス族長を呼んでくれっ!!」


突然聞こえてきたユイトの叫び声に、すぐさまヤニスが家の奥から飛んでくる。

そしてそんなヤニスの目に飛び込んできたのは、ユイトの腕に抱かれ、意識なく目を閉じたティナの姿。


「…ユ、ユイト殿っ!?ティナ様は一体どうされたのじゃっ!?」

その瞬間、目を大きく見開きヤニスが叫ぶ。


「獣人国で突然倒れて、それから目を覚まさないんだ。

 世界樹の雫を飲ませても駄目だった」


「世界樹の雫でもじゃとっ!?」


「あぁ。でも全く効いてないってわけじゃない。

 世界樹の雫を飲むと苦しそうな息づかいが落ち着くからな。

 けど、しばらくするとまた苦しそうな息づかいに戻っちまう」


「ユイト殿っ。取り敢えず中に入ってティナ様を休ませるんじゃっ!

 儂はすぐにユーリネスタ様にこのことを伝えに行く。

 ユイト殿はティナ様のお側についていてくだされっ!」


「分かった。勝手に上がらせてもらう。

 ヤニスさん、済まないけどよろしく頼む」


ヤニスの家の中へと入り、ティナを横にさせるユイト。

その傍らで、ユイトがティナを見つめながら不安な表情を浮かべる。

「ティナ…」


それからしばらくすると、ヤニスの従者から話を聞いたルーナとシアードたちが急ぎヤニスの家へとやってきた。

「ユイトさんっ」

「ユイト殿っ」


「…みんな」


「ユイト殿っ、ティナ様のご容体はっ!?」

「駄目だ、相変わらず意識がない。

 今はなんとか世界樹の雫の効果で落ち着いてるけど…」

「まさか…世界樹の雫でも治らないと?」

「…あぁ」

「そんな……」


世界樹の雫で治らない病気など、これまで聞いたことがない。

思いもよらぬ状況に一気に場の空気が重くなる。


「……ティナさん」

不安げな顔でティナを見つめ、ティナの手をぎゅっと握りしめるルーナ。


その後、皆、大きな不安を胸に抱えつつ、ヤニスの帰りを静かに待つ。

その時間が恐ろしく長く感じる。

(頼む……早くしてくれ…)


それから1時間ほどが経過し、ようやくヤニスが戻ってきた。

そしてヤニスとともにやってきたのは、ユーリネスタと初見の老エルフ。


「ユイト殿っ。ティナ様は一体どうされたのですかっ!?」

息を弾ませたユーリネスタが、部屋に入ってくるなりユイトに問いかける。


「それが俺にも分からないんです。

 グレア・ネデアでいきなりふらついたかと思ったら、そのまま意識を失って。

 グレア・ネデアの医者に診てもらったけど分からなかった。

 治癒魔法でも駄目だった。

 でも世界樹の雫だけ、少し効果があったんです。

 だからひょっとして、エルフの里のみんななら何か分かるかもって」


「ひとまず状況は分かりました。

 ともにリシラ一の賢者、ノゼラを連れてきました。

 ノゼラならひょっとして何か分かるかもしれません」


「助かります。

 それじゃあ、ノゼラさん。来て早々で悪いけど、ティナを診てもらえますか?」

「承知した」


ユイトの言葉に頷いたノゼラが、すぐにティナの診察を開始する。

周りの者たちは皆、息を飲んでその様子をじっと見守る。


そして診察を進めるノゼラがティナの装備を外したその時…


「何…だよ…これ……」


装備に隠れて見えない場所にあったもの、それは見たこともないような黒いあざ。

中心ほど黒く、その縁にはまるで植物のツルが伸びるかのような奇妙な模様が広がっていた。


「…ま、まさか……」

その瞬間、ノゼラの表情が一変、険しい表情とともに驚きの声を上げた。


皆一斉に、そんなノゼラへと視線を移す。

「ノゼラさん、このあざのこと知ってるのか?」


「…うむ。

 リシラには先人たちの知識をしたため続けてきた叡智の書というものがある。

 その叡智の書に、ティナ様の体にあるあざと似た絵が描かれておった」


「それで…なんて書いてあったんだ?」


「ティナ様の体にあるそのあざは、魔毒に身体を蝕まれた者に現れる症状」

「魔毒?」

「左様。叡智の書にはこう記されておった。

 魔毒…この世界には本来存在しえぬ恐ろしき毒。

 それは一部の悪魔のみが持つ毒であると」


「…なっ……おい、ちょっと待てよっ!?

 なんでそんな毒がティナの体の中にあるんだよっ!?」

ノゼラの言葉に激しく動揺するユイト。


すると、ともに話を聞いていたルーナが話し出す。

「……ひょっとして、私たちを助けてくれた時のあの傷が……」


思い出される苦い記憶。

「あの時か……確かにあの時以外は……。…くそっ。

 …で、どうしたら治るんだ?」

すぐさまノゼラに問いかける。


「……。叡智の書には、過去に魔毒に冒された者のことも詳しく記されておった。

 魔毒は、人族の身体との親和性が極めて高いらしくての。

 それこそ魔力よりもずっとじゃ。

 それ故、治癒魔法で癒そうにも全く効果がなかったそうじゃ。

 その上、魔毒に冒されること自体、非常に稀なことであった故、

 薬も存在せず諦めるざるを得なかったと」


「でも、今なら治るんだろ?」


「ティナ様のそのあざの広がりよう、随分と我慢しておられたのじゃろう。

 魔毒はゆっくりと身体を蝕んでいく。

 そのあざは徐々に広がり、いずれ全身へと広がる。

 そしてそのあざが心臓に達したとき、その者は命を失う。

 ………。ユイト殿、落ち着いて聞いてくだされ。

 非常に申し上げにくいが、今でも魔毒に冒された者を救う術はない」


「…えっ?」

ノゼラの言葉に、その場にいる者すべてが絶句する。


「嘘…だろ…?冗談…だよな…?」

呆然とした表情で立ち上がり、ノゼラの方へと寄っていくユイト。

「なぁ…あるんだろ?ティナを救う方法が何かあるんだろっ!!?」


そんなユイトの問いに、ノゼラは無言で首を横に振った。


「そん…な…。

 …ティナが…死ぬ?」


その瞬間、ユイトの目の前は真っ暗になった。

大切な何かが音を立てて崩れた。

ユイトを襲ったもの、それはどこまでも深く、どこまでも暗い絶望だった。


漆黒の闇の中で呆然と立ち尽くすユイト。


「ユイト殿……」


「…なぁ…俺は…俺はティナを守るって約束したんだよ…」

(違う)

「ティナの家族に…ゼルマ陛下にティナのことよろしくって頼まれたんだよ…」

(違う、そうじゃない)


  『ねぇ、ユイトさん…。これからもずっと一緒にいてくれる?』

  『ありがと!寂しいって言ってくれて!私、すごく嬉しかった!』

  『ユイトさんと離れるなんて絶対に嫌っ!

   私はずっとユイトさんと一緒にいたいっ!』


ティナの言葉が、ティナと過ごした日々がとめどなく溢れ出て、ユイトの頭を駆け巡る。


ユイトの目から涙がこぼれる。

「…嫌だ……ティナを…失いたくない」


崩れ落ちるように膝をつくユイト。


  『ユイトさんにそう言われると、私、自信持っちゃうよ?』

(もう…ティナの声を聞けない…のか?)


  『ユイトさん、だーい好き!』

(もう…二度と…ティナの笑顔を見れない…のか?)


「…はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

呼吸は乱れ、体が震える。

どうしようもないほどの深い絶望がユイトの胸をきつくきつく締め付ける。


「…私のせいだ。

 私が捕まったから…私が助けてなんて言ったから…。

 やだ…やだよっ…ティナさん、死んじゃやだぁーーーーっ!!」

ティナにしがみつき泣きじゃくるルーナ。


(……俺は…ティナ1人救えないのか…?)

(ティナ1人…守れないのか…?)

暗闇の中で自問するユイト。


「…何が……何が”理外の者”だよ……何が称号者だよ……。

 あ、あぁ、うあぁぁぁーーーーーーーーーーーっ!!!!!」


無力な自分への怒り、ティナを失うことへの恐怖、そして絶望。

言葉にならないユイトの心の叫びがエルフの里に響きわたった。

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