第179話
ジークの対戦相手は、先ほどジークに絡んできた少年たちの内の1人、ディラン。
ジークの話では、同年代では頭一つ抜け出す、誰もが認める実力の持ち主らしい。
そんなディランとジークが、闘技場の上で向かい合う。
「ジーク……」
その様子をユイトたちとともに、観客席から見守るジークの母。
「まさかジークが相手だったなんてな。
これじゃあ弱い者いじめになっちまうぜ。
棄権するなら今の内だぞ?家に帰って母ちゃんに慰めてもらったらどうだ?
人間族同士仲良くな。ははははっ」
「……ディラン、君はそんなことを言うためにここに来たの?
だったら試してみるといいよ。弱い者いじめになるかどうかを。
さぁ、かかって来なよ」
「なんだとっ!生意気なっ!
調子に乗ってんじゃねぇよっ、出来損ないの獣人族のくせにぃっ!!」
直後、ジークの言葉に怒ったディランが猛然とジークに襲い掛かる。
だがジークは、迫りくるディランを前に冷静そのもの。
ディランの攻撃をいとも容易く躱してみせる。
その後もディランは、ジークに向けて休む間もなく攻撃を繰り出していくも、その攻撃はジークにはまったく当たらない。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……。
なんでだ?なんで俺の攻撃が当たらないんだ?
こんな奴、俺の攻撃さえ当たれば…」
「だったら当ててみなよ。
僕はここから動かないからディランの攻撃を当ててみなよ」
「くそぉっ、舐めやがってっ!ジークのくせにぃっ!!
だったら望み通り当ててやるよぉーーーっ!!」
頭に血が上ったディランがジークに向かって突進していく。
そして、ありったけの力を込めた一撃をジークの顔面に叩き込んだ。
バコォッ
「ジークっ!!」
その瞬間、たまらず叫び声をあげるジークの母。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…。
どうだ、ジーク。これが俺の全力の一撃だ」
「………。これがディランの本気なの?」
「…な、なんでだよ……なんで効いてないんだよ……」
平然とした表情で闘技場に立つジークを前に、ディランが一歩二歩と後ずさる。
「じゃあ、次は僕の番だね」
その直後。
バコォッ
一瞬でディランとの間合いをつめたジークの鋭い一撃がディランの顔面を捉える。
「ぐはぁっ」
大きく吹き飛び、闘技場を転がるディラン。
「…くっ、くそっ!何なんだよ!?
こんなのおかしいだろっ!?」
「何がおかしいの?
これが君が散々馬鹿にしてきた人間族の力だよ」
「ふ、ふざけるなっ!何が人間族の力だっ!
お前は出来損ないなんだ。出来損ないの獣人族なんだっ!
お前なんかが俺に敵うわけわけがないんだぁーーーっ!!」
叫び声を上げながらジークに向かって突進するディラン。
「…さっきのは、人間族を馬鹿にしてきた分。
そしてこれは、これまで僕の家族を馬鹿にしてきた分だぁーーーっ!!!」
ジーク渾身の一撃がディランを直撃。
まるで巨大な何かがぶつかったかのように激しく吹き飛ぶディラン。
そしてそのまま闘技場の端を飛び越え、観客席の壁にぶち当たり地面へと落下。
ディランは気絶し、その後ピクリとも動かない。
そのあまりに衝撃的な決着に会場内が静まり返る。
「……しょ、勝者ジーク!」
静まり返った会場にジークの名が響く。
その瞬間、ジークは観客席にいるユイト、ティナ、そして母に向けて拳を高く突き上げた。
「ジーク…」
その後もまったく相手を寄せ付けず、快進撃を続けるジーク。
そしてついには決勝戦へ。
決勝戦の相手は、今大会最年長の14歳。
ジークより3つ年上の昨年の武闘大会準優勝者。
だがここでも、2つの身体強化を身に着けたジークは圧倒的だった。
まるで大人と赤子の戦い。
昨年の武闘大会準優勝者にまったく何もさせず、ジークはその手に優勝の2文字を掴んだ。
誰一人として予想していなかった、人間族の血が流れる少年の優勝。
観客たちが言葉を失う中、ジークが見せたこの奇跡を特別な思いで見つめていた1人の獣人族がいた。
獣人国グレア・ネデア 国王ガナード。
「この少年がもう少し早く生まれていたら、
私の人生は今とは大きく違っていたのかもしれんな…。
私が長年、為しえなかった夢をこの少年が叶えてくれるかもしれん」
「ガナード様?どうかされたのですか?」
「なに、古い話だ。
お主も当然知っているであろう。
我が国の王となる者には、強き者たちの上に立つための資格、
つまりはそれ相応の強さが求められることを」
「もちろん存じております」
「私が若かりし頃も今と同じく、王となる者には強さを手に入れるための試練、
”修練の旅”が課された。
私はその”修練の旅”に、手練れの護衛とともに出かけた。
しかしその旅先で、私たちは不運にも想定外の魔獣の群れに出くわした。
もちろん私も護衛も、その魔獣どもと必死に戦った。
だが、あまりの数の差に私も護衛も徐々に傷つき、
最終的には2人とも瀕死の重傷を負った。
私たちが魔獣と遭遇したのは森の奥深くだった。
そんな場所では誰かの助けも期待できない。
力も尽きかけ、もうこれまでかと諦めかけたその時、
偶然にも魔獣どもに一瞬の隙ができた。
私はその瞬間、倒れた護衛を担いで命からがら、その場から逃げ出した。
無我夢中で逃げた。
そしてその最中、私はとある人間族の村に辿り着いた。
深手を負い、更には体力も尽きていた私はその村の入り口で意識を失った。
どれだけの間、意識を失っていたのかは分からない。
そして次目を開けた時には、私は見知らぬ家のベッドの上にいた。
傷の手当までしてあった。
そう、私はその村の住人たちに助けられたのだ。
そして私の手当をし、介抱してくれたのは1人の人間族の女性。
彼女は私の介抱だけでなく、手遅れだった私の護衛の弔いまでしてくれていた。
その時、私が魔獣どもから受けた傷はかなり深くてな。
その傷が完全に癒えるまで、私はその後も彼女の家で世話になった。
その間、彼女は優しく、温かく、そして献身的に世話をしてくれた。
私はそんな彼女の優しさに惹かれた。
そしていつしか私と彼女は恋に落ちた。
傷が癒えた頃、私は彼女に身分を明かした。
そして彼女に、必ず父と母、周りを説得して迎えに来ると約束し村を出た。
だが、父も母も周りも誰一人として私の願いを認めてはくれなかった。
いずれ王となる身。人間族と婚姻を結ぶなど周りに示しがつかないとな。
私は何か方法がないかと必死に考えた。必死にもがいた。
だが結局私は、それを覆す方法を見つけることは出来なかった。
覆す力もなかった。泣く泣く彼女を諦めざるを得なかったのだ。
愛する女性との約束1つ守れなかった男。それが私だ。
笑えるではないか。
強さの上に立つ男が、愛する女性との約束1つ守れんのだぞ。
結局、彼女に再び会いに行くことも叶わず、私は彼女に手紙を送った。
本当に済まなかったと。
そして後日、一通の手紙が彼女から届いた。
そこには、私への恨み言など一言もなかった。
ただただ私を気遣うことだけが書かれていた。
私はあの時ほど、獣人族の習わしを、
自分が獣人族であることを恨んだことはない。
そして誓った。私の代で必ずこの悲しい風習を終わらせると。
しかし情けないかな、結局今日この日まで、私はその誓いを果たせずにいる。
だが、その誓いを果たす機会をあの少年がくれた。
待ち続けた機会をあの少年が与えてくれたのだ。
私はこの機会を絶対に逃さん。必ず誓いを果たす。
………ふっ、すまんな。つまらぬ話を」
「いえ、とんでもございません」
「……ちなみにだが、勘違いするといかんから念の為に言っておくぞ。
よいか?私はもちろん王妃のことを愛しているぞ。
だが、今話したことはここだけの話だ。決して王妃に言うではないぞ?
もし約束を破ったら血の雨が降ることになる。
もちろん私の血だがな。はっはっはっは」