第178話
ユイトたちが向かった先は、人が滅多に来ないという西の森。
「じゃあここら辺にするか。
開けてるし、十分な広さもあるしな」
「はい」
「それじゃあ、ジーク君。早速始めようと思うけど準備はいい?」
「はい大丈夫です。よろしくお願いします」
「うん。じゃあまずは説明するね。
ジーク君の家でユイトさんが言ってたように、
ジーク君には”気”も”魔法”も扱える素質がある。
でもジーク君の魔力量はそこまで多くないみたいだから、
大魔法とかはちょっと難しいと思う。
だからジーク君には、身体強化魔法を覚えてもらう」
「身体強化魔法?」
「そう、身体強化魔法。
身体強化魔法はその名の通り、魔力で身体能力を飛躍的に向上させる魔法なの。
ジーク君には、身体強化魔法による身体強化と、
”気”による身体強化を徹底的に覚えてもらうわ」
「それで僕は強くなれるの?」
「もちろんなれるよ。
その2つの身体強化をものにすれば、大抵の人には負けない。
それは私が保証する」
そう言うとティナは、近くの大木に向かって歩き出した。
「ジーク君。私はね、起きている時も寝てる時も、
さっき言った身体強化魔法を常に使ってるの。
ちょっと見ててね」
大木の幹に向かいティナがデコピンの構えをとる。
そして直後、その指が勢いよくはじかれる。
バキッッっ!!!
激しい音とともに、大木の幹がはじけ飛ぶ。
「えっ…」
あまりの驚きに、ジークはそれ以上の言葉が出てこない。
「これが身体強化魔法」
「す、すごい…」
「どう?私が言ったこと信用してくれた?」
「うんっ!凄いよ、ティナさんっ!!
僕やるよっ!絶対、身体強化をものにしてみせるっ!!」
「ふふっ。その意気よ!」
そしてその日から、ティナ指導の下、ジークの厳しい修行が始まった。
朝から晩まで修行に明け暮れる毎日。
食事と寝るとき以外、ジークはひたすら修行に励み続けた。
だが…ジークは中々身体強化魔法のコツを掴めない。
「…一生懸命やってるのに…どうしてだろ。
僕って才能ないのかな……」
そんな状況に少し落ち込むジーク。
「そんなことないよ、ジーク君。ここで諦めちゃダメ。
私もね、昔はすごく弱かったの。
それこそ、ジーク君よりもずっとずっと弱かった」
「ティナさんが?」
「うん、そうだよ。
私はユイトさんに教えてもらったんだけど、
やっぱり上手くいかないことなんてたくさんあった。
でも諦めずに頑張ったわ。
諦めたらそこで終わり。そこより先には絶対に進めない。
叶えたい夢も叶えられない。そう思って私は頑張ったの。
その結果、私はここまで来れた。
だからジーク君も諦めずにがんばろ?ねっ?」
「…うん、分かった。
もう弱音は吐かない。約束する」
新たな決意を胸に、これまで以上に修行に励むジーク。
1日、また1日と修行の日々が過ぎていく。
…そこはガデラの街、その中央にそびえたつグレア・ネデア王城の一室。
「最近あの少年はどんな様子だ?」
「ガナード様が気にかけておられる、人間族を母に持つ少年のことですか?」
「そうだ」
「…確か、兵士が耳にした噂によると、
何やらガデラを訪れた人間族とともに修行に出かけたとか」
「人間族と?」
「はい」
「そうか……」
そして時は流れ、ジークが修行を開始してから2カ月が経過した。
西の森の修業の場。
そこには”魔法”と”気”、2つの身体強化を使い、ティナと組み手をするジークの姿があった。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
「じゃあ、ジーク君。ちょっと休憩しよっか」
「はい」
倒れるように地面に横たわり休みを取るジーク。
その間にティナはユイトの元へ。
「ユイトさん。私が昔使ってた剣、出してもらえる?」
「ウォーレンの町で買ったやつか?」
「うん。剣術も少しだけ教えておこうと思って。
あの剣の長さだったら今のジーク君にちょうどいいしね」
「分かった。ちょっと待ってろ」
異空間へ腕を突っ込みごそごそするユイト。
「…おっ、これだな。ほら」
「ありがと!」
久々に手にした懐かしき剣。
「あーすごい懐かしい。
私もこれでユイトさんに剣の修業してもらったよね」
「あぁ。ちょうどジークと同じぐらいの年だったよな。
けどあのティナが今や教える立場だもんな。
時が経つのは早いな。俺もおじさんになるわけだ」
「ぷっ。もう何言ってんのユイトさん!
ユイトさんはまだまだ若くてかっこいいから大丈夫!
じゃあ、ちょっと行ってくるね!」
そしてさらに時は流れ、武闘大会本番の1週間前。
「ジーク君、よく頑張ったね!これで修業は終わり!」
「ティナさん、どうもありがとうございました!」
そう言うジークの顔は自信に満ち溢れていた。
「ユイトさんも修行に付き合ってくれて、ありがとうございました」
「はは。俺はダラダラしてただけだから気にすんな!
じゃあ、そろそろ家に戻るか。
お母さんに逞しくなったジークを見せてやんないとな」
「はい!」
「じゃ、行くか」
「…あっ、そうだティナさん。この剣どうもありがとうございました」
借りていた剣を両手で持ち、ティナに差し出すジーク。
「ジーク君。その剣、ジーク君にあげる。
修行をがんばったジーク君にティナ先生からのプレゼント!」
「ほんとにっ!?いいのっ!?やったぁーーーっ!!」
大喜びのジーク。
「いいのか?」
「うん。異空間収納の中で眠ってるより、
ジーク君に使ってもらった方があの剣も本望だよ」
「ま、そうかもな」
その後、ガデラへと向かったユイトたち。
ガデラに到着すると、すぐにジークが家に向かって走り出す。
3ヶ月ぶりの我が家。3ヶ月ぶりの母との再会。
ジークの気が逸る。
そして到着した街の端。ジークの目には久々の我が家が映る。
すぐに家の扉に手をかけるジーク。
「ただいまっ!お母さんっ!」
「ジーク!?」
すぐにジークへと駆け寄り、力いっぱいジークを抱きしめる母。
「ちょっとお母さん、苦しいよ」
「あ、ごめんなさい。つい、嬉しくて。
それでどうだったの?」
「うん、ばっちり!お母さんも絶対、大会見に来てよ!」
そこには自信溢れるジークの姿。
「…ユイトさん、ティナさん。
本当に…本当にどうもありがとうございました」
感謝の言葉を口にするジークの母の目には涙が浮かんでいた。
そして数日が経過し、迎えた武闘大会当日。
「じゃあ行ってくるよ。また後でね」
そう母に告げ武闘大会会場へと向かうジーク。
その途中。
「よく来たな、ジーク。ビビッて来ないかと思ったぜ」
「そうだそうだ」
いつぞやジークに絡んできた少年再び。
「相変わらず人間族と一緒にいるんだな。類は何とかってやつだな」
「おい、行こうぜ。
近くにいたら弱さがうつっちまうかもしんないからな」
「ははは」
嫌味だけを言いその場を去っていく少年たち。
「大丈夫か?ジーク」
「うん。言いたい奴には言わせておけばいい」
ジークの顔に悔しそうな表情は一切ない。
「強くなったな」
「そうかな?そんなことより、僕は早く自分の力を試したい」
「そっか。じゃあ会場まで急ごう」
そして到着した会場前。するとそこは、すでに凄い人だかり。
それだけこの武闘大会はグレア・ネデアで注目されているということだろう。
「それじゃあユイトさん、ティナさん、行ってくるよ!」
「あぁ、ぶちかましてやれ!」
「人間族はすごいって教えてあげなさい!」
そう声をかける2人に向け、分かったよと言わんばかりに拳を突き上げ会場内へと消えていくジーク。
そして、それからほどなくして武闘大会が開幕。
開会式終了とともに試合が開始され、どんどん試合が消化されていく。
……そしてついに、ジークの試合の番がやってきた。