第177話
「じゃあ、まずは説明します。
さっきお母さんは、元々体の弱い体質だと言っていた。
でも俺の予想が正しいとすると、それは本当の意味での体質じゃない」
「それは…一体どういうことでしょうか?」
なんだかよく分からないジークの母。
「きっとお母さんは気づいてないと思いますが、
お母さんの体からは魔力が放出されています」
「私の体から魔力が?」
「そうです。けどお母さんから放出されている魔力はほんのごく僅か。
取り込んでいる魔素の量に比べるとはるかに少ない。
きっとお母さんは、魔力を放出する経路がもの凄く細いんだと思う。
その影響で体内で生成された魔力が思うように体外に放出されずに
体内に溜まってしまう。
慢性的な魔力中毒って言えばいいのかな。
きっと今のお母さんの体は、そんな状態なんだと思います」
「…まさかそんなことが……。
ですが、お医者様に見てもらってもそんなこと一度も…」
「まぁ、普通は魔力は見えないですからね。
というわけで魔力を放出する経路を少し拡げてやれば、
きっとお母さんの体調は良くなると思います」
「ほんとっ!?ユイトさんっ!」
「あぁ、ほんとだぞ」
ジークの顔がぱぁっと明るくなる。
「…ですが一体どうすれば?」
「そこは心配しなくても大丈夫です。
俺の魔力でお母さんの魔力放出経路を強制的に拡げます」
「そんなことが可能なんですか?」
「はい。少しだけ痛いかもしれませんが」
「……分かりました。ぜひお願いします。
それでこの子の未来につながるのなら」
そんな母の決意に頷くユイト。
「じゃあ、早速始めます。
お母さん、ベッドに座るか横になってもらえますか?」
ユイトから言われた通りベッドに腰を下ろすジークの母。
「これでよいでしょうか?」
「はい、大丈夫です。じゃあ、行きますよ」
ジークの母の魔力放出経路を傷つけないよう、ゆっくりゆっくりと魔力を注ぎ込み始めたユイト。
ジークはその様子をすぐ横で心配そうに眺める。
その後、注ぎ込む魔力の量を少しずつ増やしていくユイト。
一時的にジークの母の体内に存在する魔力量が増えるものの、魔力放出経路が拡がればすぐに放出されるため問題はない。
そして魔力を注ぎ込み始めてから、およそ1時間が経過。
「…よし。とりあえずこれぐらいかな。
少しだけお母さんの魔力放出経路を拡げました。体の調子はどうですか?」
「……信じられない。嘘みたいに体が楽になりました。
まるで自分の体じゃないみたい…。こんなことって……」
「すごい……」
ジークの記憶にあるのは、ずっと体調の悪い母。
医者でも治せなかったその母を、ユイトはあっという間に治してみせた。
ジークは目の前で起きたその奇跡に大きな衝撃を覚えた。
「お母さん。もし、まだ体が辛かったら言ってください。
もう少し魔力放出経路を拡げますから」
「はい。どうもありがとうございます。
……けどまさかこんな日が来るなんて…なんとお礼を言えばよいか…」
「お礼なんていいですよ。これはジークを成長させるための通過点ですから。
ここからが本番です」
ジークの方を見るユイト。
「じゃあジーク。よく見てろよ。
これがジークのお母さんが放つ魔力だ」
そう言うとユイトは、ジークの母から放出される魔力に色を付けた。
ジークの母から溢れ出る魔力がジークの目にもはっきりと映る。
「…これがお母さんの…魔力」
「そうだ。獣人族にはない、人間族の力だ。
ジーク。お前はお母さんのこの力を受け継いでる。
お前には、お父さんが残した獣人族の力とお母さんから受け継いだ人間族の力、
その両方が備わってるんだ。後はお前の努力次第だ」
「やるよ!僕、がんばってみんなを見返してやる!
人間族は凄いんだぞって。僕のお母さんは凄いんだぞって!
そしてそんなお母さんと結婚したお父さんは凄いんだぞって!!」
「ジーク…」
ジークのその言葉にジークの母は涙を浮かべる。
その時、ふとユイトがあの時の言葉を思い出す。
「…あーそういえば、ジーク。
昼に会った奴、3カ月後になんか大会があるとか言ってたよな?
あれって何のことだ?」
「あ、それは、毎年グレア・ネデアで開かれる武闘大会のことだよ。
1年に1回、成人前…14歳以下の獣人が力を競い合うんだ。
そこで今の自分の実力と課題を知るっていうのが目的の大会だよ。
騎士団や王様も見に来るような、すごく大きな大会なんだ」
「なるほど。じゃあ強くなったジークを見てもらうにはちょうどいいな」
「…えっ?でも、あと3カ月しかないよ?」
「心配すんな。3カ月もあれば十分だ」
「十分って…。でも僕、一体何をすれば…」
そんな戸惑うジークにティナが語りかける。
「ねぇ、ジーク君。私と修行する気はある?」
「ティナさんと?」
「うん」
ジークはその時、森で意識を失う直前に見た光景を思い出す。
「…ねぇ、ティナさん。僕、記憶が曖昧なんだけど、
森で僕を助けてくれたのって、もしかしてティナさん?」
「うん、そうだよ」
「…そっか……夢じゃなかったんだ。
やるよティナさん!僕、ティナさんと修行する!」
そんなジークの言葉に笑顔で頷くティナ。
「お母様。お願いがあります。
ジーク君を3カ月間、私に預からせていただけませんか?
危険な目には絶対に合わせません。お約束します」
そんなティナの言葉にジークの母は静かに口を開いた。
「…私は、この子のこんな活き活きとした顔を久しぶりに見ました。
まるで昔に戻ったかのようです。
ティナさん、私からもお願いします。
どうかこの子に修行をつけてやってください」
「はい。お任せください」
「でもお母さん。その間お母さん1人になっちゃうけど大丈夫?」
「まったく問題ないわ。
ユイトさんのおかげで嘘みたいに体の調子がいいの。
今なら何だってやれる気がするわ」
「そっか、それなら良かった!でも無理はしないでね」
「ふふ。大丈夫よ。ジークは何の心配もせず修行を頑張ってらっしゃい」
「うん!」
「それじゃあジーク。俺たちは外で待ってるよ。
準備出来たら出てきてくれ」
たった2人の家族。
これまで3ヶ月も離れることなんてなかっただろう。
出発前に2人で話したいこともあるはずだ。
その言葉はそんなユイトの気遣いでもあった。
ジークの準備が終わるのを家の外で待つユイトとティナ。
「けどさ、珍しいよな。ティナから修行を付けるって言い出すなんて」
「やっぱり、そう思った?
なんだかジーク君、状況は違うんだけど、昔の私と似てるなって。
周りと距離を置かれ、自分の居場所がない。
それをどうにかしたくて頑張るんだけど、それもうまくいかない。
なんかジーク君見てたら、力になってあげたいって思ったの」
「そっか…。まぁ、ティナは俺より教えるの上手そうだし、適任じゃないか?」
「そう?ユイトさんも教えるのすごい上手だったよ」
「そうか?まぁでも、なんだ。
男の俺に教わるより、かわいいティナに教えてもらった方がやる気出るだろ?」
「ふふふ。何それ!」
そんな感じで談笑していると、準備を終えたジークとジークの母がやってきた。
「ユイトさん、ティナさん。お待たせしました」
「うん。じゃあジーク君。行こっか!」
「はい!」
「それではユイトさん、ティナさん。ジークをよろしくお願いします」
「お任せください。
お母様は成長したジーク君の姿を楽しみにしていてください」
「はい」
「それじゃあ、お母さん。行ってくるね!」
「頑張ってらっしゃい」
やる気漲るジークが新たな一歩を踏み出した。
母はそんなジークの後ろ姿を、その姿が見えなくなるまでずっと見つめていた。