第175話
獣人国グレア・ネデア。
世界の北西に位置するその国は、強さこそ全て、強さこそが誇りの戦士たちの国。
リシラを出発したユイトたちは、そのグレア・ネデアをめざし北上を続ける。
「グレア・ネデアってどんな国だろうな。
人間族と交流してないってのは知ってるけどさ」
「うーん、分かんない。
グレア・ネデアの人と話したことないし、噂とかもあんまり聞かないもんね。
…けどやっぱり、歓迎はされないんだろうね」
「まぁ、そん時はそん時だ。なるようになるさ」
「ふふ。ユイトさんらしいね」
ユイトたちが今いる場所より、少し先にあるグレア・ネデア南部の森。
その森で獣の群れと戦う1人の獣人族の少年。
その体はすでに、全身傷だらけ。しかし…
「はぁ、はぁ、はぁ……。僕は逃げない。
僕は強くなるんだ。絶対に強くなるんだっ!!」
満身創痍のその少年は、逃げることなく果敢に獣たちに立ち向かう。
時を同じくして、グレア・ネデア国内を北上するユイトたち。
その時、ユイトの感知魔法が何かを捉えた。
「…こいつは…ちょっとまずいかもな」
「どうしたの?」
「少し先で誰かが獣の群れに襲われてる。急ぐぞ!」
「うん!」
その後もユイトの感知魔法から獣の数が減る気配はない。
先へと急ぐユイトたち。
そして、森に入ってしばらく進んだところで、ユイトたちは獣たちに囲まれた絶体絶命の少年を発見。
「いたっ!あそこだ!」
「ユイトさん、私が行く」
今にも少年に飛びかからんとする獣めがけてティナがさらに速度を上げる。
そして直後、鞘から抜かれた光与が閃く。
スパンッ、スパンッ
どさっ、どさっ、どさっ
キンッ
少年に背を向け、光与を鞘に納めるティナ。
傷だらけの少年の目にはピクリとも動かない獣たちの姿が映る。
「す、すごい……」
そして、その後すぐに少年は気を失った。
「ユイトさん、この子…」
「あぁ、獣人の子みたいだな。取り敢えず傷の手当てをしないとな」
「うん」
”治癒”
ティナが傷だらけの少年に治癒魔法をかける。
全身に負った少年の傷が見る見る癒えていく。
「ひとまずはこれで大丈夫だな」
しかし、傷は癒えたものの極度の疲れのせいか、少年は中々目を覚まさない。
少年を担いで移動することもできるが、どこに連れて行けばいいのか分からない。
かといって、このまま放っておいたら、再び獣たちに襲われる可能性がある。
「…少し休んでくか」
ということで、ユイトたちは少年が目を覚ますまでしばしの休憩。
そして1時間ほど経った頃、ようやく少年が目を覚ました。
「…あれ?ここは…」
「気が付いた?」
「うわっ!?」
視界の外から聞こえたティナの声に驚く少年。
「ごめんね。驚かせちゃったかな?」
「…あ、あなたたちは?」
「私はティナ」
「俺はユイト」
「この子はユキよ。旅の途中で偶然、獣たちに襲われてる君を見つけたの」
「…獣……そうだ、僕は獣たちと戦ってて…。
…そっか……僕、助けられたんだ……」
絶体絶命のピンチを救われ普通ならば喜ぶその状況に、なぜか少し落ち込んだ表情を見せる少年。
「なぁ、何でこんなところで1人で戦ってたんだ?
お父さんお母さんとはぐれたのか?」
そんなユイトの問いに少年は首を横に振る。
「ううん。自分の意志で、1人でここに来て獣たちと戦ってた」
「何でそんなことを……家族も心配するだろ?
助けれたからいいものの、俺たちが近くにいなきゃ、お前死んでたぞ?」
「…でも…それでも僕は強くならなきゃいけないんだ」
悔しさを滲ませた表情でそう答える少年。
「………」
「…ねぇ、もしよかったら理由を聞かせてくれる?」
「………。あなたたちは人間族…ですよね?」
「うん、そうよ。それがどうかしたの?」
「…いいえ」
そして少年はゆっくりと話し出した。
「僕の国…獣人族の国グレア・ネデアは戦士たちの国。
遠い昔、グレア・ネデアを造った王様は、
その強さでもって獣人たちをまとめ上げました。
そして数多くの獣や魔獣を撃退し、この地に国を造りました。
それがグレア・ネデア。強さこそがこの国の始まり。
だからグレア・ネデアでは強さが求められ、皆強くなることを目指し、
そして強きことに誇りを持っています。
そんなグレア・ネデアで力を持たない者は、蔑まれ、笑い者にされる」
「なるほどな。だから、ここで修行してたってわけか」
「はい」
少年が1人で獣たちと戦っていた理由はひとまず分かった。
だがこれは、あまりに無謀な修行方法。
しかし危険だからといって修行を止めれば、今度は強くなる機会を逸し、周りに蔑まれ笑い者にされる。
(難しいな…。不用意な発言は避けた方がいいか……)
「ところでさ、グレア・ネデアは人間族とあまり交流を持たないって
聞いたんだけど何でなんだ?」
「…その話…知ってるんですね。
…………」
しばしの沈黙の後、少年が話し出す。
「獣人族は元々、身体能力が高い種族。
特別な訓練をしなくても、成長とともにある程度の強さが身に着きます。
ただし、それは純粋な獣人の場合の話」
「純粋な獣人?」
「はい。おじいちゃんもおばあちゃんも、お父さんもお母さんも獣人。
獣人の血しか流れていない獣人のことです」
「あぁ、そういうことか。
じゃあ、獣人以外の血が流れてるとどうなるんだ?」
「獣人が本来持つ高い身体能力が得られないんです。
全員がそうってわけじゃないらしいけど、そうなることがほとんどみたい。
他の種族と結婚すると、弱い子が生まれる。
それが続くとグレア・ネデアが弱い国になってしまう。
だからグレア・ネデアは他の種族との交流を避けてるんです」
「なるほど、そういうことだったのか。…まぁ、遺伝ってあるからな」
「遺伝?」
「あ、いや、こっちの話だ。気にしないでくれ」
(遺伝の知識はこの世界にはまだ無いんだな…)
「でもさ、今の話からすると交流を避ける相手って、
獣人族以外の種族すべてって聞こえたんだけど。
人間族だけじゃなくてエルフやドワーフも交流を避ける対象なのか?」
「はい、そうです。
でも、エルフもドワーフもあまり自分の国から出ない種族だから、
あまりうるさくは言われてないんです」
「そっか。確かにそうだな。
……なぁ、話は変わるけど、グレア・ネデアの街って
俺たち人間族でも入れるのか?」
「はい、それは大丈夫です。商人とかは普通に出入りしていますから。
もしかしてユイトさんたち、グレア・ネデアの街に行きたいんですか?」
「あぁ。今向かってる途中なんだ」
「じゃあ、僕が案内します。助けてもらったお礼です」
「ほんとか!?それは助かる!
…そういやお前、名前はなんて言うんだ?」
「ジークです」
「ジークか。かっこいい名前だな」
「はい!お父さんがつけてくれた大切な名前なんです!」
名前を褒められなんとも嬉しそうなジーク。
「それじゃあジーク。悪いけど案内よろしくな!」
「はい」
と、その時。
「…あれ?」
急に自身の体を見渡し始めたジーク。
「傷がない…どこも痛くない…」
獣たちから受けた傷が治っていることにようやく気が付いたジーク。
「ジークの傷はティナが治したんだ。治癒魔法でな」
「ティナさんが?あんなに傷があったのに……凄い……。
ティナさん、どうもありがとうございます」
ティナに頭を下げてお礼を言うジーク。
「大丈夫よ、ジークくん。気にしないで!」
少し話をしただけだが、素直で礼儀正しい子であることがよく分かる。
きっと良い両親に育てられてきたんだろう。
その後、グレア・ネデアの街に向かって歩き始めたユイトたち。
その道中、ジークがチラッチラッとユキの方を見る。
獣人の血が何やら騒ぐのだろう。
「ジーク。乗ってくか?」
「いいのっ!!」
子供らしい笑顔を見せるジーク。
「もちろん!」
「やったーっ!!」
ユキに跨り興奮気味のジーク。
そしてそのまま進むこと1時間、ユイトたちはグレア・ネデアの街ガデラへと到着した。