第171話
「………そして、ここにいるユイト殿とティナ殿に助けられたのです」
レイドスに捕らえられてからの出来事、その仔細を語ったシアード。
「……まさか……そんなことが」
あまりに衝撃的な事実に驚きと恐怖を覚えるユーリネスタとヤニス。
「……確か我が里の古き文献にも悪魔については記されていたと思います。
我がご先祖も、強大な力を有する悪魔たちと戦いを繰り広げたと。
その悪魔が今再びこの世に……。
これはもはや、リシラだけでなく世界にとっての脅威。
一国だけでなんとかできる話ではないのかもしれませんね…。
シアード、よく話してくれました。
ひとまず、皆の身に何があったのかは分かりました。
…しかし本当に、よく我が同胞を悪魔たちから救い出してくれました。
ユイト殿とティナ殿だからこそ、成し得たことかもしれませんね。
お2人とも研ぎ澄まされたとてつもない魔力を纏っていらっしゃる」
「…えっ?魔力が見えるんですか!?」
「はい。エルフは元々魔法に長けた種族。
稀ではありますが、魔力が見える者が生まれてくる。私もその一人です。
魔力が見えない者であっても、それを感じ取る感覚は
人間族のそれよりもはるかに優れていると思います」
「へぇそうなんだ……エルフって凄いんだな…」
「しかし、ユイト殿たちがお連れの狼が纏っているものは魔力なのでしょうか?
魔力のような気もしますし、魔力とは少し違うような気もします」
「…あぁ、それはおそらく神気ですね。
ユキは魔力だけじゃなく、神気も纏ってますから」
「神気っ!?…で、では、まさかそこにおられるのは神獣様なのですかっ!?」
「えぇ。こいつはフェンリルのユキ。神獣フェンリルです」
「なっ……」
「ちなみにユキは、ティナと従魔契約を結んでます」
「従魔契約!?神獣様と従魔契約を交わされたというのですかっ!?
…そ、そんなことが可能なのですかっ!?」
神獣ユキを前に少々興奮気味のユーリネスタ。
「…はっ…も、申し訳ありません。
あまりに驚いて取り乱してしまいました」
一旦大きく息を吸い心を落ち着かせるユーリネスタ。
「兎にも角にも、今回はユイト殿とティナ殿のおかげで何とかなりました。
ですが、今後も何があるか分かりません。
我々エルフの民も悪魔たちに備えなければなりませんね。
皆で、我々に何ができるかを検討することにしましょう。
それではユイト殿、ティナ殿、そして神獣様。
せっかくリシラにいらしたのです。里でゆっくりしていって下さい」
「はい。ありがとうございます。そうさせてもらいます」
その時、部屋の窓から見える枯れた大樹がユイトの目に映る。
「……気になりますか?」
「はい。すごく大きな樹だな…と」
「あの樹は世界樹。
太古の昔より、このエルフの里を守ってきてくれた大樹です。
世界樹から採れる世界樹の雫は、傷を癒し、病を治す薬にもなる。
そんな世界樹の恩恵を受けながら、我々エルフはこの地で暮らしてきました。
ですがご覧の通り、世界樹は枯れ衰えてしまいました。
こうなってしまっては最早、世界樹の雫も手に入りません。
数年前までは元気な姿だったのですが……」
世界樹を見ながら、ユーリネスタが少し悲しげな表情を浮かべる。
「数年前…。でも太古の昔よりリシラを守ってきてたんですよね?
何で今さら急に枯れちゃったんですか?」
「枯れた理由…ですか。
…ちなみにお2人は、リシラが精霊様を祀る国なのはご存知でしょうか?」
「精霊を?いえ、初めて聞きました」
「私もです」
「今お伝えした通り、我々エルフの民は精霊様を祀っています。
その理由の1つは、あの世界樹にあるのです。
世界樹は他の樹々とは異なり、水だけでは生きていくことができません。
世界樹が生きていくためには水の他に、精霊様のみが生み出せる
特別な力が必要になるのです。
我々エルフは世界樹に守られている。
そしてその世界樹は精霊様のお力によって生きていくことが出来る。
すなわち、我々エルフの民は精霊様たちのお力によって守られているのです」
「なるほど…だから精霊を祀るのか…」
「その通りです」
「じゃあ、世界樹が枯れたってことは精霊の力が不足していると?」
「ご明察の通りです。
精霊様のお力を借りるには、その仲介役となる精霊魔導士が必要となります。
そしてご存知かもしれませんが、精霊様と契約を結び精霊魔導士になるためには
精霊石と呼ばれる神秘の石が必要となります」
(最近、聞いた話だな…)
「かつてはこのエルフの里にもその精霊石がありました。
ですが、10年ほど前でしょうか。
その精霊石が何者かによって破壊されてしまったのです。
当時の精霊魔導士は皆、年老いた者だったこともあり年々精霊魔導士が減少。
今では思うように精霊様のお力を世界樹に注ぐことができず、
その結果、世界樹は枯れてしまったのです」
「そういうことか…」
(ここの精霊石が消えたからブレサリーツに”精霊の棲み処”ができたのかな…)
「……ところでさっき、”理由の1つ”って言ってましたが、
世界樹の他にも何か精霊を祀る理由があるんですか?」
「えぇ。我々エルフの民はそこまで多くはありません。国としても小さい。
そのリシラが他国と対等にいるためには、その国力の差を埋める力が必要です。
そしてその差を埋めてきたものこそ精霊魔導士。
つまりは精霊様のお力で、これまでリシラは守られてきたのです。
これが我々エルフが精霊様を祀るもう一つの理由。
…ですがリシラは、世界樹と精霊石、その両方を失ってしまいました。
今のリシラにはもはや他国に対抗できる力はありません。
ただルクペの森に守られているだけの国。それが今のリシラです」
傍らでユーリネスタの話を聞いていたシアードの額から汗が流れ落ちる。
おそらく悩みに悩んだのであろう。
苦悶に満ちた表情のシアードが話し出す。
「…ユーリネスタ様。
後ほど私1人でお話ししようと思い、お伝えしておりませんでした。
実は…エルフの里の精霊石を破壊したのは…私なのです」
「なっ…!?」
その瞬間、ユーリネスタをはじめエルフたちの間に激しい衝撃が走った。
「そ、それは、まことなのですかっ!?」
「…はい。奴らに命令され逆らうこともできず…。
本当に申し訳ございませんでした」
頭を床につけ謝罪するシアード。
「シアードっ!!お主、一体何ということをっ!!
一体自分が何をしたのか分かっておるのかっ!!」
興奮したヤニスが声を荒げ言い放つ。
「はい…。いかような罰も受ける覚悟は出来ています」
突如張り詰めた重苦しい空気。
部屋全体がピリピリとしたなんとも言えぬ緊張に包まれる。
するとそんな中、ユイトが口を開いた。
「ちょっと待ってくれ。
さっきシアードさんが言ったように、シアードさんを捕らえてたのは悪魔だ。
そしてその悪魔を使役してたのは称号者だ。
そんな奴ら相手に、シアードさんに一体どうしろって言うんだよ?
シアードさんを責めたってしょうがないだろ?」
「………。
確かに…ユイト殿の言う通りですね。
落ち着きなさい、ヤニス」
さらにユイトが続ける。
「それに精霊の力が不足してるって件なら何とかできるかもしれません」
「…?それは一体どういうことです?」
「精霊のみが生み出せる特別な力ってのに、ちょっと心当たりがあるんです。
説明するよりも見せた方が早いと思うんで、
よければ世界樹に案内してもらえませんか?」
「心当たり…ですか?
分かりました。何を考えられているかはまったく予想もつきませんが、
ひとまず世界樹の元へと参りましょう」