第16話
「お、おいしい…。すごくおいしい!!」
「だろ?俺もさ、初めて食べたとき、すっげー旨くて驚いたんだ」
「うん!こんなにおいしいもの、私初めて!」
ティナが見せる満面の笑みに、何だかユイトも嬉しくなる。
「まだまだ、たくさんあるぞ!どれだけ食べてもいいからな」
「ほんと!?やったーっ!」
その後、しばしの間、絶品果実を堪能するユイトとティナ。
その光景だけ見ると、どこからどう見ても少年少女のピクニック。
とても、内1人が魔獣の森から出てきた直後の迷子とは思えない。
「ところでユイトさんは、どうしてこんな所にいるの?」
ふとティナがユイトに尋ねる。
特に採集していたわけでもなさそうなユイト。
不思議に思われてもしょうがない。
「うーん、それはだな……なんて言えばいいんだ?
町か村に行きたくて歩いてたら、偶然この辺りを通りがかったっていうか…。
…まぁ、そもそもどこに町や村があるか知らないんだけどな。
つーわけで、平たく言うと、いわゆる”迷子”ってやつだな」
「迷子?ふふっ。ユイトさん迷子なんだ」
”迷子”と言うユイトが面白かったのか、ティナが笑顔を見せる。
「じゃあ、ユイトさん。私の町でよければ、町まで案内するよ?」
「えっ!?ほんとかっ!?すげー助かる!!」
渡りに船。思いもよらぬ提案にユイトが食いつく。
「うん!じゃあ、がんばって木の実ときのこを集めるから、もう少し待っててね」
そう言うとティナは岩から降りて、すぐに採集に取り掛かる。
ユイトを早く町に案内しようと、採集に精を出すティナ。
その姿を前に、年長者のユイトがぼーっと休んでいるわけにもいかない。
「ティナ、俺も手伝うよ。何を採ればいいんだ?」
「えっ?手伝ってくれるの!?」
「そりゃあな。この後ティナにお世話になるしな」
「嬉しい!ありがとう、ユイトさん!」
すぐにティナは、採集かごを見せつつ、何を採ればいいかをユイトに説明。
「今の季節だと、この”ポップル”っていう木の実と、この”ほろほろ茸”っていうきのこを採るんだよ」
「なるほど…。ちなみにだけど、これと間違えそうな木の実やきのこってあるのか?」
「ううん、無いよ。だからそんなに気にしなくても大丈夫だよ」
「そっか、分かった。じゃあ、ちゃちゃっと済ませちゃうか!」
何を採ればいいかを覚えたユイトも、早速、採集開始。
ティナは近場を、ユイトは少し離れた場所を担当。
順調に木の実ときのこが集まっていく。
そして、ものの数十分で、ティナが持つ少し大きめの採集かごが一杯になった。
「こんなに早く集めれたのなんて初めて!ユイトさん、どうもありがとう!」
一杯になった採集かごを前に、本当に嬉しそうなティナ。
「役に立てて良かったよ。
俺も採集の勉強になったしな。教えてくれてありがとな!」
「うん!」
ここで1つ、ユイトは気になっていることを尋ねてみた。
それは、今後の生活を左右する極めて重要なことだった。
「なぁ、ティナ。ちょっと聞きたいんだけどさ。
町の人たちって獣の肉とか食べるのか?」
「獣のお肉?うん、食べるよ。お店でも獣のお肉を売ってるよ」
「じゃあさ、さっきの狼とか町にもってったら、お店で買い取ってくれたりするのかな?」
「うん。多分買い取ってくれると思うよ」
期待通りの回答に、ユイトの頬が思わず緩む。
「良かった!じゃあ、さっきの狼もって帰んないとな。
いやー俺さ、実はまったくお金持ってないんだよな。
なんせずーっと森の中で暮らしてたからさ」
「…えっ!?ずっと森で!?」
「あぁ、そうだぞ」
「す、凄い……」
あまりに想定外の言葉に驚くティナ。
(そりゃまあ、そうなるよね…)
「じゃあさ、ちょっと狼を回収してくるから少しだけ待っててくれ」
早速、斬り伏せた狼のもとへといったユイトは、次々と異空間に狼たちを収納。
再び目にするその不思議な光景に、ティナは目を丸くして驚いた。
(さて、いくらになるかな。宿代ぐらいにはなってくれるといいけどな)
「ごめんティナ、待たせたな。じゃあ、出発するか」
「うん」
「…つっても、俺はティナの後についてくだけだけどな」
「ふふっ。じゃあ、ユイトさん。はぐれないように付いてきてね!」
ティナはそう言って、ユイトに向かって微笑んだ。
森を抜けて、町へと向かうユイトとティナ。
その道中。
「しかし、ティナは偉いよな。まだ子供だってのに採集とか。
お父さん、お母さんの手伝いか?」
ユイトのその質問に、ティナの表情が少し曇る。
「…ううん。お父さんとお母さんは3年前に死んじゃった。
今は叔母さんのお世話になってるの。だから、そのお手伝い」
「……。ごめん…」
「いいの。きっとお父さんとお母さんは天国から私を見守ってくれてる。
今日、ユイトさんが私を助けに来てくれたのも、
きっとお父さんとお母さんがユイトさんを呼んでくれたの」
「そっか…」
年端も行かない少女の健気なその言葉に、ユイトはそれ以上言葉を返せなかった。
その後ユイトは話題を変え、この世界の常識をいくつか教えてもらった。
まず、今いるところはレンチェスト王国という国らしい。
レンチェスト王国は、いくつもの領から成っており、各領は貴族が領主として治めているそうだ。
そして今向かっているのがラーゴルド領にあるカタルカという小さな町。
この国の王都からはかなり離れた、辺境の町ということだ。
次は通貨。
通貨は、白金貨、金貨、小金貨、銀貨、小銀貨、銅貨、小銅貨の7種類。
一番安いのは小銅貨で、日本でいうところの10円程度の価値らしい。
各通貨の価値は種類が変わるごとに10倍ずつ増えていき、最も高い白金貨は、1000万円程の価値があるとのこと。
しかし、通貨1枚で1000万。そんな大金、日本でだって見たことない。
白金貨なんて持った日には、間違いなく挙動不審になるだろう。
次に文明レベル。
文明レベルはそれほど高くないようだ。
むしろ低いといってもいいぐらい。
水道などは基本なく、川や井戸から水を汲むのが主流らしい。
もちろん電気やガスも存在しない。
移動手段は、金持ちは馬車を使うが、通常は徒歩ということだ。
そんな話をしながら1~2時間ほど歩くと、ようやく前方に町が見えてきた。
「ユイトさん。あそこが私の住んでる町だよ」
「おぉっ!町だーーーっ!」
この世界で初めて見る町にユイトは大興奮。
夢にまで見た町がもうすぐそこに。
気が逸るユイトは、自然と早足になっていく。
「ユイトさんっ、待ってーーっ!」
「…あっ、ごめんティナ。つい嬉しくなっちゃって」
「ふふっ」
そんなユイトのもとに、ティナが優しい笑みを浮かべながら駆けて行く。