第153話
「ところでさ、ティナ。町や村の立て直しは一通り終わっただろ?
きっと、そう遠くないうちにクレスティニアを離れることになる。
でもその前に、せっかくだからやっておきたいことがあるんだ」
「やっておきたいこと?」
「あぁ。まずはブレサリーツとフィーンを結ぶ街道沿いに宿場町を作りたい。
イーファさんが女王になったからな。
ブレサリーツはきっとこれから、これまで以上に良い国になる。
そしたらクレスティニアとブレサリーツを行き来する人が増えるだろ?
だから街道沿いに宿場町を作りたいんだ」
「なるほど…。確かに野宿って疲れるもんね」
「そうだな。…で、やっておきたいことがもう1つある。
むしろこっちがメインで、そのために宿場町を作りたいんだけどな。
俺はさ、その宿場町にクレスティニアの名物を作りたいんだ」
「名物?」
「あぁ。ティナが考えた名物。俺とティナで名物を残すんだ。
きっとそれが、ティナがクレスティニアを離れた後も、
この国のみんなを支えてくれると思うんだ」
(確かにこのままクレスティニアを離れるのは心残りがある)
(でも、ユイトさんが言うように、この国のために何かを残せたら……)
「ユイトさんっ!私、やりたいっ!
この国のみんなのために何かを残したいっ!!」
「ティナならそう言うと思ってた!
それで、もう案はあるんだ。クレスティニアならではと言えばやっぱ米だ。
そして俺は米によく合う向こうの世界の食べ物を知っている。
さらに俺もティナも食べるの大好きだろ?」
「じゃあユイトさんが考える名物って?」
「あぁ、食べ物だ。みんなが腰抜かすくらい飛び切り美味しい食べ物な!」
ティナの顔がぱぁっと明るくなる。
「ねぇ、ユイトさん。それって私も食べたことないもの?」
「あぁ。ティナもまだ食べたことないぞ。
米が収穫されたらまずはティナに作ってやるよ」
「ほんとっ!?やったぁーっ!嬉しいっ!!」
「でも食べるだけじゃだめだぞ?
ティナには作り方もしっかりと覚えてもらうからな。
なんたってティナが残す名物だからな」
「うんっ!分かってる!」
そしてそれから半月後。
その日ついに、今年収穫された最初の米が王城へと届けられた。
「よーし。じゃあ始めるか」
やる気満々のユイト。
王城の調理場を借りたユイトが、早速準備に取り掛かる。
これからユイトが作るもの。
それは日本でおなじみ、子供から大人まで大人気のカレー、唐揚げ、トンカツだ。
カレーのような多くのスパイスを使う複雑な食べ物はこの世界には存在しない。
そして調理法といえば、"焼く"、”煮る”、”炒める” だけで、”揚げる”という調理法はこの世界には存在しない。
それ故、カレーも揚げ物もこの世界の人々にとっては、まさに異次元の料理だろう。
そんな料理を食べた時のティナの反応を想像しながら、楽しそうに調理を進めていくユイト。
そしてその様子をわくわくしながら眺めるティナ。
美味しそうな音と匂いとともに、どんどん料理が出来ていく。
これまで出番のなかった炊飯器も元気よくシューシューと音を立てる。
そしてしばらくして、ついにユイトプロデュース クレスティニア名物料理が完成。
「さぁ出来たぞ!
少し気は早いけど、クレスティニア名物 カレーと唐揚げとトンカツだ!!」
ユイトが炊きあがったばかりのお米を食器によそう。
待ってましたと言わんばかりにテーブルに着いたティナ。
ユキも匂いにやられてか鼻息が荒い。
「うーーん!どれもすっごく、いい匂い!!
ねぇユイトさん、食べてもいい?」
目をキラキラさせながら尋ねるティナ。
「ははは。熱いから気を付けろよ!」
「うんっ!じゃあ、いただきまーす!」
まずティナが手にしたのはトンカツ。そして一口。
サクッ
「んーーーーっ!」
次に、唐揚げ。
パリッ
「んーーーーーーーーっ!!」
そして最後にカレー。
「んーーーーーーーーーーーーっ!!!」
目を瞑って顔を左右に振り、かわいい声を上げながら足をバタバタさせるティナ。
「どうだ?ティナ」
「どれも、すんーーーっごく美味しい!!
こんな美味しいものがあったなんて信じられない!!
ユイトさん…決めたっ!私、毎日これでいいっ!!」
「………。はい?
えーっと、ティナ?これはクレスティニアの名物にする料理だぞ?」
「あっ…そうだった。あまりに美味しくてつい…」
「ははは。でもまぁ、口にあったみたいで良かったよ」
「うん!すごいよユイトさん。これなら絶対名物になるよ!
こんな料理が食べれるお店があったら、私毎日通っちゃう!」
「おいおい、王女様が毎日食べにくる食堂ってどんなだよ…」
「ふふ♪」
「……ところでティナ。
今、トンカツはトンカツだけで食べただろ?
トンカツは、カレーに乗せて食べる”カツカレー”って食べ方もあるんだ。
あと、卵で閉じて”かつ丼”って食べ方もある。
工夫すれば、料理の種類を増やせるぞ!」
「ほんとに?じゃあ、まずはカツカレーにして食べてみる!」
早速、トンカツとともにカレーライスを頬張るティナ。
「んーーーーーーっ!!!幸せっ!!!」
「ははは。
…ってなわけで、ティナには今食べた料理の作り方を覚えてもらうぞ?
クレスティニアの人たちにはティナから教えなきゃなんないからな」
「うん、分かった。
…でも、こんなにおいしい料理、私に作れるかな……」
あまりの美味しさゆえにちょっぴり不安になるティナ。
「はは。作れるに決まってんだろ?なんたって、俺が教えるからな」
「ふふっ、そうだよね。私頑張る!
じゃあユイト先生、よろしくお願いします!!」
それから2週間、ティナはユイト先生指導の下、朝から晩まで料理の特訓に明け暮れた。
忘れないようレシピを書き留め、繰り返し繰り返し練習。
手順と感覚を頭の中に叩き込んだ。
その甲斐あって、特訓が終わる頃にはユイトが作った3品は完璧にマスター。
更には、かつ丼、味付けを変えたティナオリジナル唐揚げ、粗挽き肉をふんだんに使ったティナオリジナルメンチカツまで作れるようになっていた。
ちなみに練習で山ほど作った料理は、異空間へと収納。
これからの旅のご飯に取っておくことにした。
「よく頑張ったな、ティナ。これなら向こうの世界でもお店を出せるぞ!」
「ほんとにっ!?」
「あぁ」
「ユイトさんにそう言われると、私、自信持っちゃうよ?」
「はははっ。自信持っていいぞ。本当にうまく作れるようになったからな」
「ふふっ。良かった!」
満面の笑みで喜ぶティナ。
「ねぇ、ユイトさん。
私も料理作れるようになったし、将来2人で食堂やるってのもいいかもね」
「確かにそれも面白そうだな。
まだまだ、向こうの世界の美味しい料理がたくさんあるからな。
…でもさ、王女様が料理作る食堂って、ちょっとシュール過ぎないか?」
「もう、ユイトさん。この前も言ったでしょ?
私は王女の前にユイトさんの仲間。”無名”のティナなの!」
「そうだった。ごめんごめん」
王女という立場よりも、変わらず自分の仲間であることを優先してくれる。
その気持ちが、この世界に1人やってきたユイトには本当に嬉しかった。