第152話
ザッテラで一仕事を終えたユイトは、クレスティニアへと戻りティナと合流。
2人は、戦争により破壊された町や村の修復だけでなく、元より干ばつ被害に苦しんでいた町や村の立て直しにも力を尽くした。
そしてその中で大活躍したのが、ドプラニッカでゴダックに作ってもらった例のコップ状の魔道具。
ユイトの手により”なんちゃって神秘の聖杯”へと姿を変えたその魔道具により、各地の干ばつ被害は見る見る改善。再び多くの民たちが、豊かだった頃の様に田畑での作業に勤しむようになっていった。
また、これまでは中々できなかった手洗い、洗濯も出来るようになり、衛生面も大きく改善。体調を崩す民たちの数が大幅に減少した。
これまで長く続いた、出口の見えない苦しい生活。その生活に突然光が差した。
民たちは、この思いもよらぬ生活の改善に喜びを爆発させた。
そして、いつも自分たちの心に寄り添ってくれる優しき王女に心から感謝し、そして心から王女を慕った。
ゆく先々で、ティナの周りには多くの人々が集まり、笑顔が溢れた。
母オリビアがクレスティニアの民たちから愛されたように、ティナもまたクレスティニアの民たちから愛される王女となった。
数年前、1人寂しく苦しみに耐え続けていた少女が、今では多くの人々を笑顔にし、多くの人々に囲まれている。
その光景にユイトはなんだか胸が熱くなった。
そして、戦争終結から半年後。
ようやくクレスティニアの全ての町や村の立て直しが完了。
クレスティニア全土で、かつての豊かさを取り戻した。
その間、ザッテラにいる冒険者からは一度だけ連絡が入った。
どうやら彼に指示を出していた者たちは、ザッテラ、ブレサリーツを離れ北へと移動したらしい。
ブレサリーツからもその後、瘴気が見つかったという連絡は来ていない。
油断はできないが、ひとまずはクレスティニア、ブレサリーツからは悪魔の脅威が去ったとみていいだろう。
…そして、それから1カ月が経過。
ついに、待ちに待った収穫シーズンがクレスティニアにやってきた。
「ティナ。いよいよだな」
「えっ???」
「米だよ、米!もうすぐ収穫だろ?
あーーめっちゃ楽しみだっ!!」
「ふふっ!そういえばユイトさん、禁断症状が…って言ってたもんね!」
「まぁな。そういやティナに言ってなかったっけ?
俺があっちの世界で住んでいたところはさ、米が主食だったんだよ。
もちろんパンもあったけど、でも俺は米が好きで毎日米を食べてた。
だから久々に米が食べれると思ったら嬉しくてさ」
「……そっか。
ユイトさんにとって、お米は故郷の味…なんだね。………」
表情が曇り、急に黙り込むティナ。
「………ねぇ、ユイトさん」
「んっ?」
「今でも元いた世界に帰りたい?
もし、元いた世界に戻れる方法が見つかったら、ユイトさん帰っちゃうの?」
聞かなくてもいいことだと頭では分かっている。
だが、言いようのない不安が押し寄せ、ティナはどうしても我慢できなかった。
この不安を抱えたままこの先生きていくなんて、ティナにはどうしてもできなかった。
「そうだな……。帰る…って言ったら?」
「お願いっ!!私もユイトさんの世界に連れてって!!」
即座に真剣な表情で懇願するティナ。
「でもティナは、この世界の王女様だろ?」
「そんなの関係ないっ!!
私は王女の前にユイトさんの仲間。”無名”のティナなのっ。
ユイトさんと離れるなんて絶対に嫌っ!!
私はずっとユイトさんと一緒にいたいっ!!」
たった1人で見知らぬ世界へとやってきた。
だがそんな自分を必要としてくれる人が目の前にいる。
それだけで、ユイトがこの世界にいる理由は十分だった。
「ごめん、ティナ。冗談だよ。
向こうの世界に戻れる方法が見つかっても俺は帰らない。
帰りたくないって言ったら嘘になるけど、
帰りたいって言うよりは遊びに行きたいって感覚だな。
俺はもうこの世界の住人だし、この世界を気に入ってる。
それにティナを置いて行くわけないだろ?
なんたって、俺はティナの守り手だからな」
抱いた不安をかき消すユイトの言葉。
その言葉に、ティナは思わずユイトを抱きしめた。
「…ごめんね。私、なんだか急に不安になっちゃって…。
ひょっとしてユイトさんは、元いた世界に戻りたいのかなって。
この世界にいるのが苦痛なのかなって。
それでいつか、元いた世界に戻っちゃうのかなって…」
「こっちこそ、ごめんな。不安にさせて。
米は、純粋に俺がこの世界で食べたいってだけだからさ。安心してくれよ」
「…うん。分かった」