第146話
国を挙げての宴から数日後。
街の外でせっせと出発の準備を進めるメイリ―ル王国の兵士たち。
そう、その日はステラたちメイリ―ルの援軍がクレスティニアを発つことになっていた。
「ステラ殿。もっとゆっくりしていっても良いのではないか?」
「ゼルマ殿。お気持ちはありがたいのですが、
メイリ―ルで愛する民たちが待っていますので」
「そうか…。それなら引き止めるわけにもいかぬな。
あまりステラ殿を引き止めると、メイリ―ルの民たちに恨まれてしまう。ふふ」
そう言いながらゼルマ王は穏やかな笑みを浮かべる。
「それでステラ殿。帰りも"転界石"を使用されるのか?」
「いえ。それができれば一番良いのですが、
”転界石”は一度使用するとしばらくは使用できないのです。
ですので帰りは騎馬と徒歩にてメイリ―ルを目指します」
「なんとっ!?”転界石”はどうにもならぬと?」
「えぇ。我が国に残されている記録によると、
一度使用した”転界石”に再び魔力が宿るには
どうやら数十年から百年ほどの年月がかかるようで…」
「…それほどまでの年月が。……すまぬ、ステラ殿」
申し訳なさそうに謝るゼルマ王。
だがそんな必要などどこにもないと言わんばかりにステラの顔は明るかった。
「ゼルマ殿。先日も言いましたが、"転界石"などどうでもいいのですよ。
クレスティニアを守れた。ティナさんの力になることができた。
その事実だけで私たちは十分なんですから」
「ステラ殿……」
そんな2人の会話が、偶然近くを通りがかったユイトとティナの耳にも届いた。
そのままステラの元へと歩み寄っていくユイトとティナ。
「ステラさん。今の話……もし良かったらでいいんだけど
その”転界石”っていうの、ちょっと見せてもらえないかな?」
「”転界石”を?えぇ、構いませんよ」
すぐに”転界石”を取り出し、ユイトへと手渡すステラ。
「へぇ…これが”転界石”…。
そこら辺の石と見た目は大して変わんないんだな。
…じゃあちょっと見てみるか」
そう言うとユイトは”転界石”を握りしめ意識を集中。
”転界石”に残るかすかな魔力の残滓を感じ取った。
「………無属性か。
…ティナ」
「うん」
ティナはユイトが考えていることをすぐに理解。
”転界石”を覆い隠すように、自身の右手をユイトの右手に重ねた。
「ユイトさん?一体何を?」
「ダメもとで試してみるよ」
その直後、辺り一帯の魔素が急速に収束。
猛烈な勢いでユイトとティナに吸い込まれ始めた。
そして2人はその魔素を瞬時に極限まで圧縮すると属性変化させずに魔力へと変換。その超高密度魔力を一気に”転界石”へと注ぎ込んだ。
「こ、これは…!?」
ユイトとティナの強烈な魔力が眩しいほどの光を放つ。
そんな2人の莫大な魔力が”転界石”にどんどん注がれていく。
そしてそれから数分後。
「……ふぅ。こんなところか」
”転界石”へ魔力を注ぎ終えたユイトとティナは、重ねた手を静かに離す。
ティナの手がどけられたユイトの手のひら。
するとそこには光り輝く”転界石”。
「そんな……こんなことって……」
ユイトの手のひらを見つめたまま呆然とするステラ。
「ステラさん。多分うまくいったと思うけど」
ステラは差し出された”転界石”を手に取ると、それをまじまじと眺めた。
「この輝き……信じられない…」
直ぐ近くで一部始終を見ていたゼルマ王もまた、信じられないといった顔。
「…まさか…百年近くもかかるというその魔力を
この一瞬で注ぎ込んだというのか……。
其方らは一体どこまで……」
ユイトとティナが見せてきた数々の奇跡。
その奇跡を前に、ゼルマ王もステラもただただ驚嘆するしかなかった。
そしてしばらくの後。
「…あっ、ごめんなさい、お礼も言わずに。
あまりに驚いてしまって…」
「ははは。そんなの気にしなくていいよ」
「そうですよステラさん。お礼を言うのは私たちの方なんですから」
「いえ、そういうわけにはいきません。
ユイトさん、ティナさん、本当にどうもありがとうございました。
これでメイリ―ルにもすぐに帰れます」
「うまくいって良かったよ。
じゃあ、俺たちが次メイリ―ルに行ったときに、
また”転界石”に魔力を込めるよ」
「はい。その時はぜひ、よろしくお願いしますね」
…そしてその日の正午。
ついにメイリールからの援軍がクレスティニアを離れる時がやってきた。
ステラを先頭に整列するメイリ―ルの兵士たち。
その正面にはゼルマ王とティナが立つ。
「…ステラ殿、そしてメイリールの勇敢なる兵士たち。
貴殿らから受けたこの恩、決して忘れはせぬ。
どれだけ遠く離れていようとも、
メイリ―ルは紛れもないクレスティニアの友だ。
改めて貴殿らとメイリ―ルに最大限の感謝を」
ゼルマ王とティナはステラとメイリ―ル兵に向け深く深く頭を下げた。
「それではゼルマ殿。そろそろ行こうかと思います。
ユイトさんもティナさんもどうかお元気で」
「あぁ。ステラさんもな」
「また会いに行きますね」
「はい。楽しみにお待ちしています」
そしてステラは優しい笑みを浮かべると、”転界石”を天高く掲げた。
「いざ、メイリ―ルへ!」
その瞬間、皆の目の前からステラとメイリ―ル兵の姿が消えてなくなった。
「……行ってしまわれたな」
ゼルマ王がぽつりとつぶやく。
「…しかし”転界石”とは本当に凄いものだな。
あれだけの人数を一瞬で…。
…だがその”転界石”を蘇らせたユイト殿とティナも大概だがな。ふっ」
”転界石”の奇跡の復活により、思いのほか早くメイリ―ルへと戻ってきたステラたち。このことはすぐに王城中へと伝えられた。
リーツとイリスはその話を聞くや否や部屋から飛び出した。
2人は息を切らしながら、ステラの元へと急ぐ。
そしてステラの元にたどり着いた2人は大声で叫んだ。
「姉上っ!!」
「お姉様っ!!」
そのまま勢いよくステラへと飛びつくイリス。
「2人とも、心配をかけましたね」
「姉上…ご無事で何よりです。
…それでクレスティニアは……」
「えぇ。大丈夫ですよ」
「良かった…」
その言葉に、リーツは安堵の表情を浮かべた。
「ですが2人とも、我々はすぐにでもやらねばならぬことがあります。
貴方たちも協力してください」
ユイトから受け取った魔道具を手に、ステラはすぐに動き出す。