第145話
それから数日後。
その日は今回起こった突然の出来事について、クレスティニア国民たちに説明する場が設けられていた。
直接的な被害はなかったとはいえ、多大なる不安、苦労をかけた民たちを労いたい。そして民たちも一体何が起こっていたのかを知りたいはず。
そんなゼルマ王の想いから、その場が設けられる運びとなった。
昼少し前、予定の時間となり、ゼルマ王が民たちの前に姿を現した。
そして王城前を埋め尽くす民たちに向け、今回の出来事について話し始めた。
この際ゼルマ王は、悪魔については民たちの不安を煽るだけと判断。
明確に伝えることは避け、大きな力というだけの表現にとどめた。
一通り民たちに今回の戦争の経緯と結末を説明した後、ゼルマ王は国を救った英雄たちを民たちに紹介した。
命の危険を承知の上で駆け付けてくれた冒険者、メイリ―ル王国女王ステラ、レンチェスト王国国王ロットベル、そして両国の勇敢なる戦士たち。
ゼルマ王は心より彼らを称え、最大限の感謝の意を彼らに伝えた。
そしてクレスティニアの民たちもまた、国を救った英雄たちに大きな歓声と惜しみない拍手を送った。
大歓声と割れんばかりの拍手を浴びながら、クレスティニアの民たちに笑顔で手を振り返す英雄たち。
そんな中、少し離れた場所でひっそりと立つイーファの元にゼルマ王が歩み寄る。
「イーファ殿、本当に良いのか?辛い思いをするやも知れぬ」
「構いません。私にはその責任があります」
「………」
(本当は逃げ出したいであろう)
(自分は何も知らないと…自分も被害者なのだと叫びたいであろう)
(一体どれほどの覚悟と責任を…)
「…分かった。
イーファ殿。私は貴殿を心より尊敬する」
ゼルマ王はイーファにそう声をかけると、民たちの前へと向かっていった。
再び民たちの前に姿を現したゼルマ王が右手を前へと突き出す。
その瞬間、民たちはすぐに歓声と拍手を止めた。
先程までとは一転、辺りが静まり返る。
「民たちよ。これから、
ブレサリーツ王国 イーファ・ノートス・ブレサリーツ王女より話をいただく」
直後、王城前では大きなどよめきが起こった。
「イーファ王女は今回の件で、父であるハインツ陛下、
母であるソフィア王妃、兄であるカイン王太子を失った。
そしてイーファ王女自身も命を狙われ、我が国で保護することになった。
皆も色々と思うところがあると思うが、どうか落ち着いて話を聞いて欲しい。
耳を傾け、真実を知り、曇りなき眼で見定め、そして判断して欲しい」
水を打ったように静まり返る王城前。
「それではイーファ殿、こちらへ」
「はい」
ゼルマ王の声に従い、壇上へと進むイーファ。
そして壇上へと上がったイーファは、クレスティニアの民たちに向け話し始めた。
「クレスティニアの皆様。
ブレサリーツ王国王女 イーファ・ノートス・ブレサリーツと申します。
この度は我が国の愚かなる行為により、皆様方に多大なるご迷惑と
苦痛を与えたこと、ブレサリーツ王国を代表して心より謝罪いたします。
誠に…誠に申し訳ございませんでした」
クレスティニアの民たちに向け、深く深く頭を下げるイーファ。
いつ頭を上げるのだろうかと思う程、イーファは頭を下げ続けた。
その後、イーファは自身の知る限りの真実をクレスティニアの民たちに向けて語っていった。
「…ですが、私はブレサリーツ王国の王女。
この全ての責任は私にあります。
私はどんなことがあろうと、必ず今回の償いをいたします。
二度とこのようなことを起こさないことを、今ここで皆様にお約束いたします。
クレスティニアの皆様、どうかお願いいたします。
これからもブレサリーツ王国がクレスティニア王国の良き隣人であることを
お許しください。どうか…どうかお願いいたします」
クレスティニアの民たちに向け、想いの全てを伝えたイーファ。
そして最後に再び、イーファは深く深く頭を下げた。
すると…
パチパチパチパチパチ
静まり返る聴衆の一部から拍手が沸き起こる。
やがてその拍手は周りへと広がり、王城前を埋め尽くすクレスティニアの民たちより、イーファに向け大きな拍手が送られた。
「イーファ殿。
これが我が国の、クレスティニアの民たちの答えだ」
「…はい」
クレスティニアの民たちより送られる拍手に大粒の涙を流すイーファ。
「皆様。本当に…本当にありがとうございます」
最後にもう一度深く頭を下げたイーファは、クレスティニアの民たちより送られる拍手を背に降壇した。
「イーファ様。よく頑張られました」
涙ぐむラナがすぐにイーファに駆け寄り声をかける。
「ラナにも迷惑をかけました。
あなたがいつも隣で支えてくれたから、私はここまで頑張ることが出来ました。
本当にありがとう。ラナ」
その言葉に、ラナは感極まって大泣きした。
こうして、クレスティニアの民たちに向けての一連の出来事の説明は、大きな混乱もなく無事終わりを迎えた。
その日の晩、クレスティニアでは国を挙げての宴が催された。
クレスティニア、メイリ―ル、レンチェスト、バーヴァルド入り混じっての大宴会。皆、この時ばかりは全てを忘れ、ただただ酒に酔いしれた。
……そこは、各国の王族および関係者が集う宴会場。
「しかしステラ殿。貴国の学校制度だが、あれは実に素晴らしい。
その噂はクレスティニアまで届いておる。
近い将来、我が国でもぜひ導入したい。その際は、ご指導いただけると助かる」
「ゼルマ殿の言うとおりだ。
レンチェストでもぜひ導入したいと考えている故、ステラ殿、
その際はどうかよろしくお願いします」
「ご安心ください。もちろん、ご協力させていただきますよ」
「しかし、よくあのような仕組みを考えつかれたものだ。
これまでの習わし、常識が足枷となり、とてもではないが私には思いつかん」
「ふふ。そのお気持ち良く分かります。私もそうでしたから」
当時の自分を思い出し、ステラから笑みがこぼれる。
「ステラ殿も?では、ステラ殿には優秀な家臣がおられるとみえるな」
「ふふ。違いますよ、ゼルマ殿。
あの学校制度を考えたのは、ティナさんとユイトさんですよ」
「な、なんとっ!?」
皆が一斉にティナの顔を見る。
「えっ!?あれです!
私はユイトさんが話してたことをステラさんに話しただけですよ!
ねっ、ユイトさん!?」
すぐにユイトに話を振るティナ。
「んっ?そうだっけ?」
「えぇーーっ!?ユイトさん、ひどーーいっ!!」
「はははっ」
(まさか学校制度の話で盛り上がるとは……さすがは民を導く君主たち)
こうして久方ぶりの楽しい夜が更けていく。