第14話
子フェンリルとの2人旅。
その道中、狩った魔獣を炙って食べる。これが中々に旨い。
子フェンリルも、まだか?まだか?と待ちわびる。
魔獣ごとに少しずつ味が異なり、ローテーションしながら食べることで飽きも来ない。
しかしこれができるのも、狩った魔獣たちを持ち歩けるが故。
まさに異空間収納様様だ。
「大量にあるし、焼肉屋でもやったらきっと大繁盛だろうな」
A5ランクの魔獣肉。霜降り魔獣ステーキ。極上魔獣カルビ。
(……繁盛するのか?)
それから2週間ほどが経過した。
洞窟からもかなり離れ、この辺りは修行でも訪れたことのない場所だ。
辺りには、見たこともない木や植物たちが生い茂る。
と、その時、果実がたわわに実った小さな木の群生をユイトが発見。
すぐに、その木の元へと移動する。
初めて見る果実に慎重を期すユイト。
「……食べれるのかこれ?毒がある可能性もあるよな……」
腕を組み、その実を見ながらじっくりと考える。
すると、そんなユイトの耳に、何やらむしゃむしゃという音が聞こえてくる。
横を見てみると、なんと子フェンリルが勢いよくその実を食べている。
「………。なんか俺、間抜けっぽくない?」
子フェンリルに倣い、ユイトもすぐにその実にかぶりつく。
サクッ
「っ!?う、旨い…!?めちゃくちゃ旨いっ!!」
桃のような香りに上品な甘さと爽やかさ。
食感は梨のようで、果汁がしたたり落ちるほどの瑞々しさ。
「…な、何だこれっ!?日本にもこんな旨い果物なかったぞ!?」
余りの旨さに興奮したユイトは、早速、実の採集を開始する。
次々と実を採集しては、異次元収納へと放り込む。
まさに乱獲。見る見るうちに、木々が寂しくなっていく。
そして気づくと残りは葉っぱだけ。
「……ひょっとして、採り過ぎた?」
ちょっとだけ反省するユイト。
「ま、いっか」
そしてすぐに反省をやめた。
「そんなことより、凄いぞーっ!お前のおかげだっ!!」
ユイトは子フェンリルを抱え上げると、ぐるぐると回転。
その大手柄への感謝の気持ちを体全体で表した。
それからさらに数日が経過。
大分、森の端に近づいてきたのであろうか。
この頃には魔獣をほとんど見なくなっていた。
もしいたとしても、かなり弱い部類の魔獣や狼や猪などの普通の獣たち。
(……多分もうすぐだな。あと少しでこの森から出れる)
(そしたら、次は町探しか……)
その日の夜。
いつものように膝の上で眠る子フェンリルを見ながらユイトは考えた。
自分はこの世界のことを何も知らない。
世界にはどんな人間がいて、どんな考えを持っていて、どんな常識があるのか。
ひょっとしたら、魔獣だけでなく獣に対しても、敵対心や嫌悪感を持ってるかもしれない。
もしそうだとしたら、子フェンリルとともに町に行ったら、子フェンリルが捕らえられてしまう可能性だってある。
それに、優しい子フェンリルのことだ。
もし自分に対し、好意的でない人間がいたら、自分を守ろうとして立ち向かっていくだろう。
そうなったら、状況はさらに悪化してしまう。
(………。今とれる最善の選択は……)
翌朝、子フェンリルとともに朝食をとるユイト。
だがなんだか、いつもに比べユイトの口数が少ない。
そして朝食を終えると、すぐに後片付けに取り掛かる。
そんなユイトのすぐ横で、子フェンリルはいつものように無邪気な表情を浮かべている。
(………)
後片付けを終えたユイトは、次は出発の準備に取り掛かる。
黙々と準備をするユイト。
そして準備が完了したユイトは、大きく息を吸い、目を閉じた。
覚悟を決めたつもりだった。
だが、なおも揺れ動く気持ち。ユイトはそれを必死に抑え込んだ。
そして…
「…ここまで来たら、もう危険な魔獣もいない。
お前ひとりでも十分生きていける。
お前とは…ここでお別れだ。……今まで…ありがとな」
ユイトの言葉を理解してるのだろう。
子フェンリルは急に大声で吠え始め、ユイトに飛びついてきた。
一向に吠えることをやめない子フェンリル。
それはまるで、置いていかないでと必死に訴えかけているようだった。
親を失ってから、まだ間もない。
そしてここで、心を許したユイトまでいなくなる。
子フェンリルの気持ちを考えると心が痛い。
ユイトは、必死に吠える子フェンリルを抱きしめた。
「俺だって寂しいよ。辛いんだよ。できることならお前を連れていきたい。
……でも分かってくれ。
俺はまだ、この世界のことを何も知らない。
今の俺には、この世界でお前を守ってやれる知識も力もない。
お前にもしものことがあったら、命を懸けてお前を守ったお前の母ちゃんに
顔向けできない。
……だから…ここでお別れだ」
がんばって笑顔を作るユイト。
「短い間だったけど、お前と過ごせて本当に楽しかった。
お前は俺の大事な家族だよ」
抱きしめた子フェンリルの目に涙が浮かぶ。
「最後に、一緒にあれを食べよう」
異空間収納から取り出したのは2人で見つけたあの果実。
まるで食べ終えたくないかのように、2人はゆっくりゆっくりとその実を食した。
「……じゃあ行くよ。元気でいろよ」
そう言って子フェンリルの頭を撫でると、ユイトは歩き出した。
子フェンリルは、ユイトの姿が見えなくなるまで、じっとその背中を見送った。
そして最後に一吠え。
「ワオォーーーーーッ!」
それは"さよなら"じゃない、"行ってらっしゃい"と。