第139話
時は数日前に遡る。
ザッテラ連合国兵3万が、多数の魔獣を従えクレスティニア南部より侵攻を開始。
このザッテラ連合国の侵攻は、クレスティニアにとってはまさに想定外の出来事。
南部に駐留するクレスティニア兵1万は、すぐさまザッテラ連合国を迎え撃つ準備に入るとともに、民たちの避難誘導を開始した。
それと同時に、この想定外の出来事を逸早くゼルマ王へ伝えるべく、伝令役の兵士5名が王都フィーンに向け早馬を飛ばした。
突然のザッテラ連合国襲撃の知らせに混乱を極めるクレスティニア南部の民たち。
民たちは兵たちに促され、北へ北へと避難を急いだ。
そしてザッテラ連合国の侵攻を確認してから1日と半日。
ついにクレスティニアとザッテラ連合国の戦いが始まった。
兵力3万と多数の魔獣を有するザッテラ連合国に対し、クレスティニアの兵力はわずか1万。まともに戦っては、とてもではないが勝ち目はない。
さらに、ブレサリーツと交戦中の主力部隊からの増援も期待できない。
そこでクレスティニア兵はその戦力差を少しでも埋めるため、至る所に防御壁を設置。一度に会敵する範囲を極力狭める作戦で戦いに臨んだ。
次々と押し寄せるザッテラ兵に対し、徹底抗戦するクレスティニアの兵士たち。
しかし、絶望的な戦力差。
中でもザッテラ兵が従える魔獣たちが猛威を振るった。
数百にも及ぶ魔獣。それは悪夢としか言いようがなかった。
魔獣たちはザッテラ兵の前に位置し、設置した防御壁を次々と破壊していく。
「くそっ。何なんだ、この魔獣どもはっ!」
未だかつてない程の魔獣の群れ。なぜこれほどまでの魔獣が押し寄せ、クレスティニア兵だけを襲うのかまったく分からない。
だがその状況から、ザッテラ兵が魔獣たちを操っていることは明らか。
戦況をひっくり返すためにも、どうにかして魔獣を操っているザッテラ兵を討ちたい。しかし、目の前に立ちはだかる魔獣たちがそれを許さない。
「くそっ…」
これまでに経験したことのないような極めて厳しい戦い。
防御壁は次々と破られ、どんどん傷つき倒れていくクレスティニア兵。
それに対し、魔獣の後ろに位置するザッテラ兵のダメージはほぼ皆無。
その絶望的ともいえる状況の中、それでもクレスティニア兵は祖国を守ろうと果敢に立ち向かう。
しかしそんな彼らの想いを嘲笑うかのように、状況は悪化するばかり。
そしていつしか、戦況は一方的な展開となっていた。
「くそっ…もうこれまでなのか……」
クレスティニア兵の誰しもがそう思ったその時、ようやく王都フィーンからの増援部隊1万が到着。
そしてその先頭には、ギリギリのところで追いついたユイトの姿があった。
「増援か。くっくっく、いくら来ようと同じ事よ」
クレスティニアの増援部隊を前にしても、数多の魔獣を従えるザッテラ兵からは余裕がうかがえる。
そんなザッテラ兵たちに向け、ユイトが1人、無言で歩き出す。
その顔は激しい怒りに満ちていた。
躊躇することなく魔獣たちの元へと向かっていくユイト。
そのユイトに凄まじいまでの魔素が吸い込まれ、瞬時に魔力へ変換されていく。
「お前ら…よくも…」
バチッ、バチッ、バチバチッ、バチバチッ
雷属性の莫大な魔力を纏ったユイトの右腕から雷が迸る。
そしてユイトはその右腕を天に向け突き出した。
「消えろっ!!」
”雷光弾雨”
突如、上空に現れた巨大な光玉。
次の瞬間、辺り一帯に凄まじいまでの雷の雨が降り注ぎ始めた。
それはまるでこの世の終わりとも思えるような凄まじき光景。
全てを破壊し尽くすかのような猛烈な雷の雨が魔獣たちを容赦なく襲う。
神の怒りかとも思えるその雷の雨は、大気を震わせ、終わることなく降り注ぐ。
響き渡る轟音、そして震える大地に驚き慄く3万のザッテラ兵。
一瞬で辺りが大量の砂煙に包まれる。
しばらくして、ようやく天に突き出した腕を下したユイト。
直後、先ほどまでとは一転、辺りは静寂に包まれる。
ザッテラ兵もクレスティニア兵も言葉を発するものは誰一人としていない。
ただ吹き込む風が舞い上がった砂煙を静かに押し流す。
徐々に姿を現していく大地。
両国兵士たちは、息をのんでそれを見つめる。
そして少しの時を経て、目の前に完全に大地が姿を現した。
「なっ……」
両国兵士たちの眼前に広がるのは一面の荒野。
そしてそこにあるのは魔石のみ。
数百の魔獣たちは、魔石だけを残し跡形もなく完全に消滅していた。
ユイトが見せつけた異常ともいうべき力、そしてその圧倒的な光景は、3万のザッテラ兵の戦意を奪うには十分だった。
そして反対に、クレスティニア兵には勇気と希望を与えた。
「あの魔獣たちを一瞬で……。
これが…これがユイト様の力…。
あのティナ様でさえ敵わないというユイト様の力なのか……」
「うおぉぉーーーーーーーーっ!!!」
直後、クレスティニア兵から一斉に歓喜の雄叫びが上がる。
一方、激しく動揺し呆然とするザッテラ兵。
「…ば、馬鹿な……」
そんなザッテラ兵に向け、ユイトがゆっくりと足を踏み出す。
その静かなる姿は、ザッテラ兵にとって恐怖以外の何物でもなかった。
青ざめ後ずさりを始めるザッテラ兵。そして…
「…ば、化け物だぁぁーーーーーっ!!」
ザッテラ兵はユイトに背を向けると、武器を投げ捨て一目散に逃げ始めた。
ザッテラ兵の潰走が始まった。
それを見たクレスティニア兵。
「ユイト様が作ってくれたこの機会、絶対に逃すなーーっ!!
いくぞぉーーーーーっ!!!」
クレスティニア兵が一気にザッテラ兵に向けて突撃を開始。
士気を取り戻したクレスティニア兵にとって、戦意と統率を失ったザッテラ兵はもはや敵ではなかった。
次々とザッテラ兵を捕えていくクレスティニア兵。
そして、先ほどまでの劣勢がまるで嘘だったかのように、瞬く間に勝敗は決した。