第135話
レンチェスト王国 王都ステイリア 王城。
「陛下。”烈火の剣”のユリウス殿がお見えです」
「ユリウス?分かった。通してくれ」
開かれた扉をくぐり、ユリウスがロットベル王の元へとやってくる。
いつになく真剣な表情のユリウス。その姿は、近づき難き雰囲気さえ醸し出す。
そしてロットベル王の御前までやってきたユリウスが片膝をついた。
「ユリウスよ。突然どうしたのだ?」
「陛下。今日は、クレスティニアの件についてお願いがあり参りました」
「クレスティニア……。
…分かった。ひとまず聞こう。申してみよ」
「ありがとうございます。
既に陛下のお耳にも届いているかと思いますが、
ブレサリーツ王国がクレスティニア王国に侵攻を開始しました。
陛下へのお願いというのは他でもありません。
ぜひ、我が国の兵をクレスティニア救援のために動かしていただきたい。
これはレンチェスト王国 冒険者ギルドの総意です」
「………」
「陛下もご存知の通り、我が国は”白銀の天使様”により、
エギザエシム帝国から守られました。
クレスティニアのティナ王女殿下は、”白銀の天使様”その人です。
今、我が国があるのも全てティナ様のおかげ。
陛下、どうかお願いいたします。ぜひとも我が国の兵を」
両手両膝をつき、ユリウスがロットベル王に頭を下げる。
「…まずは頭を上げよ、ユリウス。
お前の気持ちは良く分かる。私個人としては、ぜひ兵を動かしてやりたい。
だが私は一国を預かる身。私個人の感情だけで物事を決められんのだ。
兵は、我が国に何かあった時の砦だ。動かすのはそう簡単なことではない」
「………」
ロットベル王から発せられた、期待とは異なる言葉。
その言葉に、恐ろしさを感じるほどの真剣な表情を浮かべたユリウスが話し出す。
「……陛下。
陛下はカタルカの町で起こったことを覚えてらっしゃいますか?」
「もちろんだ。ラーゴルドの馬鹿者がしでかした件であろう。
あれは我が国の恥だ。忘れようにも忘れられん。
それがどうしたのだ?」
「私もつい先日、サザントリムのギルドマスターから聞いた話です。
ラーゴルドの愚行により、消えゆく運命だったカタルカの町。
しかし2人の冒険者が自らの命と引き換えにカタルカの町を守った。
命を落としたその2人の冒険者には、1人の娘がいた。
その少女は、ラーゴルドによって両親に着せられた濡れ衣により、
言葉にするのも憚られるような酷い仕打ちを受け続けた。
その少女こそ…、その少女こそクレスティニアのティナ王女殿下なのです」
「…なん…だと……。
…そ、それでは……」
「そうです。
我が国の町を、我が国の民を守るために命を落とした2人の冒険者、
それはティナ様の父君と母君。
我が国の領主がしでかした愚行により、
クレスティニアのオリビア王女殿下は命を落とされ、
御息女であるティナ王女殿下は地獄の苦しみを味わわれたのです」
「…な…なんということを……」
青ざめるロットベル王。
「誰かゼヴァイスとフレイルを呼べーっ!!
すぐにだっ!今すぐにだっ!!急げぇーーーっ!!!」
ロットベル王の叫び声が響き渡る。
急ぎ飛んできたゼヴァイス騎士団長とフレイル宰相。
息を弾ます2人にロットベル王がすぐさま指示を出す。
「ゼヴァイスよ。我が国はこれからクレスティニアの救援に向かう。
我が国の兵の半数を至急準備せよっ。とにかく急ぐのだっ!!
そして準備が整い次第、すぐにクレスティニアに向け出立せよっ」
「はっ。承知いたしました」
「そしてフレイル。私はこれからすぐバーヴァルド帝国へ向かう。
皇帝ユークリッドⅢ世と会い、
我が国の兵たちがバーヴァルド帝国内を円滑に通過できるよう話を付ける。
そして私はそのまま、兵たちとともにクレスティニアに向かう。
私がいない間、この国のことはお前に任せる」
「…なっ…陛下も行かれるのですかっ!?」
「そうだ。私はこの国の元首としてやらねばならぬことがある。
我が国はそれ程までの過ちを犯してしまったのだからな。
不在の間、任せたぞ」
「はっ!」
「そしてユリウスよ。
ユークリッド殿との面会の際、バーヴァルドの冒険者ギルドにも
声をかけてもらうよう頼んでおく。
バーヴァルドに着いたら、冒険者ギルドに顔を出せ」
「承知しました」
「私はすぐに出発の準備をする。フレイル、その間に馬車の用意を頼む」
「かしこまりました」
この2日後、レンチェスト王国兵3万2千がクレスティニアに向け出発。
一足先にバーヴァルド帝国へと向かったロットベル王は、バーヴァルド帝国皇帝ユークリッドⅢ世と面会。
クレスティニア王国の救援に関し、協力を依頼した。
「ロットベル殿、貴国が兵の通過の件、承知した。
しかし、まさかロットベル殿まで同行されるとはな」
「我が国はそれ程までのことをクレスティニアに対し行ってしまっただけのこと」
唇を噛みしめ後悔の表情を浮かべるロットベル王。
「理由は…聞かない方が良さそうですな」
「そうしていただけると助かる…」
「………。
ロットベル殿。我が国は万が一に備え、クレスティニアとの国境を固めておく。
食料も準備しておこう。存分に補給していってくだされ」
「恩に着る、ユークリッド殿」
「いや、礼には及ばぬ。
我が国もクレスティニアのティナ王女には恩があるのでな。
あの純粋で優しき王女を、私としてもぜひ助けたい」