第134話
時は戻り、クレスティニア王国 王都フィーン近郊。
そこではクレスティニア、ブレサリーツ、両国入り混じっての激しい戦いが繰り広げられていた。
開戦から数日は、一進一退の攻防が続いた。
しかし、徐々に両国の戦力差が物を言い始め、ブレサリーツ兵に押し込まれる場面が増えてきた。
傷つき、戦列を離れるクレスティニア兵も続出した。
そんな中、ゼルマ王の元に1つの伝令が届いた。
『ザッテラ連合国が多数の魔獣を従え、クレスティニア南部より侵攻を開始』
その瞬間、クレスティニア陣営に未だかつてない程の激震が走った。
「なぜだっ!?なぜザッテラ連合国までっ!?
一体何が起こっておるというのだっ!!?」
それはあまりに想定外の出来事。
ザッテラ連合国の侵攻に厳しい判断を迫られるクレスティニア陣営。
「陛下っ。ザッテラ連合国の侵攻は完全に想定外です。
南部の民たちの避難がまだ済んでおりませんっ!」
「くっ……」
ゼルマ王の顔が苦悶に満ちる。
「……やむを得んっ。急ぎ1万の兵を南へ向かわせろっ!
罪なき民たちを見捨てることなど絶対にできんっ!!」
「はっ!」
民たちを救うべく、王都に展開するクレスティニア兵5万のうち1万がすぐに南へ向け出立。
これにより、王都近郊での戦況が一気に悪化する。
さらには想定よりもはるかに広い戦線。
敵味方が複雑に入り混じり、思うように魔法を使えないユイトとティナ。
もはや、2人がカバーできるレベルを大きく超えていた。
「……どうして?
少し前まではあんなにも平和だったのに…。
どうしてこんなことに……」
目に見えて王都に近づいてくるブレサリーツの兵士たち。
そして自分の手の届かぬところで、どんどん傷つき倒れていくクレスティニアの兵士たち。
その光景に激しく動揺するティナ。
「どうすれば……どうすればいいの?」
………
クレスティニアに対するブレサリーツの宣戦布告と侵攻の報は、瞬く間に世界を駆け巡った。
レンチェスト王国 サザントリム 冒険者ギルド。
「そんなっ……」
回ってきた書類によりブレサリーツのクレスティニア侵攻を知ったシノン。
「何かないの…少しでもティナちゃんの力になれること…何か……」
するとシノンは急に立ち上がり、ギルドマスターの元へと駆け出した。
バタンッ
ギルドマスターの部屋の扉が勢いよく開く。
「ギルドマスター、お願いしますっ!!
依頼を、クレスティニアを守るための緊急依頼を出させてくださいっ!!
ティナちゃんを助けたいんです。
少しでもティナちゃんの力になりたいんです。
私はどうなっても構いません。だからどうかお願いします。この通りです」
頭を下げ懇願するシノン。
「顔を上げろ、シノン。もう準備してある」
そう言うとギルドマスターは、1枚の依頼書をシノンに向け差し出した。
「気持ちはお前と同じだ。
敵味方入り混じっての戦いでは、いかにユイトとティナでも苦労するだろう。
責任は全て私がとる。
冒険者を募り、集まり次第、すぐにステイリアの冒険者ギルドに向かわせろ。
ステイリアの冒険者ギルドにも連絡は入れてある。
今頃、向こうでも冒険者を募ってるはずだ」
「ギルドマスター…。ありがとうございます」
依頼書を受け取ったシノンは、涙を拭い、カウンターへと駆け出した。
ティナを助けたい。そんな想いを胸にカウンターへと急ぐシノン。
そしてカウンターに着くや否や、シノンは精一杯の声で冒険者たちに呼びかけた。
「皆さんっ、聞いてくださいっ!!
ギルドからの緊急依頼です!!」
聞いたこともないようなシノンの大声に、皆一斉にシノンの方に顔を向ける。
「ブレサリーツ王国がクレスティニア王国に侵攻を開始しました」
「…な、何だって!?」
「緊急依頼の内容は、クレスティニア王国の救援。
相手はブレサリーツ王国、国です。
危険が予想されるため、Cランクパーティー以上限定、
受注人数に制限はありません。
皆さん、お願いします。
どうか、どうかこの依頼を請けていただけませんか?
お願いします。この通りです」
懸命に頭を下げるシノン。
叫び声にも似たシノンの声を聞き、2階からも続々と冒険者が下りてくる。
「なぁ、何でクレスティニアの救援依頼がレンチェストで出されるんだ?
しかもギルドの緊急依頼だろ?」
一部の冒険者からシノンへ質問が飛ぶ。
「それは…クレスティニアに当ギルド所属の冒険者がいるからです」
「…一体誰なんだよ?」
「”無名”のティナさんとユイトさんです」
「”無名”?聞いたことねぇな」
「…なぁ、そいつらって、
ちょっと前にでかい狼連れてたFランク冒険者じゃねぇのか?」
「Fランク冒険者?
なんで、Fランク冒険者のためにギルドがここまでするんだよ?」
一向に名乗りを上げない冒険者たち。
その状況に唇を噛みしめ悲痛の表情を浮かべるシノン。
そんな中、1人の男の声がギルド内に響いた。
「シノン。俺たちは行くぜ。
俺たちは、あの人らに少しでも追いつくため鍛えてきた。
あの人らに少しでも認めてもらいたくて、これまで頑張ってきたんだ。
今の俺たちを、あの人らに見てもらわなきゃいけねぇからよ。
それにまだ、姐さんに言えてねぇからな。祝いの言葉をよぉ」
「ガイルさん……」
「ガイルに先を越されてしまったな」
すぐ後にロイが続く。
「その依頼、俺たち”天翔の風”も引き受けた。
今の俺たちがあるのも、全て彼らのおかげだ。
あの日、彼らに救ってもらった恩を今こそ返そう」
「そうよ。私は命を救われたあの日、誓ったわ。
彼らに恥ずかしくない冒険者になるって。彼らみたいに人々を助けるんだって。
そのためにこれまで頑張ってきた。
いつか彼らの力になるために、私たちは頑張ってきたのっ」
「ロイさん……セフィーさん……」
涙ぐむシノン。
「…おい、まじかよ……。
このギルドで最もSランクパーティーに近いって言われてる
”タイガーファング”と”天翔の風”が……」
「……なぁ、俺今思い出したけどよ、”無名”って確か……」
大きくざわつく周りの冒険者たち。
その後、”タイガーファング”と”天翔の風”に続き、彼らを慕う複数のパーティーが名乗りを上げた。
最終的に集まったのは8パーティー、総勢31名の冒険者たち。
彼らはこの後すぐ、クレスティニアの救援に向け準備を開始。
準備を終えるとすぐさまギルドが用意した馬車に乗り込み、ステイリアの冒険者ギルドに向けサザントリムを出発した。