第131話
クレスティニア西部の森を出発してから数日後。
「やっと着きました。ここがクレスティニアの王都フィーンです」
「ここがクレスティニアの王都……」
「お2人ともフィーンは初めてですか?」
「はい。私もラナも初めて訪れました。穏やかで良い街ですね」
「ふふ。そう言っていただけると嬉しいです」
「そういえば、これからどちらに向かうのですか?」
「王城に向かいます」
「…王城…ですか?」
「はい」
一介の冒険者の口から出た"王城"という言葉。
イーファもラナも『なぜ冒険者が王城に?』と不思議に思った。
一行はフィーンの街を通り抜け、一路、王城へと向かう。
そして程なくして城門前へと到着。
「…イーファ様。本当に…王城ですね……」
「えぇ。一体これからどうするのかしら…?」
よく理解できぬまま、城門前に立つイーファとラナ。
すると、城門を警備する兵士がティナとユイトに声をかける。
「お帰りなさいませ。ティナ王女殿下。ユイト様」
「…えっ!?」
思いもよらぬ兵士の言葉に、驚き顔を見合せるイーファとラナ。
そしてラナはすぐさまティナに跪き頭を下げた。
「ティナ様。あなた様が、クレスティニアの王女殿下とは露知らず、
これまでに働いた数々の非礼、誠に申し訳ございませんでした。
平に、平にご容赦を」
「ティナ様。私もティナ様に対する数々のご無礼、どうかお許しください」
ラナに続き、イーファもティナに頭を下げる。
「イーファ様。ラナさん。どうか顔をお上げください。
この国の王女とお伝えしていなかったのは私です。
お2人が頭を下げる必要など全くありません。だからどうかお願いします」
頭を下げるイーファとラナにかけられた優しき声。
そんなティナの言葉を受け入れ、2人は静かに顔を上げる。
「それよりもすぐに、おじい様…ゼルマ陛下の元に参りましょう」
ブレサリーツ王国の王女を伴い、王城内へと消えていくティナとユイト。
突然のブレサリーツ王国王女の来訪に騒がしくなる王城内。
このことはすぐにゼルマ王にも伝えられ、イーファたちは応接室へと招かれた。
そして応接室に着くと、既にそこにはゼルマ王とトルニーア宰相が待っていた。
「お初にお目にかかります。ゼルマ国王陛下。
私、ブレサリーツ王国 王女イーファ・ノートス・ブレサリーツでございます。
この度の突然の来訪、どうかお許しください。
そして、こうして貴重なお時間をいただき、誠に感謝いたします」
イーファはゼルマ王に頭を下げた。
「ご丁寧な挨拶、痛み入る。
イーファ殿。とりあえず座られよ」
事前通達なしに訪れた他国の王族。
そして王女が身に纏う汚れた傷だらけのドレス。
ゼルマ王とトルニーア宰相は、瞬間、ただ事では無い事がブレサリーツで起こっていると理解した。
「して、イーファ殿。ブレサリーツで何か起こったのだな?」
「…はい」
「聞かせてもらえるか?」
「はい。分かりました」
イーファはゼルマ王の言葉に小さく頷くと、静かに話し始めた。
「10日ほど前、突然、我が国の兵士たちが反乱を起こしました。
それは何の前触れもなく、本当に突然の事でした。
前日までは普通に接していた兵士たちが、まるで人が変わったかのように…。
旧国王派を名乗っていましたが、私にはとても信じられません。
旧国王派は10年前にその全てが捕らえられたはずです。
なぜこんなことになったのか、正直私にはまったく分かりません。
…ですが……今思えば数年前から何か恐ろしい計画が水面下で
進んでいたようにも思います。
数年前より、我が国ではなぜか兵力の増強が進められてきました。
それは、ある時、登用された官吏の意見によるものでした。
我が国の兵力に問題があったわけではありません。
にもかかわらず、なぜか周りもその官吏の意見に賛同しました。
各国の微妙なバランスや魔獣などの襲撃も踏まえたものと繰り返し説得され、
最終的には父もそれを了承しました。
そんな不自然なことはその後も続きました。
なぜそれが今必要?と思われるようなことでも、
その官吏が言えば不自然なほどに採用されていきました。
何か見えない大きな力が水面下で働いていたようにも思えます」
「…ふむ。ブレサリーツで何が起こったのかはひとまず理解した。
それでイーファ殿。ハインツ王やソフィア王妃はご無事か?」
その瞬間、イーファが視線を下に落とした。
「………。兵士たちの反乱は王城の中にまで及びました。
父も母も兄も皆、私を守るために凶刃に倒れました。
傷付きながら、それでも必死に私を守ろうと……」
口を手で覆い、肩を震わせ涙を流すイーファ。
「それなのに私は…、私は、"お父様"と叫ぶことしか、
"お母様"、”お兄様”と、泣き叫ぶことしかできなかった。
それしか…私にはできなかった…」
今にも途切れそうな震える声で、懸命に話すイーファ。
その目からは、とめどなく涙が溢れ出る。
イーファの後ろに立つラナ、そしてティナの目からも涙がこぼれ落ちる。
「すまなかった。イーファ殿。
辛いことを思い出させてしまった。申し訳ない」
ゼルマ王の言葉に、イーファは無言で首を横に振った。
もはや話せる状態ではないイーファ。
「とりあえず今は、心と体を休めねばならん。
トルニーア。イーファ殿とラナ殿を部屋までお連れしろ」
「承知いたしました」
自分の力で立つことさえ出来なくなったイーファは、ラナに支えられながら部屋へと向かった。
ゼルマ王とティナ、そしてユイトの3人だけになった応接室。
「ユイト殿、ティナ。よくぞイーファ殿を助けてくれた。
よくぞここまで連れてきてくれた。
これで少しは事前に手が打てる。其方らのおかげだ。
儂はこれから緊急の会議を開く。
其方らは疲れたであろう。今日はゆっくり休んでくれ」
そう言い残し、ゼルマ王は応接室を後にした。