第130話
その後ティナは、ユイトとユキとともに積極的にクレスティニア各地を回った。
建国祭にて民たちに向けて語った言葉通り、ティナは民たちを助けるため全力を尽くした。
まさか王女自らが訪れ、手伝ってくれるなど夢にも思っていなかった民たち。
ティナのかける言葉が、ティナの見せる笑顔が民たちを笑顔にし、勇気と希望を与えた。
そして建国祭からおよそ半月後。
その日、ユイトたちはクレスティニア王国西部、隣国ブレサリーツ王国との国境沿いに広がる森まで獣の討伐に来ていた。
森の奥で討伐を進めるユイトとティナ。
するとユイトの感知魔法が何やら複数の反応を捉えた。
「この反応…人間だな」
ユイトが捉えた反応は40弱。
先行して7人、その後方に30人ほど。
どうやらこちらの方に向かってきているようだ。
すると突然、先行していた7人の内5人が動きを止めた。
残りの2人はそのままこちらに向け移動し続ける。
後方から来ていた30人ほども、先に立ち止まった5人付近で動きを止めた。
その直後、森の奥から激しい剣戟の音が聞こえてきた。
(これは…追われてるのか?)
「おい、ティナ。
奥の方で誰かが襲われてるっぽい。ちょっと行ってくる」
「あ、待って。私も行く」
近づいてくる2人の元へと急ぐユイトとティナ。
程なくしてユイトたちは、こちらに向かって走ってくる2人組に遭遇。
1人は軽装鎧に身を包んだ傷だらけの女性剣士。そしてもう1人は、森を移動するにはあまりに似つかわしくない衣装を纏った女性。
そんな2人に声をかけようと、ティナが一歩足を踏み出す。
するとその瞬間、女性剣士が剣を構えた。
「はぁ、はぁ、はぁ…。それ以上、近づくなっ!!
貴様らも奴らの仲間かっ!?」
激しく警戒し、険しい表情を浮かべる女性剣士。
"違う"と言っても、とても信じてはくれなさそうな雰囲気だ。
そうこうしているうちに、2人の後方から追手がやってくる。
多勢に無勢。足止めに残った5人は、僅かな時間しか稼げなかったようだ。
「くっ、奴ら、もう…。
絶対に…命に代えてもイーファ様だけは…」
精一杯の力で剣を握り締め、追手に向かい剣を構える女性剣士。
「見えたぞ!イーファ王女だ!
絶対逃がすな。必ずここで始末しろっ」
その声がユイトとティナの耳にも届いた。
「ティナ!」
振り向きユイトが叫ぶ。
直後、ユイトとティナが勢いよく追手に向かい飛び出した。
「えっ?」
予期せぬユイトたちの行動に驚く2人。
一瞬で追手たちの元へと辿り着いたユイトとティナが追手たちと対峙する。
おそらくは手練れの追手なのだろう。
だがユイトとティナには、そんなことは関係ない。
2人は次々と追手を沈めていく。
その最中、ユイトの目が森のはるか奥で遠ざかる1つの影を捉えた。
「監視か?逃がすかよ」
その影を捕らえるべく、すぐにユイトが森の奥に向け足を踏み出した。
するとその直後、女性の叫び声が森に響いた。
「ラナっ!!しっかりして、ラナっ!!」
声がした方を振り向くと、そこには地に伏した女性剣士とその傍らで必死に呼びかける女性の姿。
おそらく女性剣士は、全身傷だらけになりながらも、主を守るべくギリギリまで戦い続けたのだろう。
「こっちが先か…」
ユイトとティナは、すぐに女性剣士の元へ駆け寄り治癒魔法を発動。
”最上位治癒”
女性剣士の負った深い傷が見る見る癒えていく。
だがそれでも意識までは戻らない。
その後、しばらくして意識を取り戻した女性剣士。
すると直後、女性剣士は焦った表情を浮かべ勢いよく立ち上がった。
「…はっ!?
イーファ様?イーファ様はどこに!?」
「ラナ。大丈夫です。私はここです」
「イーファ様……良かった…。よくぞご無事で……」
涙ぐむ女性剣士。
「あなたも私も、この方たちに助けられたのですよ」
「…あなたたちはさっきの……」
ユイトたちに対する警戒心を未だ残した様子の女性剣士。
彼女たちが現在置かれている状況、そして彼女が負う責務からそれは仕方のないことなのだろう。
その警戒心を解くには、まだしばらく時間がかかりそうだ。
そんな中、
「2人とも疲れてるところ悪いんだけど、ひとまず状況を整理したい。
さっきあの追手たちは”イーファ王女”と叫んでた。
ひょっとして、あなたたちは……」
ユイトが2人に問いかける。
「……私から説明します」
そう言うとイーファが話し始めた。
「まずは、危ないところをお助けいただき、
本当にどうもありがとうございました。心より感謝いたします」
ユイトとティナに向かいイーファが頭を下げる。
「あなたのご想像通り、
私はブレサリーツ王国王女 イーファ・ノートス・ブレサリーツです。
そしてこちらにいるのが、私の護衛騎士のラナです」
イーファの紹介に合わせ、ラナが軽く会釈する。
「やはり…。
それでなんでまた、王女様がこんなことに?」
「それは……謀反が起こったからです。
私はすぐに護衛たちとともに王城から抜け出し、王都を離れました。
しかしすぐに追手がかけられ…。
追手を撒くため森の中に逃げ込みましたが、それでも振り切れず…」
「謀反か…。
ちなみに王様や王妃様は?一緒ではないのですか?」
首を横に振るイーファ。
「私を逃がすために……」
イーファの傍らでラナは唇を嚙みしめる。
「………」
ティナに目配せをするユイト。
そんなユイトの意図を汲み取ったティナが2人に向け話し出す。
「お2人とも、ひとまずクレスティニアの王都まで行きませんか?
おじい様なら、きっと相談に乗ってくれると思います」
「クレスティニア?ここはクレスティニアなのですか?」
「はい。クレスティニア西部の森です」
「そうですか…。
私たちはいつの間にか、クレスティニアまで来ていたのですね…。
………」
その後、しばらく黙り込むイーファ。
おそらく、自分がクレスティニアにいることで、クレスティニアに何かしらの不都合が発生するのではないかと懸念しているのだろう。
「………。分かりました。
ここにいても危険なだけでしょうし、
クレスティニアの王都まで連れて行ってもらえますか?」
「はい、分かりました」
「ラナもそれで良いですね?」
「はい。イーファ様のご判断に従います」
イーファとラナの同意により、王都フィーンへと向かうことが決定。
今回は事が事だけに、少しでも早く王都に着けるよう、2人にはユキの背中に乗っていってもらうことにした。
「それじゃあ、行くか」
と、その時、イーファが口を開いた。
「待ってください。少しだけ時間をいただけますか?
この状況でこんなことを言うべきではないと分かっています。
ですが命を賭して私を守ってくれた護衛たちを弔わせてください」
その目には涙が浮かぶ。
イーファを助けるために命を落とした護衛たち。
ユイトたちはそんな彼らを弔った後、王都フィーンに向け出発した。