第129話
時は少し遡り、クレスティニア建国祭の翌日。
早速、民たちを助けるべく、ユイトとともに王城を出ようとするティナ。
しかしそんなティナを宰相や大臣たちが必死になって引き止める。
「ティナ様。どうかお考え直し下さい。
ティナ様はクレスティニアの大切な王女なのです。
護衛もつけずに出かけられるなど、ティナ様に何かあったらどうするのです?」
「ご心配どうもありがとうございます。
でも、私なら大丈夫ですよ。こう見えて、結構強いですから。
それに私の護衛よりも、この国の皆さんを助ける方が大切です。
兵士の皆さんには、そちらのお手伝いをしてもらってください」
「ですが、ティナ様…」
そんなやり取りをしているところに偶然ゼルマ王が通りがかる。
「どうした?何かあったのか?」
「こ、これは陛下!
いえ、ティナ様が町や村を回る際の護衛は不要だと仰られまして…」
「なんと?それはまことか?ティナ」
「はい。私なら護衛がいなくても大丈夫です。
私はこれまで冒険者として生きてきました。
それにユイトさんとユキだっています。
私の護衛をするその時間と労力を、国民の皆さんを救うことに充てて欲しい、
私はそう思っています」
「…そうであるか。
儂も其方らから話は聞いているが、実際にこの目で見たわけではないからな。
皆が其方を心配する気持ちもよく分かる。
どうだティナ。ここは1つ皆を納得させてみたらどうだ?」
「納得…ですか?」
「そうだ。
我が国の兵士と手合わせをし、その結果をもって皆を納得させてみよ」
「分かりました。
…では、おじい様。1つだけお願いがあります」
「お願いとな?申してみよ」
「はい。皆さんを納得させるためにも、
この国で1番の戦士と手合わせさせてください」
「…なっ!?」
まさかの言葉に皆、思わず声をあげる。
「ティナ…其方…今、
”この国で1番の戦士と手合わせしたい”、そう申したのか?」
「はい」
「本気で言っておるのか?」
「はい。もちろん本気です」
「………。分かった。ではこの国一番の戦士を用意しよう。
それでは今から1時間後、兵士訓練場にて手合わせを行う。
それでよいな?」
「はい」
その後、一旦部屋へと戻ったユイトたち。
「いやー、まさかの展開だったな」
「ほんとだよー。すんなり出してもらえると思ってたのに…」
「まぁ、言われてみりゃ確かに心配するよな。
なんたってティナは王女様だからな。
俺はティナが強いって知ってるから何とも思わなかったけど。
…まぁでも、いい機会なんじゃないか?
ここで強さを見せつけておけば、また旅に出ても、
そんなに心配かけなくても済むしさ」
「うん、確かにそうかもね。じゃあ、圧倒的に勝たなきゃね!」
「ははは。手加減してやれよ」
「ふふふ。分かってる」
そして1時間後。
場所はクレスティニア王国騎士団 兵士訓練場。
「来たかティナ。其方の望み通り、我が国一の戦士を用意した。
クレスティニア王国騎士団 騎士団長のトーレスだ」
「お初にお目にかかります。ティナ様。
私、クレスティニア王国騎士団の団長を
務めさせていただいているトーレスと申します」
「初めまして、トーレスさん。
私の我儘でお呼びしてしまってすみません」
「とんでもございません。
しかし、ティナ様。本当によろしいのですか?」
「もちろんです。手加減も一切いりません。
本物の戦場のつもりで臨んでください」
「しかしその…お言葉ですが、ティナ様の冒険者ランクは…」
「ふふっ。冒険者ランクがすべてではないんですよ」
「では、ティナ。始めるとするが良いか?」
「はい」
「今回はあくまで手合わせ。故に木剣での試合とする。
審判は第1騎士団 第3小隊 隊長アレンが担当する」
「ティナ様。先日は王女殿下と存じ上げなかったとはいえ、
数々のご無礼、どうかお許しください」
「あなたはモーミカ村の…」
「はい。アレンと申します。ティナ様が試合をなされると聞き、
ぜひ審判をやらせて欲しいと手を上げさせていただきました。
頑張ってください。応援しております」
「ありがとうございます。
ではアレンさん。巻き添えを食わないよう離れていてくださいね」
「はい。承知いたしました」
その後、訓練場中央へと向かうティナとトーレス。
訓練場には噂を聞き付けた兵士たちが続々と集まってくる。
さながら何かの大会のようだ。
そしてティナとトーレスがそれぞれ定位置につく。
皆が2人に注目する。
ユイトを除く全ての観衆の興味は、騎士団長相手にティナがどこまで善戦できるのか。そのただ1点のみ。
「両者、構えて」
木剣を構えるティナとトーレス。
息をのむ観衆。
「…それでは…はじめーーーっ!!」
試合開始の合図がなされた、まさにその瞬間。
トーレスが握る木剣が大きく弾け飛び、その喉元にはティナの木剣が突き付けられていた。
「…えっ?」
カランカラン
弾き飛ばされたトーレスの木剣が地面に転がる。
あまりに一瞬の出来事に静まり返る訓練場内。
「アレンさん」
「…はっ!?しょ、勝者ティナ王女殿下」
「…な、何が起こったのだ?なぜティナがトーレスのところに…」
状況を飲み込めないゼルマ王。
(ま、まったく見えなかった…)
(いつ動いたのかも、いつ剣を弾き飛ばされたのかもまったく分からなかった…)
呆然とするトーレス。
「トーレスさん。油断していましたね?
言ったでしょ?手加減は必要ないって」
「…も、申し訳ございません」
「それでトーレスさん。1つお願いがあります。
もう1戦、付き合っていただけますか?」
「も、もう1戦ですか?」
「はい。おじい様や他の皆さんに
護衛なしの外出を認めてもらわないといけませんので」
「…分かりました。今度は全力で臨みます」
「ありがとうございます。
ちなみに次の試合ですが、私は剣を使いません。今度は魔法でいきますので」
「………」
弾き飛ばされた木剣を拾いにいくトーレス。
「…魔法まで使えるというのか……」
その顔には動揺が色濃く浮かんでいた。
そして再び定位置についたティナとトーレス。
2人は第2試合開始の合図を静かに待つ。
「…もう1戦やるのか?」
ざわつく訓練場内。
「両者、構えて。
それでは第2試合…はじめーーーっ!!」
その瞬間、トーレスの全方位に突如無数の氷槍が出現。
氷槍の鋭い切っ先がトーレスの体全体を囲い込む。
木剣を構えた体勢から、一歩も動けないトーレス。
その額からは汗が流れ落ちる。そして……
「ま、参りました…」
読んで字のごとく、クレスティニア王国一の戦士 騎士団長トーレスがまったく手も足も出ないティナの圧倒的勝利。
「…だ、第2試合、勝者ティナ王女殿下」
「……し、信じられない。
あのトーレス騎士団長が相手にもならないなんて…」
騎士団長トーレスの強さを知る兵士たちだからこそ、目の前で起きたことに驚きを隠せない。
そして同時に、ティナの強さが異次元のそれであることを理解した。
「トーレスさん。ありがとうございました」
「い、いえ、こちらこそどうもありがとうございました。
自分がまだまだ未熟であることを思い知りました。精進いたします」
「ふふっ。がんばってください」
「まさか…、まさかこれほどとは……」
想像すらしなかった結果に驚嘆するゼルマ王。
そんなゼルマ王のもとにティナとトーレスが戻ってくる。
「おじい様。御覧いただけましたか?」
「うむ。この目でしかとな。
護衛なしの件、さすがにこれは認めねばならんな」
「良かった!ありがとうございます、おじい様」
「それにしてもティナよ。其方、一体どこでこれほどまでの強さを?」
「全てユイトさんから教わりました。ユイトさんは最高の先生ですから。
ちなみに、おじい様。ユイトさんは私なんかよりも、ずっとずっと強いですよ」
「はは。そうか、そうであるか。それならなおのこと安心したぞ」
ゼルマ王の不安も払拭されたのだろう。その顔には安堵の表情がうかがえる。
「して、トーレスよ。すまんかったな。部下たちの前で」
「いえ、とんでもございません。
貴重な経験をさせていただきました。感謝いたします」
「そうか。そう言ってもらえると儂も気が楽だ」
「ところでティナ様。
今お話しされたユイト殿とは、あそこにおられる方でしょうか?」
「はい。そうです」
「ちなみにユイト殿もティナ様と同じFランク冒険者なのですか?」
「はい。同じFランク冒険者ですよ」
ティナの言葉を聞いたトーレスは、とある話を語り出した。
「私は少し前、にわかには信じがたい話を耳にしました。
隣国バーヴァルド帝国で毎年開催される大武闘大会にて、
大会3連覇中のSランク冒険者をまるで赤子扱いしたFランク冒険者がいたと。
そして決勝に進んだのは2人のFランク冒険者。
その2人は闘技場にて神のごとき戦いを繰り広げたと。
今のお話を聞いて確信いたしました。それはティナ様とユイト殿のことですね」
「えーっと、そうなりますね。ちょっと理由があって出場しただけですが」
「やはり…」
再びゼルマ王の方を向いたトーレス。
「陛下。ご安心ください。ティナ様はお強い。
ティナ様を害せる者などこの世におらぬでしょう。この私が保証します。
ティナ様に手も足も出なかった私が言うのも少々おかしな話ですが」
「いや、お主がそう言ってくれると心強い。礼を言うぞ、トーレス」
こうして、圧倒的強さを見せつけたティナは、無事護衛なしの外出を認められた。