第127話
控室で建国祭の開始を待つゼルマ王とトルニーア宰相。
その傍らにはユイトとユキの姿。
ティナはというと別室にてドレスの着付けの真最中だ。
ユイトはそわそわしながらティナのドレス姿を待ちわびる。
そしてそれから30分後。
ユイトたちが待つ控室の扉が開かれた。
開いた扉の先、そこには髪を結い上げ、美しいドレスに身を包み、母のペンダントを身に着けたティナの姿があった。
「………」
想像をはるかに超える、そのあまりの美しさに目を奪われるユイト。
その美しさを形容する言葉が出てこない。
そんなユイトにティナが声をかける。
「ユイトさん。どうかな?おかしくないかな?」
「……あ、あぁ。綺麗だ…すごく…。
その…ごめん。もっとうまく伝えたいんだけど言葉が…。
なんて言うか、ずっと見ていたいっていうか…。あっ、何言ってんだ俺…」
動揺しまくりのユイト。
しかしそんなユイトの言葉が、ティナにユイトの想いをしっかりと届けた。
「ありがとう、ユイトさん」
「ティナ、綺麗だぞ。思った通りだ。其方は誰よりも美しい」
「ありがとうございます。おじい様」
その後ティナは、ドレスを揺らしながらゆっくりと席へと向かう。
そしてユイトの隣に設けられた自身の席に着くと、そこに静かに腰を下ろした。
いつもならここでティナの方を向いて話しかけるユイト。
だが動揺と気恥ずかしさのあまり、ティナを直視することができない。
するとティナは、そんなユイトの方に手を伸ばすと、そっとユイトの手を握った。
緊張のせいか、かすかに震えるティナの左手。
ユイトはそんなティナの手を優しく握り返した。
それから程なくして、建国祭が始まった。
席を立ち、壇上へと向かっていくゼルマ王。
そしてゼルマ王が壇上に立つと、何もない空間に突如、ゼルマ王の姿が大きく映し出された。
「…えっ!?」
突如現れたその光景に驚くユイトとティナ。
「驚きましたか?
あれは我が国の国宝、空間に拡大投影できる古代宝具です」
「…こいつは凄い」
(プロジェクターみたいなもんなのか?…けどスクリーンもないしな……)
(つーか、古代宝具って何だ?)
そんな感じで未知なるものに驚いていると、ゼルマ王の演説が始まった。
王城周りに集まった数え切れないほどの民たちに向け、ゼルマ王が話し出す。
「クレスティニアの民たちよ。今日はよくぞ集まってくれた。
皆も知っての通り、今日は我が国が建国された日だ。
しかも今年は建国1700年の節目を迎える。
無事、今日という日を迎えられたのも、
すべては国を支えてくれている皆のおかげだ。心から礼を言う」
その後もゼルマ王は民たちに向けて感謝の言葉を伝え、想いを届けた。
そして……
「最後にもう1つ、皆に伝えたいことがある。
つい先日、思いもよらぬ出会いがあった。
本当に…本当に喜ばしい出来事だった。
だがこのことを皆に告げるべきか、私は正直迷った。
なぜならその者は、事情により、この地に留まり続けることが出来ないからだ。
だがそれでも彼の者ならば、必ずや皆の心に希望の灯をともしてくれると、
必ずや皆の心に想いを届けてくれると私は確信し、皆に告げることを決意した。
……紹介しよう。
今は亡き王女オリビアの娘、ティナ・レフィール・クレスティニアだ」
その瞬間、王城前を埋め尽くす民たちから大きなどよめきが起こった。
「さぁティナ、こちらへ」
後方に控えていたティナが壇上へと向かう。
いつになく緊張した面持ちのティナ。
ゼルマ王はそんなティナに向け、優しく声をかける。
「其方の好きなように話すとよい」
その言葉にティナは小さく頷いた。
カツン、カツン、カツン
壇上へと向かうティナの足音が響く。
そしてティナが壇上に着くと、その姿が国民たちの前に大きく映し出された。
それは誰もが息をのむほどの美しさ。
そのあまりの美しさに、国民たちは皆、言葉を失う。
そして王女オリビアの生き写しのようなその姿に、ある者は懐かしみ、ある者は喜び、ある者は涙した。
オリビアを知る大人たちは皆、ティナがオリビアの子であることを確信し、疑う者など誰一人としていなかった。
水を打ったように静まり返る王城前。
皆が、映し出されたティナの姿を真剣に見つめる。
そんな中、ティナが国民たちに向け静かに話し出した。
「私はティナ・レフィール・クレスティニアです。
この場に立ち、こうして皆さんに話をする資格が私にあるのか、
正直、今でも分かりません。
私はつい先日、偶然、母オリビアがこの国の王女であることを知りました。
私がまだ幼かった頃、母は『いつかクレスティニアに行きましょうね』と
口癖のように言っていました。
その話をするときはいつも、
本当に嬉しそうな顔をしていたことをよく覚えています。
今思うと母は、愛するこの国に、愛する皆さんのもとに
帰って来たかったのだと思います。
その想いは、果たされることはありませんでしたが、
代わりに私をこの地へと導いてくれました。
私はこの国に来て間もないですが、この国の温かさに触れることができました。
今なら母の気持ちが分かるような気がします。
……ですが…先ほどゼルマ陛下が言われたように、
私はこの国に留まり続けることは出来ません。
そんな私が言うのは無責任かもしれない。
でも、
私はこの国の皆さんには、いつも笑っていて欲しい。
いつも幸せであって欲しい。
私は少しでも皆さんの力になれるよう、全力を尽くすつもりです。
だからもしっ、
困ったことがあれば私を頼って欲しいっ。
挫けそうになったら私に話して欲しいっ。
皆さんの辛さを、皆さんの苦しみを、どうか私にも分けてくださいっ。
私は皆さんとともに、この苦しみを乗り越えていきたいと思います」
ティナは、母のペンダントをぎゅっと握り締めた。
「……最後に、クレスティニアの皆さん。
母を…オリビアを愛してくれてありがとうございました」
ティナは国民たちに向け、深々と頭を下げた。
直後、王城前を埋め尽くす民たちから、割れんばかりの拍手が沸き起こった。
いつまでも鳴りやまない大きな拍手と歓声。
ティナの想いを乗せた言葉は、確かに民たちの心へと届いた。
こうして、ティナが王族として初めて参加したクレスティナ王国の建国祭は、無事終わりを迎えた。