第124話
「そんなことがあったなんて……。
お父さんもお母さんも、そんなこと…一言も言ってなかった…」
ゼルマ王の話に驚きを隠せないティナ。
「オリビアもウェインも、其方に心配をかけたくなかったのだろう」
「……お父さん……お母さん」
父と母に思いを馳せるティナ。
「……さぁ、ティナ。
次は其方の話を聞かせてくれるか?」
「はい。…ですが……少し気分を害されるかもしれません」
ティナが少し視線を落とす。
「………。大丈夫だ。聞かせてくれ」
そんなゼルマ王の言葉にティナは無言で頷くと静かに話し始めた。
「私は…レンチェスト王国のとある辺境の町で生まれ育ちました」
これまでの人生について語ってゆくティナ。
時折、涙を浮かべながら、声を詰まらせながらティナは話を続けた。
そして……
「まさか…まさかそんなことが……」
ティナの生い立ちに深い衝撃を受けるゼルマ王。
「すまぬ、本当にすまぬティナよ。
其方には本当に辛い思いをさせた。本当にすまなかった」
「いいえ…、私なら大丈夫です」
「ティナ……」
その後、ゼルマ王はすぐにユイトに視線を移す
「ユイト殿、よくぞ…よくぞティナを救ってくれた。
よくぞ、ここまでティナを守ってくれた。
其方には感謝しても感謝し切れぬ。
クレスティニアの王として、ティナの家族として心より礼を言う」
ゼルマ王はユイトに向かい深々と頭を下げた。
「陛下。顔をお上げください。
俺は自分の心に従い、動いたまでです。
誰よりも優しく、誰よりも真っすぐなティナが俺にそうさせたんです。
それに俺はティナの優しさに何度も救われました。
ティナがいなければ今の俺はなかったかもしれない。感謝するのは俺の方です」
普段は恥ずかしくて中々言えないような言葉を口にするユイト。
「…それは……先ほどティナが言っていた
”人に話したくないような辛い出来事”と何か関係があるのか?」
「………」
「…すまぬ。聞くことではなかったな。忘れてくれ」
「いえ。
……ティナ、話してもいいか?」
以前、自分だけが知っていると喜んでいたティナに確認するユイト。
「うん。ユイトさんがいいのなら」
その言葉にユイトが小さく頷く。
「陛下。これから話すことは、信じられないかもしれませんが全て真実です」
「…分かった。
ここには儂しかいない。決して他言しないことを誓おう」
そしてユイトは神妙な面持ちで話し始めた。
「実は俺は……」
7年半前に極めて稀な事象がこの世界で発生したこと。
その事象に偶然巻き込まれ、別の世界からこの世界へとやってきたこと。
そしてその場所が、終末の森 中心部であったこと。
その後、終末の森近辺の森でティナと出会ったこと。
それら全てを語ったユイト。
「…し、信じられん……。
まさか本当にそのようなことがあり得るのか…?」
ユイトの話に驚愕するゼルマ王。
「おじい様。ユイトさんの話は本当です。
私はユイトさんがこの世界にやってきた場所をこの目で見てきました。
この世界に無いものを私にたくさん見せてくれました。
この世界に無い知識を私にいくつも教えてくれました。
ここにいるユキも、ユイトさんが終末の森にいた時に出会ったフェンリルです」
「フェンリル!?狼ではなく聖獣フェンリルだというのかっ!?」
「はい」
「…な、何ということだ……。
……すまぬ、ユイト殿。
あまりに儂の理解を超えた内容だった故、混乱してしまった。許してくれ」
ゼルマ王は未だ動揺が収まらない。
「いえ、大丈夫です。いきなり信じろという方が無理な話ですから。
とにかくそういう訳で、俺はこの世界のことが何も分からなかった。
そして右も左も分からない俺をティナが助けてくれた。
知り合いも、頼れる者も誰一人いない俺をティナが救ってくれた。
さっき、”ティナが居なければ今の俺はなかったかもしれない”と言ったのは
そういう理由です」
「……良く分かった。
だがそれでも、ユイト殿がティナを救ってくれた事実は変わらん。
クレスティニアは其方の恩に報いたい。
この城にも、いつまでいてもらっても構わぬ。
何か希望の物があれば遠慮なく言ってくれ」
「ありがとうございます」
「……ふぅ。
しかしティナのこと、ユイト殿の話。まさに驚きの連続だ。
まさかこんな日になろうとは夢にも思わなかったぞ。
其方たちも疲れたであろう。
今から昼食の用意をさせる。ゆっくり休んでいってくれ」
そう言うとゼルマ王は従者を呼び、昼食の準備を命じた。
その後、用意された昼食をいただいたユイトたちは、再び部屋へと戻り頭の整理。
「ふぅ……しっかし驚いたな…。
なんて言うか、それ以外の言葉が出てこない」
「うん…。まさかお母さんがクレスティニアの王女だったなんて…。
そんなこと夢にも思わなかった」
「だよな。そんでもって、ティナも王女様だもんな」
「うん。だけど全然実感が湧かない…」
「じゃあこれからはティナのこと、ティナ様って呼ばなきゃな」
「えーやだよ、そんなの。これからも"ティナ"って呼んでくれなきゃやだ」
「ははは。冗談だよ」
冗談を言ってみるも、2人とも、まだふわふわとした気分が抜け切らない。
「……なぁ、ティナ。それにしてもなんか凄いよな」
「えっ?」
「いや、だってさ、ティナがそのペンダントを奪われないように隠してなきゃ、
カタルカの町を出るときにそれを持ってくって言わなきゃ、
何も分かんなかったわけだろ?
モーミカ村を救った一介の冒険者で終わってた。
そう考えると、すごい偶然って言うか、運命って言うかさ」
「うん…そうだね。
でも私、思うんだ。きっとお母さんがここまで導いてくれたんだって。
お母さんが、私をおじい様に会わせてくれた。私はそう思ってる」
「…そうかもな」
そんな話をしていると誰かが扉をノックする。
扉を開けると、そこにはトルニーア宰相が立っていた。