第120話
カントの街を出発してから2週間。
バーヴァルド帝国を経由して、クレスティニア王国内へと入ったユイトとティナ。
2人は、国境を警備する兵士に教えてもらったクレスティニア王国王都フィーンへと続く道をのんびりと進んでいく。
「穏やかでいいところだな」
「そうだね。
…でもゴダックさんが言ってた通り、なんか不作っぽいね。
作物がみんな枯れちゃってる」
「確かに…。
……なぁ、ティナ。ナイチもメイリ―ルもそうだったけど、
この世界ってどこも水不足なのか?」
「うーん、どうなんだろう…。そんなことはないと思うんだけど…」
「そっか。まぁ、いいや。
ゴダックさんに作ってもらった神秘の聖杯もどきの素がいっぱいあるしな。
どうしてもってときは、それで何とかしよう」
「うん。そうだね」
それからしばらく進むと緩やかな山道にさしかかる。
その山道を小一時間ほど登っていくと、前方に山間の村が見えてきた。
遠目からではよく見えないが、何やら人がせわしなく動いているように見える。
「何かあったのかな?」
「かもな。とりあえず行ってみよう」
ユイトたちが向かった村。
そこは、クレスティニア王国東部に位置する山間の村 モーミカ。
この村は数日前、大規模な落石に見舞われ、現在兵士たちによる懸命な救出作業が行われていた。
「手分けしてけが人を救出するんだっ!
救出したらすぐに救護兵のところへ連れていけっ!
村の男たちも手を貸してくれ!急いで岩をどかすんだっ!」
モーミカ村を突然襲った無数の落石。
そのどれもが大きく、兵士と村の男たちが力を合わせるも、びくともしない。
「くそっ、まだ生き埋めになってる人がいるかもしれないってのに…」
「諦めるなっ!もう一度行くぞ!せーのっ!」
皆、岩で潰れた家から村人を助けようと懸命に救助活動を続ける。
そんな中、ようやくユイトたちがモーミカ村へと到着。
「何だ、これ…」
「ひどい…」
到着したばかりのユイトたちの目に飛び込んできたのは、岩に潰された家々。
そして血を流してうずくまる多くの村人たち。
「ティナ、ユキ、俺たちも手伝うぞ」
「はい」
「ワオォン」
すぐさま救助活動の指揮をとる兵士の元へと駆け寄るユイト。
「おい、俺たちにも手伝わせてくれ」
背後からの突然の声に驚く兵士。
「…あ、あんたたち冒険者か?助かる。少しでも人手が欲しかったんだ。
落石が発生してから、もう数日が経ってる。時間との勝負だ」
「分かった。
ティナ、岩は俺とユキで何とかする。ティナはけが人の治療にあたってくれ」
「はい」
大岩に潰された家々へと急ぐユイトとユキ。
「みんな、ここは俺たちが何とかする。
俺たちを信じて少し下がってくれっ!早くっ!!」
突如現れた冒険者と大きな獣に驚く兵士と村人たち。
普通ならば警戒するところだが、彼らにそんな余裕は一切ない。
藁にもすがる思いで彼らはユイトの言葉に従った。
「ユキは他の岩を頼む。急いでくれっ!」
「ワオォン」
兵士や村人たちと入替わるように大岩の前に立つユイト。
そして岩に手を当てると、すぐに岩だけを濃密な魔力で覆った。
「待ってろよ。今助けるからな」
”破砕”
大勢の男たちでもびくともしなかった大岩が、一瞬で砂の様に砕け散る。
その光景に呆気にとられる兵士と村人たち。
そんな彼らにユイトが叫ぶ。
「あとは頼んだっ!急いでけが人を救護兵のところへ連れてってくれ!
そこに俺の仲間がいるはずだ。
俺は他の岩を何とかする。任せたぞっ!」
「あ、あぁ。分かった。
おい、急いで誰か埋もれてないか確認しろっ!
見つけたらすぐに救護兵のところに連れてくぞっ!急げっ!」
一方、ティナが向かった先では救護兵による懸命な治療が行われていた。
数多くのけが人たち。鳴き声や苦しむ声がそこら中から聞こえてくる。
「だめだ。血が止まらない。このままじゃ…」
「こっちもやばい。もう意識がない…」
「くそっ。俺たちは子供すら救えないのかよ…」
想像を超えるけが人、そして重傷者たち。
苦しむ人々を前にどうすることもできない無力な自分に、救護兵たちは悔しさを滲ませる。
そんな絶望感漂う場に、駆け付けたティナの声が響いた。
「大丈夫。皆さんの頑張りは無駄なんかじゃない!
無駄になんて絶対にさせないっ!!」
直後、辺り一帯の魔素がティナへと収束。
ティナから癒しの光が放たれる。
”範囲最上位治癒”
ティナの膨大な魔力が辺り一帯へと拡がっていく。
傷つき倒れた村人たちがティナの魔力に包まれる。
「…あたたかい」
まるでティナの心のような温かな魔力が、傷ついた村人たちを優しく癒していく。
「…な、何だこれは!?」
「おいっ、どうなってる!?一体何が起こってるんだっ!?」
目の前で、命の危機に瀕する村人たちの深い傷が見る見る癒えていく。
その光景に目を疑う救護兵たち。そしてただ一言…
「…奇跡だ」
ティナの温かい魔力はさらに拡がり、傷ついた村人たち全員を包み込む。
そしていつしか苦しむ声は、喜びの声へと変わっていた。
その様子をほっとした表情で眺めるティナ。
「まさか…、まさか、あんたがやったのか?」
そんな救護兵たちの問いかけにティナは優しく微笑んだ。
「…聖女だ…聖女様だっ!
聖女様がみんなを救ってくださったんだーーっ!!」
「うおぉーーーーーーっ!!」
救護兵や村人たちから一斉に歓喜の声が上がる。
するとそこへユイトとユキがやってきた。
「こっちも終わったみたいだな。
みんな無事…みたいだな。良かった」
「うん。ユイトさんたちも終わったの?」
「あぁ。一通り全部片付けた」
ユイトたちの活躍により、モーミカ村の落石被害は最小限に抑えられ、幸いにも命を落とす者は誰一人としていなかった。
それはまさに奇跡だった。
あと数刻、ユイトたちの到着が遅ければ全く違う結果になっていただろう。
生きて家族と再会した村人たちは、皆、抱き合いながらお互いの無事を喜んだ。
しかし、村人の救出は終わったものの、落石被害が色濃く残るモーミカ村。
落石によって破壊された家屋の残骸や小さな岩がそこら中に散乱。
このまま夜を迎えれば、足元が見えず思わぬ怪我につながる可能性が大いにある。
そのため、明るいうちに何とかしてしまおうと、皆すぐにそれらの撤去作業を開始した。
その後、何とか明るいうちに家屋の残骸や小岩の撤去作業が完了。
夜になると、落石被害を免れた家々から食料が提供され炊き出しが行われた。
今回、懸命に村人たちの救助にあたった兵士たち。
なけなしの食料を惜しむことなく提供した村人たち。
そんな彼らが入り混じって、楽しそうに食事をとっている。
その姿がユイトとティナの目には、まるで大きな家族のように映っていた。
するとその時。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん。どうぞ!」
村の子供たちが少し離れた場所にいたユイトたちに食事を持ってきてくれた。
「ありがとな。いただくよ」
子供たちに優しい笑顔を返すユイトとティナ。
「良い村だな」
「うん。兵士の人たちもみんなすごく良い人。
村のみんなを必死に助けようとしてた」
「そうだな。なんていうか、物が溢れてるわけじゃないけど、
本当の意味で豊かって感じがする」
「うん。なんか心がすごく温かくなる」
「じゃあせっかくだし、冷めちゃう前にいただくか」
楽しそうに食事をする村人を眺めながら、ユイトとティナも食事をいただく。
それは決して豪華な食事ではない。
けれど、温かくて優しい、心に沁みる味だった。
「…よーし。じゃあ、いっちょお返しに肉でもふるまうかな」
「あっ、待って!私も手伝う!」
「ワオォン!」
この後ユイトは、村人と兵士たちに山ほどお肉を提供。
さらには家を失った村人たちのために土魔法で簡易宿を作成。
この思いもよらぬ施しに、村人たちは皆、大いに喜び、そして心から感謝した。