第102話
「それはそうと、グレンドラに会ったら聞こうと思ってたことがあってさ」
「ほぅ。何だ?何でも聞くが良いぞ」
「えっとさ、少し前にこんな話を聞いたんだ。
”かなり昔に悪魔との大きな戦いがあった。
人々に代わり、1体の竜と1人の天使が悪魔たちと戦い、
悪魔たちは隔絶された世界に封じられた”ってな。
それでそん時、思い出したんだよ。
グレンドラも前に似たようなこと言ってたなってな。
確か、5000年ぐらい前に大きな戦いがあって、
お前が戦った竜が隔絶された世界に封じられた、だったっけ?
で、どうなんだ?
俺が聞いた話とお前が言ってた話って何か関係があんのか?」
「ふむ、随分と懐かしい話だな。
あの時の出来事がまさか今の世に伝わってるとは驚きだ」
「つーことは…」
「うむ。お主が聞いた話に出てきた竜というは我のことだ」
「…やっぱ、そうなのか。
じゃあ天使ってのは誰なんだ?
そもそも天使なんてもん、この世にいんのか?」
「天使か…。言い得て妙だな。
確かに普通の人間からすれば、あ奴は天使に見えたのかもしれんな。
ユイト程ではないにしろ、あ奴も普通の人間では理解できぬほどの
力を持っておったからな。
だが、あ奴は天使などではない。
アリアーシェという名のれっきとした1人の人間だ」
「…アリアーシェ様……本当に実在されたんですね。
そして言い伝え通り、世界をお救いになった」
「そうだ。
今この世界があるのはアリアーシェのおかげと言っても過言ではない。
アリアーシェは、お主らと同じ称号者だった。
奴らとの激しい戦いの末、アリアーシェは解放された称号の力で、
悪魔どもを隔絶された世界へと封じた。
正確には追い返したと言った方がよいかもしれんがな。
……しかし、よくよく見ると、
お主はアリアーシェにどことなく似ておるな」
「私がアリアーシェ様に?」
「そうだ。雰囲気など特にな。
アリアーシェは人一倍正義感が強く、
そして誰よりも優しい心と温かい雰囲気を持つ娘だった。
見た目は可憐な娘だったが、苦しむ人を救うためなら、
そこがどこであろうと飛び込んでいった。
お主からもアリアーシェと同様の空気を感じる」
「私はそんな…。アリアーシェ様と比べたら私なんて…」
「はは、謙遜すんなよ、ティナ」
そんなティナを見てユイトが微笑む。
「グレンドラ、お前の言う通りだよ。
ティナは凄い。けど、それは強さだけじゃない。
ティナは誰よりも優しく、誰よりも温かい。
今旅してるのだって、苦しむ人たちを助けたいっていうのが理由だからな。
それにティナは今や、みんなから”天使様”って呼ばれてるしな」
「ふっ。そうであるか」
「もう、ユイトさん!持ち上げ過ぎ!」
「ははは。でもほんとのことだろ?」
「そうだけど、そうじゃないのっ!」
「ふっふっふ。仲が良いな、お主たち」
なんとも楽し気な2人の様子を、グレンドラが温かい目で眺める。
「……ところで、グレンドラさん。
その後、アリアーシェ様はどうなったんですか?」
「分からぬ。以前ユイトには話したが、その戦いの後すぐ、
我は長き眠りについてしまったからな。
だが、今の世にアリアーシェが天使として語り継がれているということは、
その後も素晴らしい人生を送ったのであろう」
「…そっか。良かった……」
ティナが穏やかな笑みを浮かべる。
「……なぁ、グレンドラ。教えてくれ。
悪魔って一体何なんだ?
それにお前が5000年前に戦ったっていう竜、
そいつは神獣じゃなかったのか?」
「……やはり気になるか。
いいだろう。順を追って話してやろう。
先ほど、神は我ら神獣を創ったと言ったが、
神が創り出したのは何も神獣だけではない。
我ら神獣を創り出してからしばらくの後、
神は、愛と優しさに満ち溢れた世界を創ろうと人族と精霊族を創り出した。
人族は愛する者との間に子を生し、長い年月をかけ、
人間族、獣人族、エルフなど多様な種族へと進化していった。
また、精霊族は糧となる魔力を人族から分けてもらい、
その代わりに精霊族にしか扱えない術で人族を助けた。
人族と精霊族はお互い助け合うことで、良き共存関係を築いていった。
まさに神が想い描いた、愛と優しさに満ち溢れた世界そのものだった。
神はそんな世界をいつまでも守り続けたいと、
我ら神獣に人族と精霊族を守る役割を与えた。
その後しばらくは何事もなく、幸せな時代が続いた。
だがある時、神ですら予想もしなかった想定外の出来事が起こった。
この世界が、異なる次元の世界と交わったのだ」
「…まさか」
「そうだ。お主がこの世界に来た時起こったことが、過去にも起きていたのだ。
そして、その交わった世界というのが不幸にも悪魔たちが存在する世界だった。
結果、かなりの数の悪魔がこの世界に入り込んだ。
破壊と混沌を好む奴らは、大地を破壊し、人族と精霊族を襲った。
世界は大いに荒れた。
そして、そんな悪魔たちの影響を受けてか、
精霊族を己が為だけに使役する人族が現れ、
さらには人族同士でも争いが起きるようになっていった。
そんな状況を神は大いに嘆いた。
そして悩みに悩んだ末、神は世界を3つに分断することを決意した。
そう、元々は1つであったこの世界を『人族の世界』、『精霊族の世界』、
そして『悪魔の世界』と3つの世界に分断したのだ。
これにより、荒れ果てた世界は徐々に昔のような落ち着きを取り戻していった。
しかし、それから長い年月が経ったある日、その3つの世界を分断していた
見えざる壁の一部が突然崩壊した。
そして運悪く、その崩壊した場所というのが悪魔と人族の世界を
分かつ壁だった。
神に力が残っていればすぐにでも、新たな見えざる壁を作り出しただろう。
だが神は、世界を3つに分断する際に力を使い果たしてしまっていた。
自らが創り出した世界とはいえ、この次元に固定されつつあった世界を
強制的に創り変えるには膨大な力が必要だったのだ。
そうして崩壊した壁からは、大量の悪魔たちが人族の世界に押し寄せた。
無論、我ら神獣と人族は、その押し寄せた悪魔たちと戦った。
だが、ここで2つ目の想定外の出来事が起こった。
神獣であった1体の竜が、突然悪魔側についたのだ。
奴は悪魔を殲滅するうちに、自らの力に溺れ、
ただ破壊と殺戮を楽しむだけの魔竜に成り下がった。
その魔竜こそが、我が5000年前に戦った相手だ。
魔竜、悪魔たちとの闘いは熾烈を極めた。
だが最後はアリアーシェの持つ称号の力によって、
魔竜と悪魔たちは奴らの世界に封じられた。
戦っても十分過ぎるほど強いアリアーシェだったが、
あ奴の持つ称号の力は結界系能力だったのだ。
我とアリアーシェは、崩壊した壁の向こうに魔竜と悪魔たちを押し返し、
最後はアリアーシェの能力で崩壊した壁を閉じた。
先ほど、”正確には追い返したと言った方がいいかもしれん”と言ったのは、
こういう理由からだ。
奴らを滅したわけではないからな。
まぁとにかくだ。
こうして、世界を揺るがした悪魔たちとの闘いは幕を閉じた。
その後はユイトに話した通りだ。
我は傷を癒すため、この地に舞い降り、眠りについたというわけだ」