第10話
洞窟の外に出たユイトは、まずは落っこちた、あの小さな崖へと向かった。
崖に到着すると、登り易そうな場所を探してよじ登る。
その後は、木に付けたカラービニールテープをたよりに一路、コンビニへ。
森の中を進むユイト。
鬱蒼とした森の中は不気味なほどに静まり返っている。
数時間前の怪物たちの戦いが嘘のようだ。
(……ほんとに何もいないや。凄いなあいつ)
ユイトはグレンドラに感謝しつつ、順調に進んでいく。
辺りを警戒する必要がなくなったおかげで進みが早い。
そして、洞窟を出てからわずか1時間。
ユイトは無事、コンビニへと到着した。
「…待たせたな。心の友よ」
数時間ぶりの友との再会。
ユイトは転移仲間に挨拶を済ませると、施錠したカギを開け中へと入る。
「さぁ、収納するぞーっ!」
まずは、入り口入って左側。アイスが入った冷凍ケースの前に立つ。
電気は通っていないが、扉の開閉がなかったおかげか、まだ凍っているようだ。
辺りが比較的涼しいのも幸いしたのだろう。
早速収納に取り掛かろうと、ユイトが冷凍ケースに手をかける。
と、その時、ユイトがふと気づいた。
「……ちょっと待てよ。
アイスを異空間収納に入れたらどうなるんだ?
あん時、広さしかイメージしなかったよな……。
つーことは、きっと溶ける。やばい、どうしよう……」
一旦冷凍ケースから手を離し、腕を組んで考える。
「異空間に冷凍効果って付与できるのか?
……いや、だめだな。
もし出来たとしても他の食べ物も凍っちまう……うーん……」
うーん、うーんと唸りながらひたすら考える。
しばらくして、悩むユイトの頭に1つのアイデアが思い浮かぶ。
「そうかっ!時間停止だ!
時間を止めりゃ、アイスは溶けないし、ほかの食べ物も腐らない。
やばい、俺、天才かも」
自画自賛するユイト。
しかし冷静に考えるとあまりに非現実的。
「……けど、出来んのか…?そんなこと……」
さすがに時間を止めるなど、人間の力の範疇を超えている。
ちょっと自信がなくなる天才ユイト。
しかし、ここまで来て諦めるわけにはいかない。
ユイトは自らを奮い立たせる。
「いや、出来る。俺なら出来る。そう、出来るに違いない。
なにせ俺は、規格外の男。
よーし、絶対に時間停止を付与してやるっ!!!」
ユイトは思いっきり気合を入れた。
そしたらおならが出た。
(………)
気を取り直して、今度は少しだけ気合を入れた。
そして、先ほど作った特大の異空間に時間停止効果が付与されるよう強く強くイメージ。
そのイメージを保ったままユイトは魔法を発動した。
ユイトの凄まじい魔力が、異空間へと吸い込まれていく。
そのまましばらく魔法を発動し続けるユイト。
(……もう大丈夫か?)
(けど、もうちょっとだけやっとくか…)
念のためユイトは魔法を発動し続ける。
そして数分が経過。
「ふぅぅ。とりあえずこんなとこか。
ちゃんと付与できたかな……」
若干の不安は残るものの、今できる最善は尽くした。
「……それじゃあ、やりますか」
ユイトは収納作業をようやく開始。
手あたり次第、コンビニ商品を異空間へと放り込んでいく。
もちろん保管倉庫にあるものも忘れない。
意外と多くの量があるものだ。思ったよりも時間がかかる。
……そして、1時間後。
「あー、やっと終わった。結構、重労働だったな。
けど、これでしばらくは大丈夫だ」
背伸びをしながら、ガランとした店内を見渡すユイト。
働いていた場所のいつもとは違う光景に、少しだけ寂しさを覚える。
「……ありがとな。助かったよ」
ユイトは、転移仲間に別れを告げるとコンビニを出発。
木に付けたビニールテープを手掛かりに再び洞窟へと向かった。
それからしばらくして……
「はぁ、はぁ、はぁ……。やばい、疲れた……」
さすがに疲労もたまり、足取りが重い。
「こんな時は…」
先ほど収納したばかりの栄養ドリンクを早速取り出し、一気に飲み干す。
「ぷはーーっ。
よーし、なんか元気が湧いてきた……ような気がする…」
栄養ドリンク効果で、何とか無事洞窟まで到着したユイト。
その後は、グレンドラの待つ洞窟奥へと足を進める。
歩き続けること小一時間。
「……あー、やっと着いた。疲れたー」
「ふむ。どうやら無事戻ってこれたようだな。
で、どうだったのだ?目的は果たせたのか?」
「ま、とりあえずはな。ちょっと確認しなきゃいけないことがあるけどな」
「???」
「じゃあ、ちょっくら確認するとしますか。
どうか溶けていませんように」
そう願いながら、ユイトは異空間への繋ぎ目を創り出す。
そして期待を胸に、右手を異空間収納へと突っ込んだ。
「……おぉ!おぉー!!おぉぉぉーーー!!!」
時間停止効果の付与は見事に成功。
アイスはカチカチ、凍ったままだ。
「やばい!やっぱ俺、天才かも!!」
疲れも忘れて喜ぶユイトは、そのままアイスにかぶりつく。
「うーん、旨いっ!
うぉーーっ、キーンときた!頭痛ぇーー」
「………」
状況を理解できず、きょとんとしているグレンドラ。
そんなグレンドラにユイトが事情を説明。
「な、な、な、時間停止効果だとっ!?
これはまた、なんと非常識なことを……。
お主……”理外の者”ではなく、”非常識な者”の称号の方がよいのではないか?」
「…んっ?
………。おいっ!!」
「がっはっはっはっは。冗談だ」
(まったく、もう……)
「まぁそれはそれとして、お主、先ほどから何を食べておるのだ?」
「これか?これはアイスだ」
「アイス?」
再び、きょとんとした表情。
「……ひょっとしてお前、アイスのこと知らないのか?」
「うむ。初めて聞く言葉だ」
「そっか。うまいぞ。ちょっと食べてみるか?
つーかさ、お前、いつも何食べてんだ?ずっとここにいたんだろ?」
「我か?我は、魔素が食事みたいなものだ。
普通に食べることもできるが、必ずしも食べる必要はないと言ったところだな」
(これはなんとも……便利というかなんというか……)
「まぁでも、食べれるんだろ?
少なくて悪いけど、ほら」
一応気を利かせて、大容量ファミリーパックのバニラアイスをグレンドラにおすそ分け。
グレンドラの巨体とファミリーパックのなんとも言えない、ちょっと笑ってしまいそうなコントラスト。
(ファミリーパックがまるで米粒みたいだな……)
そんなユイトの感想をよそに、グレンドラは大きな口を開け、そこに絞り出したアイスを放り込む。
と、次の瞬間、グレンドラはカッと大きく目を見開いた。
「…な、何だこれはっ!?こんな旨いものは初めてだっ!
なんと言う旨さだ……。
これ程までの衝撃、お主が異空間収納魔法を発動した時以来だぞ!」
(………。さっきやん……)
「しかしこれは驚きだ……。
今のは、お主が働いていた店で売っていたものなのか?」
「あぁ、そうだけど」
「……ま、まさか、お主がいた世界には、先ほどのアイスというものが溢れているというのか?」
「溢れてるかどうかは分かんないけど、普通に売ってるぞ」
「普通にだとっ!?……し、信じられん」
「???。なんだかよく分かんないけど、そんな驚くことか?
ちなみにだけど、アイス以外にも色々あるぞ。食べてみるか?」
そう言うとユイトは、菓子やデザート、おつまみを異空間から取り出しグレンドラへと差し出した。
もちろん、在庫がなくならないよう量はセーブしておいた。
「おぉ!おぉぉ!!おぉぉぉっ!!!」
たいそう満足気なグレンドラ。
これでひとまず餌付けは完了だ。
「ユイトよ。馳走になった。礼を言うぞ」
「あぁ、気にすんな。
で、どうだった?結構旨かっただろ?」
「うむ。満足だ。
……それにしても先ほどのアイスだったか?
あれにはさすがの我も衝撃を受けた。
旨さもさることながら、あのような冷たいものは初めての経験だったからな」
「…んっ?初めてって、さすがにそれは大げさだろ。
氷ぐらい食べたことあるだろ?」
「…氷?氷とは何のことだ?」
(えっ?これはボケていらっしゃる?)
「いやーほら、寒くなるとさ、池や湖の水がカチカチに固まるだろ?
あれだよ、あれ」
「???」
どうやらグレンドラには伝わってないようだ。
「お前、まじで分かんないのか?
今はまだ10度か15度ぐらいありそうだから凍んないけどさ。
もっと寒くなると雪が降ったり、凍ったりするだろ?」
「凍る???もっと寒くなる?
一体何を言っているのだユイトよ。今が最も寒い時期だぞ?
ハミルガルドではこれ以上寒くなることなどないぞ?」
(……What? 何ですとっ!?)
「はぁ!?じゃあこの世界には、雪とか氷って概念がないってことか!?
いやいやいやいや、まじで異世界、常識違いすぎだろ!?」
そんなこんなで、余りにも色々あり過ぎて、体力的にも精神的にも限界のユイト。
今まで生きてきた20年間を1日に凝縮しても、まだ足りないぐらい濃すぎる一日。
ユイトはその日、偶然見つけた洞窟の中で、泥のように眠った。