町中華で一杯
家族と些細なことで喧嘩した。
自分でもバカバカしいと思ってはいるが、勢い余って家を飛び出した手前、正直戻りづらい。あと何よりまだ怒りはピークに近い状態にある。
夜風で頭を冷やしながら車通りのまばらになった県道沿いを歩いていると、賑やかな明かりを灯した飲食店にさしかかった。中国人が経営する安価な中華料理屋だ。
「そういや飯、食ってなかったな・・・」
漂って来た揚げ物の香りに空腹であることを思い出す。
そして、俺は何も考えずに店のドアをくぐり、店員の片言の日本語で案内されるがままにカウンター席に着いた。
「何食べよっかな・・・」
メニューを開くと食欲をそそる料理の写真に怒りが急降下を始める。
量に対し低価格というコスパに優れたメニューを一通り見た俺はある項目に目を止めた。
「ビールセット千円」
ビール中ジョッキに料理二品が選べるというお得セットだ。
「・・・。」
俺は考えた。今日は徒歩で車に乗る予定はない。そして、なにより頭に来ている。
「よし。・・・すみません!」
俺は覚悟を決め店員を呼んだ。
「オマタセシマシタ。ゴチュウモンハオソロイデスカ?」
注文した料理を運んできた店員が確認をする。
「はい。」
「デハ、ゴユックリドゾー。」
間違いがないことを確認した俺が答えると、店員はそう言い残し店の奥に下がっていった。
運ばれてきたものは、鳥の唐揚げ、ニラレバとそしてビールだ。
「一度頼んではみたかったが、まさかこんな日に頼むとは・・・」
ちょっとした憧れを最悪の日に叶えてしまったことに後悔の色を見せるが、目の前に置かれた物を見ればそんなものは軽く吹き飛ぶ。
「では、乾杯。」
一人で呟くような音頭を取り軽くジョッキを掲げ、そのままビールを一口飲む。
口いっぱいに芳醇な苦みが広がり、物理的に脳が冷却される。
「ぷはぁ~。美味い!」
大きく息を吐き至高の喜びを噛み締める。この時すでに怒りのレベルは僅かなものになっていた。
そして、ジョッキを箸に持ち替え唐揚げを頬張ると今度は、口の中が擦りむけるくらいカリカリになった衣の奥からジューシーな肉汁が一気に溢れ出る。
「あちあち!」
熱い肉汁でやけどしそうになり、慌てて左手にジョッキを持ちビールで口内を冷却し、今度はニラレバに手をつける。
レバーのクセを打ち消すような濃い味付けにさらにビールが進む。
「美味い!」
怒りは完全に消滅した。
「アリガトウゴザイマシター。」
全てを完食し会計を済ませた俺は店を出た。
「さて、どうするか・・・」
赤ら顔で外の新鮮な空気を吸いながら少し途方に暮れる。
怒りは消え去ったものの、帰るには少々気まずい物がある。しかし、そんな俺の目にある施設が目に留まった。
道路の向こう側にあるこじんまりとした民宿だ。
「・・・今日は帰るのやめるか!」
早い段階で決断を下した俺は意気揚々と民宿に歩を進めるのであった。