お札の値段
ずんだもん朗読のためのオリジナルホラー。
作品の良し悪しはともかく、"書けた"という事実に驚愕しています。
私、やればできる子だったんだ。知らなかった…
口元が派手な婆さんだった。山中の雑貨屋には似つかわしくない口元をしていた。
愛想笑い。レジ横の椅子に腰かけてニコニコと笑っている。その口元が金色に煌めいていた。
金歯。金歯。金歯。
口を閉じていれば、小さくて、かわいらしいお年寄りなのかもしれない。
だが、口元が全てをぶち壊していた。
口を開いた婆さんは、一言で言って、うさん臭かった。
田中と加賀がスマホを覗き込んで話している。
「それで、ここで何を買うんだって?」
「ええと、お札を買えって書いてあるね」
そうだった、ここでアイテムを買うんだった。
「お札かい?」
婆さんが、レジに立てかけたホワイトボードを指差している。
お札 \10000
「一万円!」
「高!」
「こんなの買うやついるの!?」
俺たちは、驚いて叫んだ。
婆さんがニヤリと笑う。口元が煌めいた。
「お前さん達、肝試しじゃろ?上のトンネルで」
三人でうなずいた。
「夏の季節には、お前さんらみたいな人がよう来る」
婆さんは、ウンウンと頷きながら言った。
「みんな、夜中に来るもんだから、こんな時間でも店を開けとるんよ。なにしろ、上に行く人に、お札を持たせないわけにはいかんでの」
「やっぱり、お札は必要ですか?」
スマホを見ながら、加賀が念を押すように聞いた。
「持っとった方がええ」
口元を引き結んだ婆さんが、絶対の真理の様に告げた。
「この札は、ふもとの神社で払ってもらった、霊験あらたかなもんじゃ。その土地の悪霊には、やっぱり、その土地の物が一番効くからの」
「いや、でも、買わない奴もいるでしょ」
田中が、食い気味に言い返す。
「おるよ」
婆さんがニヤリと笑う。
「お前さんたち、よく聞きなさいよ」
「確かに、お札を持たんで上に行く人間もようけおる。だけどもな、みんな、青い顔して帰ってきてな」
婆さんが俺達を見回す。
「ここで、お札を買っていくんよ」
「でも、一万は高すぎ」
田中がぼやいた。
婆さんが捲し立てる。
「そう思うかもしれんが、後で買うか、今買うかの違いじゃぞ」
「それに、札一枚で四人まで面倒をみられる」
「一人分、たったの二千五百円ポッキリじゃ」
婆さんが、ヒヒヒッと笑った。
「まあ、お客さんらは三人じゃから、少々割高になるがの」
口元が煌めいた。
「さあ、どうなさる?」
「ねえ、やっぱり、お札を買っといた方が良かったんじゃ…」
後部座席から、加賀が不安げに尋ねる。
「お前は、ビビりすぎ。そして、一万は高すぎ」
助手席の田中が、いつものようにおちゃらけて答えた。
「まあ、婆さんも言ってたろ」
俺も、加賀に声をかけた。
「ホントに出たら、帰りに買えばいいさ」
「うん…」
「それで、なんて書いてんのよ?」
田中の質問に、スマホをスワイプしながら、加賀が答える。
俺たちは、トンネル前で突入の手順を確認していた。
「えーっと、トンネル往復だって。スピード。遅ければ遅いほど良いらしいよ」
スワイプ。
「それで、トンネルの先で、道が急に狭くなるから気をつけろって」
「アレが出ても慌てるなって、アクセル全開で突っ込むと、助からないらしい」
「怖。その道、行き止まり?」
スワイプ。
「抜けられるけど、道が狭い、悪いで、おすすめ出来ないって」
「行きに出ても、頑張ってトンネルを戻れって」
スワイプ。
「お札があれば大丈夫。無かったら、帰りに買えだって」
「なあ」
田中が、うんざりしたように言った。
「そのサイト、あの金歯が書いてんじゃねーの?」
ちょっと、面白かった。
「よし、それじゃ行くか」
俺が言うと、二人が頷いた。
トンネル前で停車。やば、ちょっと緊張してきた。
「ねえ、少し寒くない?」
加賀がつぶやく。
「山の上だから、涼しいんじゃね」
「たしかに、それじゃ冷房切っとくぞ」
俺は、冷房を切ると、ゆっくりとアクセルを踏み込んだ。
結論から言わせてもらう。出た、思いっきり出た。
トンネルの真ん中を過ぎたあたりだった。
「ヒッ」
後ろから変な声がした。
吃驚して振り向くと、加賀が右の窓にシールの様に貼り付いて、左側を見ていた。
「左に何かいる。車と一緒に歩いてる」
磁石が反発するように、田中が左ドアから離れる。
「なんだよ、脅かすんじゃ…」
「ドン」
大きな音がリヤウインドウからした。
手形。リヤウインドウの汚れが、綺麗に手の形に切り抜かれていた。
「うわっ」
それからは、よく覚えていない。
多分、アクセルを踏み込んだんじゃないんだろうか。
ハッとして、急ブレーキ。車が止まった時には、トンネルを抜けていた。
目の前には、深い闇。ライトの光も届かない。断崖絶壁だった。
ゾッとした。先に言われてなかったら、ホントに突っ込んでたぞ、これ。
それから、俺たちはどうするかで揉めた。
トンネルを戻るか、夜道を前に進むか。
あの大人しい加賀が怒鳴るくらいだった。それだけ、怖かったんだ。
俺達、みんなが恐怖を感じていた。
結局、トンネルを戻ることになった。
道がどうなっているか分からないのだ。
トンネルを抜けたら、スマホは圏外になっていて、マップを使えない。
俺の愛車、中古の軽、にはカーナビなんてついてない。
もしあったとしても、こんな山道を案内できるなんて思えないけど。
「飛ばしていけよ」
田中が、青い顔で言った。
言われなくても、わかってる。
ハイビーム。
トンネルが浮かび上がる。
何もいない。
「行くぞ!」
アクセルを踏み込んだ。
凄い勢いでスピードが上がる。いつもより速いくらいだ。
もしかして、車の奴も怖いのかな。そんなことを、チラッと思った時だった。
道の真ん中に、それが現れた。フワッと、急に湧いて出た。
黒い影。多分、長い髪の女。
「ヒッ」
俺と田中は声を上げた。加賀は、声も出さない。
見なくてもわかる、加賀、下向いて前も見てないだろ。
俺は、そのまま突っ込んだ。他にどうしようもなかったから。
女が、俺と田中の間を飛んで流れていく。
通り過ぎる瞬間に、顔が見えた気がした。
口を開いて、ニヤッと笑っていた。
白い歯だった。
金歯じゃないんだ、と思ったのを覚えている。
俺たちは、トンネルを抜けた。
「そうかそうか、無事じゃったか。よかったのう、ワシは、心配で心配で」
婆さんは、ニッコニコだった。口元が盛大に煌めいていた。
俺たちは、ホワイトボードを見て絶句していた。
お札 \100000
ゼロが増えてる。
「十万円?」
「値上げじゃ」
婆さんは、口元を引き結んで答えた。さすがに、不謹慎に思ったのだろう。
「えっと、いつ?」
田中が、かろうじて声を出した。
「さっきじゃ。お客さんらが出てすぐに、神社から連絡があっての」
「なんで…」
加賀、声が消え入りそうだ。
「なんか…、コロナのせいらしいぞ」
婆さんが、ヒヒヒッと笑った。
「うちの店は、各種電子マネーも取り扱っておる」
口元が煌めいた。
「さあ、どうなさる?」
「ババア、完全に足元みやがって、吃驚だわ」
あんなのに、さん付けする必要はない。俺の中で、金歯は婆さんからババアにジョブチェンジしていた。
「マジ、一万でも高いのに、十万だぜ。ありえないわ。次に行ったら百万になってるんじゃね」
田中も、腹に据えかねているようだった。
俺は、うなずいた。
「ああやって、金歯増やしてんだろな」
喉元過ぎれば熱さを忘れる。
トンネルでの恐怖など無かったと言わんばかりに、俺たちは、二人で盛大にババアをディスっていた。
市街地まで降りてきたことを示すように、国道沿いに、看板が増えてきた。
「飯でも食って帰るか」
うなずいた田中が、後部座席に声をかける。
「加賀、何か食いたいもん、あるか?」
加賀は、車の右に身を寄せていた。シールのように貼り付いて、右の窓から外を見ていた。
「ねえ、なんか寒くないかな…」
加賀は、落ち着かない様子で、そう言った。
「そうか?冷房切るか?」
俺は、スイッチに手を伸ばした。
そうして思い出した。そういえば、トンネルの入り口で切ったはずだ…。
「僕の左側から、なんか冷気が来てるんだけど…」
加賀は、外を見ながら、そう言った。
その声には、左側だけは絶対に見ないぞという、強い意志が感じられた。
「加賀ぁー、脅かすなよ」
上ずった調子で、田中がおちゃらけた。
「山の上で、体が冷えたんだよ」
取ってつけたように、言葉を重ねる。
「もう、そこらのファミレスでいいよ。暖かいもんでも食えば治るって」
最初に見つけたファミレスの駐車場に、車を突っ込んだ。
車から出ると、熱気でムッとする。
そして、ゾッとした。
なんで車の中あんなに冷えてんだよ。
俺たちは、何かから逃げるように、急いで店内に入った。
深夜だからか、客もまばらな様子だった。
すぐに、店員がやってきた。
「いらっしゃいませ」
チラッと俺たちを見て。
「四名様、ご案内です」
大きな声で、そう言った。
ホワイトボードは、まだ十万円のままだった。
本気で百万円になってるかと思ってたんで、助かったような、腹が立つような。
加賀は、ファミレスに置いてきた。
お札が来るまで、そこで待ってるそうだ。
もう、車には乗りたくないらしい。
無理も無いよ。
田中にも、どうするか聞いた。
相当に迷ったようだが、一緒に来てくれる事になった。
「加賀も心配だけど、お前も心配じゃん」
ちょっと涙がでた。
俺たちは、コンビニで金を下ろして、ソッコーで引き返した。
寒さと恐怖に震えながら。
ババア、ニッコニコだ。口元が眩しいくらいに煌めいてる。
「なにしろ、命に係わることじゃからな。店を閉めずに待っとったよ」
話もしたくなかった。
「お札。一枚」
十万円をレジにたたきつける。
「なんじゃ、一枚だけでいいのか。それじゃ一人しか助からんぞ」
ギョッとした。
「どういうことだよ、ババア」
ババアは、口元を引き結んで神妙にしてみせた。
「実は、また神社から連絡があっての」
「なんでも、コロナのせいで悪霊の力が鰻登りらしい」
「今の悪霊相手じゃと、この札じゃ、一人が限界じゃと」
口を開こうが閉じようが関係なかった。このババアは、存在そのものが不謹慎だ。
「だが、お前さんらは、運がいい」
「札が、ちょうど二枚残っとるんじゃ」
ババアが、ヒヒヒッと笑った。
「うちの店、カードも使えるがのう」
口元が煌めいた。
「さあ、どうなさる?」
ずんだもん朗読
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