可愛い妹
三題噺もどき―ひゃくきゅう。
お題:晴れた空・妹・嗤う
ガタゴトと、大きな音を立てながら、目の前から電車が通り過ぎていく。
先ほどまで乗っていた電車だ。
さすが田舎というべきか、2両編成の電車である。
時間も比較的人の利用が少ない時間だったこともあるのだろう。
「……あつ、、」
駅のホームから空を覗けば、気持ち悪いぐらいに晴れ渡っていた。
ギラギラと照りつける太陽が目に痛い。
目の奥から、ジワリと痛みが襲ってきた。
思わず目を閉じ、痛みが引くのを待つ。
「……、」
痛みが引いてきたところで、静かに目を開き、周囲に目を向ける。
多くの人が自分と同じように大きめのキャリーケースを片手に歩いているのが見受けられた。
大方、帰省にでも来たのだろう。
ちらほらとみられるスーツの方々は、このお盆の時期に出張を言い渡されてしまった、哀れな社畜か。
私は前者なので、スーツなんて堅苦しい服は身に纏っていない。
「……、」
しっかし、こんなに暑かっただろうか、ここの夏は。
近年は猛暑日が続いているとは言え、ここはもとより暑い所でもないので、そこまでひどくはないだろうと高を括っていたのだが…。
まぁ、外にいる以上暑いのは仕方のないことか。
汗をかいて水分不足になる前にクーラーのある場所に移動しなくては、暑さで死んでしまう。
「っしょ、」
こんな田舎の駅では、エレベーターという文明の利器は導入されていないので、ケースを持ち上げ階段を慎重に登っていく。
荷物は幾分か減らしては来たのだが、しかしそれでも重い。
もう少し減らしてもよかったかもしれない。
私が下りたホームは、改札口の反対側、つまりあちら側へと行かないといけない。
そのため、橋―歩道橋?を渡り、次は階段を下りる。
改札に立つ、駅員の方に切符を渡し、駅をでる。
「……うわ…」
気味が悪いぐらいに晴れた空。
照りつける太陽。
揺らめく空気。
その中に立つ、見知った人間が1人。
申し訳程度に作られた駐車場付近。
ここの駅は、改札を出てすぐに外につながっている―そのため駅を出てしまえば、いやでもその人間を目に入れてしまうことになる。
「――!」
こちらに気づいたその人間は、申し訳程度に手を振りながら、こちらへと向かってくる。
さら―と靡かせたその美しい黒髪は、それの性格そのもののように、暗く、黒い。
その黒さを象徴させるように、真白なワンピースを身に纏っていた。
華奢で、肌の白さは病的と言っていいほどに白く、どこかのご令嬢のような、そんな雰囲気を纏っていた。
周囲から見れば、知らない人から見れば、さぞ美しく見えることだろう。
―あれの中身を知っている私からしてみれば、天使の皮を被った悪魔にしか見えないが。
「……、」
しかしまぁ、この暑い中わざわざ出迎えてくれたのだから、礼ぐらいは伝えてやらなくては。
私の方からも、それの方に向かって歩きだす。
ガラガラとケースを引きずりながら、彼女との合流を目指す。
「元気―?」
最初にかけられた言葉は、まるで久しぶりに会った友達にかけるような、そんな言葉だった。
こいつほんと。
知っているくせに、そういう聞き方をしてくるのか―いやこれの場合知っているからこそか。
私がなぜこの田舎に帰ってきたのか、その理由を身内であるお前が、妹という存在である彼女が知らぬはずがないのだ。
ましてや、この妹はまだ両親と住居を共にしている。
今から向かうその家の主が、また住人が増えることを、今現在住んでいる人間に言わぬわけがあるまい。
それを知っているからこそ、ここに来たのだろうお前は。
「元気だよ、なんとかね、」
適当に返事を返し、お迎えドーモと伝えながら車へと向かう。
彼女は隣に並び、あれやこれやと話を投げてくる。
それにも適当に返事を返しながら歩いていく。
できれば並び立っているところを他人には見られたくないので、極力速足で。
「運転は、」
車にたどり着き、荷物を後ろに乗せたところで、そう尋ねた。
もちろん返答は
「お願い♡」
そんなことだろうと思った。
ここまで運転してきたのなら帰りもなんら問題ない癖に。
やたらとこの妹は私に運転をさせたがる。
私と二人の時は絶対に運転してくれない。
ため息をつきながら運転席に座り、彼女は助手席へ。
鍵を受け取りエンジンをかける。
「ちょっとコンビニよっていい、」
「いーよー、」
ドライバーをパーキングから、ドライブに移動させ、発進。
クーラーをつけながら、ハンドル操作をしていく。
隣に座る妹はすでにケータイをいじっていた。
全く、それが目的で運転させたのか。
「……、」
私は昔から、この妹という存在が大の苦手で、大嫌いで、可愛かった。
私は3人いる兄弟のなかの一番上で、これは末の妹である。
真ん中の子は、中立に立とうと動く人間なので、別段好きでも嫌いでもない。
ただし、この末の妹だけは嫌いだった。
可愛いというものもちろん嘘ではない。
しかし、苦手、嫌いが先に立つ。
「……、」
上二人を見て育ったせいか、これは嫌にずる賢く、頭がよく、甘え上手なのだ。
その上、誰に似たのか、ひねくれすぎて逆に真っすぐに見えるくらいに、ひねくれているのだ。
この妹は多分、いやきっと絶対、昔から私の事を心の底から嗤っていると思う。
馬鹿だなぁと、愚かだなぁと。
心の底から嘲笑しているのだと思う。
これは、時たまそんな目をするからわかる。
というか、私もたまにそういう顔をするから、そういう思考回路を持ってはいるから分かってしまう。
「……、」
今だってそういう目をしている。
嗤っている目をしている。
私が愚かにも、この妹の願いを受理し、電車で疲れた、現実に疲れた体に、鞭打って運転をして、挙句の果てにはコンビニにまで行くと言い出した。
そこへ行けば何かしらを買ってやることになるのは目に見えているのに。
「……、」
なんと愚かで哀れな奴だと思っているのだろう。
ま、私も同じような相手だったらそうするからな。
全く、この妹はいつまで皮を被り続けるのだろうか。
天使の皮を被った悪魔。
それでもまぁ、可愛い兄弟の1人ではあるので、私が疲れない程度にいじめてやろう。
「……、」
チラ―と横目に見やると、何かを感じたのか、妹は小さく身震いした。