8話「皇后」
承乾宮の主である皇后・烏喇那拉如懿は皇帝と同い年の37歳、しかし夫と同じくその見た目はとても40代が迫っている女には見えなかった。10年前、27歳で皇帝・永醒と結婚し、未だに子どもは無いが皇帝の寵愛は彼女から離れる事は無かった。
彼女の事を語るに当たり必ずと言って良いほど引き合いに出されるのが彼女のその特異な経歴だろう。
基本的に皇帝の妃嬪と言うのは貴族の子女から出されるが、彼女は貴族では無く軍人の出身で、なおかつ気弱な皇帝が周りの反対を押しきってまで求婚したと言われている。
彼女はその求婚の申し出に動揺し、最初は断った。しかし皇帝は諦めず、実に4回目の求婚の時、ついに彼女はそれを受けた。
初めての軍人皇后が誕生したのである。
「臣给皇后娘娘请安」
「起来、火貴人良く来て下さいました」
「我々は清に力を貸してもらう事も多いですし、それに私自身清の臣下として参加したかったですからね」
「そう、、、」
そこで彼女は侍女を呼び、茶の用意を言い付けた。
「それで、この承乾宮に来たのはどんな用が有っての事でしょう?」
そう言って如懿が目を細める。恐らくただ挨拶をしに来ただけではないという事は既に悟られているだろう。
「皇上が軍事的な事に関しては皇后娘娘に相談するように、とおっしゃいましたので」
「あぁ、なるほどね」
「当たり前と言えば当たり前ですわね」そう言いながら優雅に茶を啜る彼女の最終階級は少将、如懿はかつて艦隊を指揮した経験もある生粋の武人なのだ。
「軍事的、となるとやはり、相手は仁帝国でしょうか?」
「恐らくは、娘娘もご存知の通り、仁帝国は冊封関係の強化と軍備増強を急いでおります」
「軍備の面では908号戦艦をベースにした新型の1250型、通称武汉級戦艦が量産体制に入り、そして冊封体制の面では面白い情報を掴みました」
「面白い情報とは?」
「せっかく汗水垂らして得た情報を簡単に提供せよと?」
「武汉級に関する情報や、5ヶ月前の高嶺山の戦いおける情報を提供したのはガーディアンズだったと記憶していますが?」
視線が激しくぶつかり合う。
腹の探り合い、考えの読み合い。今この状況を形容する言葉数多くあれど、その全てが完全な形容とはなり得ない。
ガーディアンズと後清は確かに協力体制に有るが、それは常に仲良しこよしの関係にあるという訳ではない。彼らはあくまで自らの権益の為に協力しあっているに過ぎないのだ。
「、、、わかりました、お教えしましょう」
先に折れたのは皇后の方だった。
「多謝皇后娘娘」
「仁の皇帝陳江民は恐らく、近く令王国を併合します」
「それは、何故、、、?」
「恐らく、朝貢とは言え貿易という形を取るよりも、自らが直接支配した方が楽だし、それに権益目当てという点も少なからず有るでしょう」
「それは貿易拠点としての?」
「軍需産業の中心としての、でもあります。どちらにせよ令王国を併合となると、彼は本格的にこの清と周を滅ぼす事を視野に入れているようですね」
「どうでしょう、、、もしかしたら彼は、いや、彼等は焦っているのかもしれません」
「焦っている?何に?」
「それは、、、わかりません」
そう言うと彼女は少し怪訝そうな顔をして「ともかく、状況的にかなりまずくなるのは事実です」と言った。
「容珮!」
「ここに」
「あなたはどう思う?」
容珮は皇后が軍から連れてきた侍女だ、最初は宮中での仕事にも慣れなかったようだが、10年もたつも侍女も板に付いてきた。
「あまり時間が有りません、相手に即効性かつ修復不可能な一撃を加え講話に持ち込むのが最善手かと」
「同感よ」
皇后は満足そうに頷いた。
「私も同感です、となると早めに動く必要が有りますね。急ぎ本部に持ち帰り参謀部との会議に付します、では私はこれで」
そう言って春翔は部屋を出て行った。
一人部屋に残された皇后はしばらくそのままだったが、不意に立ち上がると容珮を呼び、彼女を連れて夫である皇帝の元へと向かった。