6話「皇帝と母」
新暦161年5月22日。
後清朝第五代皇帝、前後通算朝第十七代皇帝・愛新覚羅永醒の即位の儀式が厳かに、かつ大々的に執り行われた。
これに伴い皇后・烏喇那拉氏、和貴妃・和卓氏などの妃嬪たちはようやく正式に冊封され。先帝皇后・紐祜禄氏、皇帝生母の烏雅氏はそれぞれ東太后、西太后として隠居生活に入った。
後清の首都・北京、その中心部に位置する紫禁城の養心殿で儀式の中心である皇帝・永醒は1人座って難しい顔をしていた。彼が座っているのはほんの数年前まで彼の父親が座っていた玉座だ。
「皇上、お疲れですか?」
茶を差し出しながら侍女の夏风が訊ねる。
「あぁ、、、うん、少しね」
今の彼に皇帝としての威厳は皆無だ、そもそも彼は皇帝位を継ぐ気はなく、即位の儀式を経てなお実感の湧かぬままただ疲労だけを蓄積させて養心殿に戻ってきたのだ。
「そうだと思いましたので、白茶を淹れておきました」
「あぁありがとう」
彼はそれを一口飲んで「白牡丹か、、、」と呟いた。
「はい、白茶はお嫌いでしたか?」
「いや、そんな事無いさ」
立ち上がって鏡の方へと向かい、姿見に移る自らの姿を不思議そうにまじまじと眺める。
皇帝のみが着ることを許された黄色い龍の刺繍があしらわれた龍袍に身を包み、頼りなさげな歳の割には若い自分の顔が映っていた。
後清になった時点ですでに弁髪は廃れていたため髪型は普通だが、それ以外は偉大なる前清朝初代皇帝や最大範図を築いた六代皇帝と同じ服装をしている。それが逆に彼の不安を煽っていた。
「私は本当に皇帝たる資格が有るのだろうか、、、?」
「皇上、、、」
「やっぱり兄上がなるべきだったのでは無いだろうか、、、」
夏风は何も言うことが出来なくなってしまい、しばらく沈黙が流れた。その時1人の侍衛が部屋に入ってきた。
「皇上、西太后がおこしになりました」
「母上が?お通ししてくれ」
「はっ」
侍衛が手を叩くと1人の白髪の女が部屋に入ってきた。彼女こそが永醒の母である西太后・烏雅氏だ。
「奴才给西太后请安」
「母上、なんのご用でしょう?」
「お前の様子を見にきただけよ」
椅子に掛けながら西太后が答える。
「夏风、母上に菓子を」
「是」
「皇上、この所後宮にはめったに足を運ばず、寵愛は専ら皇后に傾いていると聞きましたが」
「確かにこの頃後宮には中々足を向けていないのは事実ですし、皇后を愛しているのも事実です、しかし私が妻にしたいと思ったのは皇后1人です」
その答えを聞き、西太后はため息をついた。
「皇上、朝議が忙しいのも皇后への愛情も良くわかります、しかし皇上、皇帝となったからには世継ぎを作って頂かなければなりますまい」
「第一公主がおりましょう、彼女に位を継がせます、今居る子どもは彼女1人ですし、女が皇帝になれぬと言うのは古い考えですぞ?」
「そんな事は良くわかっております!皇上、私が心配しているのは母親の身分です」
「嘉妃の事ですか?」
「そう、彼女は本来嬪の位での入内のはずだった、それを一公主の出産によって貴嬪位を飛ばして妃位となったのです。正直言って位が高いとは言い難い」
「それがどうしたと言うのです?」
永醒がそう訊ねると、西太后はため息をついて何もわかっていないとばかりに首を振った。
「皇上、私が心配しているのは母親の身分が低いことによって統治が円滑に進まないのではないかと言う事です。言わば一公主と嘉妃には後ろ盾が居ない、あなたの死後、いざ彼女が帝位を継ぐとなった時内乱が起こるようではどうにもなりません!」
「ですがあの子は賢い、まだ6歳ではありますが、間違いなく私よりも皇帝としての素質は有ります」
「確かにそうですが、、、はぁ、、、皇后所生の嫡子だったらば心配は無いのだけど、、、和貴妃はどうです?まだお手付けでは無いようですし。それに嫻妃もおります、慎み深く穏やか、そしてあれほどの美貌、並び立つ者は天下に居ないでしょう、家柄も申し分ないですし」
「母上、今のところ私は、皇后との間に子を成せぬようであれば紫華、、、第一公主に位を継がせるつもりです、いやもしかしたら皇后との間に子が成せたとしても紫華に継がせるやもしれません、それだけあの子に期待しているのです」
「ですが、、、」
「皇上、西太后、火貴人がおこしになりました」
「皇上のお心は良くわかりました、ですが母の言葉も少しは覚えておいていただきたい、それから過度な期待があの子の重荷とならないように」
「よく覚えておきましょう」
そう言うと西太后は軽く礼をして部屋を出ていった。
その直後火貴人・火神春翔が少し不思議そうな顔をして部屋に入ってきた。