30話「兄弟、姉妹」
「そう、それであなたも戦場へ出るのね」
黄瓦城の南寄り、東廊宮に住む自由を奪われた皇女・陳江花は今日も密会に興じていた。その相手は今年8歳になったばかりの第三皇子・陳民玉である。
「うん、民生兄様も民燕兄様も大きくなったから、僕はまだ小さいけど丁度良い機会だからって」
彼は無邪気にそう言った。
まだ特異魔術も発現していない幼い弟が戦場に出ることに彼女は一抹の不安を覚えたが、何も彼が直接戦う訳でもないし、旗艦ともあろう艦にまで砲火が迫ることなど万に一つも有り得ないだろうと自分を納得させ、その不安を口にすることはなかった。
「そう、確かに良い機会だわ。ただ、民玉?きちんと兄様方や父上の言うことを聞くのよ?戦場では何が起こるかわからないのだからね?」
「わかってるよ!江花姉様は心配性だなぁ」
「こういうのはどんなに心配してもし過ぎることはないのよ、いつになるかはわからないとはいえ、よくよく覚えておくべきよ」
「はい、姉様」
その言葉に彼女は「良い子ね」とつぶやいて微笑んだ。
「なぜ今我が国にガーディアンズは攻め込んでくるのでしょうか?」
民玉を返した後、埃の舞う部屋のなかで侍女の海夏が不思議そうに疑問を口にした。
「さぁね、ここには情報らしい情報も入ってこないし、民玉は幼すぎ。民生兄様も民燕もここには訪れない。私たちが知るすべはないけれど、ガーディアンズは何かに気がついたのかもしれないわね。全く、自国の事なのに敵の方がより多くの情報を持っているかもしれないなんて笑わせてくれるわ」
彼女は自嘲するようにそう言った。海夏は居心地悪そうに体をよじらせ、さらに訊ねた。
「殿下はどう思われますか?」
「私?」
「はい」
江花は少し考えるような素振りを見せて、そしてすぐに答えた。
「あらゆる事が予想できるわね、なにせ父上は子殺しさえ厭わないのよ?」
「令王国併合の件ですか。詳しい話は聞いていませんが、なにやら不穏な噂が絶えないそうです」
「そうよ、まぁその事実を踏まえて考えられない事もないけれど」
「令の技術を掌握した、、、?」
江花はそれに頷きながら続けた。
「恐らくね。令と仁は冊封関係の上に成り立っていたとはいえ、恐らく隠していた物の一つや二つは有るでしょう」
「そしてそれは技術的なものだったそして、陛下はその事実をお知りになり国王淑令とその息子燕令は亡き者とした、、、」
「令を併合するための大義名分を作るためだけにね」
そういって彼女はため息をついた。
「本当に血も涙もない男だわ。たかだかそのために、そのためだけに子どもを殺すなんて!」
彼女の体は怒りにふるえ、手は今にも血が滴らんばかりにきつく握りしめられていた。
「殿下、殿下!落ち着かれて下さい。お気持ちはわかりますが、落ち着きが肝心ですわ」
静かに宥める海夏の声に我に帰った彼女は、「そうね、そうだわ」と言って力なく椅子に腰掛けた。
「とにもかくにも情報が欲しい、江玲には悪いけれど、また危ない橋を渡って貰うことになるわ」
「第二公主殿下はきっと、殿下の頼みとあらばやって下さいますわ」
「ありがたいけれど、そこが危ない所なのよ」
不意に立ち上がると庭を見つめて彼女は言った。
「あの娘、他人の言いなりにならないと良いのだけれど、、、」
その声には捕らわれの身の悲しさも、皇族としての雰囲気もなかった。あるのはただ、妹を思いやる姉の姿のみであった。




