3話「配属先」
総合本部棟のエレベーターの中で彼は辞令を読み返し再び大きなため息をついた。
総合本部棟は地上68階、地下14階、計82階建ての巨大な建物だ。その余りの巨大さ故、一部のフロアでは起工から6年余りが経過した今も完成をみていない所もある。
そして彼が配属されたのはその最上階たる68階、そのフロアには会議室以外におおよそ人間の配属が必要そうな部屋は1つしか無かった。
(いっそ68階の掃除係を命ぜられていたらどんなに気が楽だったか、、、)
しかし現実に彼の手元にある辞令には何度読み返しても「火神春翔元帥付き副官を命じる」と書いてある。彼は僅か16歳にしてガーディアンズ最高司令官の副官になってしまったのだ、そのプレッシャー故に彼はいつまでたってもエレベーターから降りない尉官に向けられる数々の訝しげな視線に気付くことも無かった。
(そもそもなんで俺みたいなひよっこが?)
思わず頭を抱える。
(やっぱりとても務まる気がしない、、、そもそもこんな「おい君!」っ!?)
いきなり話しかけられて顔を上げる、ガブリエーレの目の前には1人の青年が居た、スカーフの柄的に恐らく欧州方面軍の所属と思われる。
「はっ、はい、、、、」
「もう最上階にまで着いたが、まだおりないのかい?」
「え?」
慌ててパネルを見ると、間違いなく「68F」と表示されていた。
「すみません、ありがとうございまっ!?」
青年士官の方に向き直った時彼は1瞬フリーズした、青年士官の左腕に将官であることを示す紫のリボンを認めたからだ。
「おい君、大丈夫か?」
「しっ失礼しました!将官とはつゆ知らず、、、」
大慌てで敬礼をしながら言うと、青年は笑いながら「なんだそんな事」と言って答礼した。
「それより、早く勤務先に戻った方が良いんじゃない?」
「いや、、、なんと言いますか、ここが今日から俺の勤務先でして、、、」
「ってことは、君が元帥閣下の新しい副官ってこと!?」信じられないという風に将官が呟く。無理もない、ガブリエーレはまだ16歳で、元々実年齢より幼く見られることも少なくなかった。恐らく将官はガブリエーレの事を14歳ぐらいに思っている事だろう。
「えぇ、一応、、、」
「いや、済まない疑っている訳じゃないんだ」
慌てて青年が取り繕う。そんな話をしている内に彼らは司令官執務室へと到着していた。
「元帥には私から話しておこう、合図を出すからそれから入ってくるんだよ?」
「わかりました」
そう言って青年が執務室に消えてから15分後、不意にドアが開き顔を出した青年が「入っておいで」と言った。
彼は改めて背筋を伸ばし、覚悟を決めて執務室へと入った。
「失礼します!本日閣下の副官を拝命致しました、ガブリエーレ・パッドリノ中尉です!」
「君が、、、」
彼は自身の上官の余りの若さに驚いた。
ガーディアンズ最高司令官・火神春翔。ガーディアンズ設立メンバーにして大陥没の生き残り、そして不老不死を達成した男であると言うことは彼も知っていた。しかしもう少し見た目は老けているものと勝手にそう考えていた。
しかし今彼の目の前でデスクに腰掛ける姿は、どんなに上に見積もってもせいぜい20代中盤、大体の人間が18ぐらいだと思うであろう見た目をしている。
「中尉?」
先に入っていた将官が訝しげな顔をする。中尉に任じられていたとは言え、まだ彼の階級章は少尉のままであったのだ。
「つい先ほど中尉になったばかりで、、、まだ主計に出せていないんです」
そうガブリエーレが言うと青年は納得したような顔をして「じゃあベレーを貸しなさい、帰り道だから主計に出しておこう」と言った。
「良いんですか?」ベレーを手渡しながらそう訊ねる。
「なんの、、、では元帥、私はこれで」
「あぁ、色々頼むよイニーゴ」
そう言って青年将官は元帥執務室を後にした。
「パッドリノ中尉」
「!はいっ!」
「君、歳は?」
「16です、2年飛び級して士官高等学校を卒業しましたから」
「そうか、、、」
しばらく春翔は沈黙し、そしてやおらすぐ近くのデスクを指差した。
「明日から君はそこで仕事をしてもらう、業務内容はわかるね?」
「はい、富永中将に教えて頂きましたから」
「それは頼もしいね」笑いながら春翔が言った、それにつられてガブリエーレも思わず破顔する。
「よろしい、では今日はもう上がって良いよ。明日からよろしく頼む」
「はいっ!、、、あの」
「ん?」
「富永中将が、スカーフは元帥閣下につけてもらえと仰っていたんですが、、、」
すると春翔は驚いたような顔をして「あの人はああいう所が有るんだから、、、」と言った。
「中尉、こちらへ」
その声に従い春翔の方へと向かうと、彼の手がニュッと伸び、ガブリエーレの首に本部所属であることを示す白と赤のスカーフを巻いた。
「似合うじゃないか」
ガブリエーレは微笑しながらスカーフを少し撫でた、彼はようやく自分がガーディアンズの一員として認められたような気がして形容しがたい喜びに包まれていたのだった。