1話「ジェノヴァ奪還作戦」
新暦161年4月28日17時48分。
ガーディアンズ欧州方面軍旗艦の巡洋戦艦・パクス=ロマーナを中心とした艦隊は、イタリア半島ジェノヴァ沖480キロ地点を航行していた。
旗艦・パクス=ロマーナは商船を改装した巡洋戦艦である。それ故に速度が優れているのは勿論の事、量産に適した構造をしていた事もあり2番艦・パクス=ブリタニカ、3番艦・パクス=アメリカーナを初めとして現在では43隻の同型艦が世界中で活躍している。
そのパクス級1番艦であるパクス=ロマーナに司令部を置いているのは欧州方面軍司令官であるイニーゴ・カンピオーニ大将だ。彼は世界修復以前からガーディアンズで活躍し、今年で34歳になる。元々は商人であるが、軍事的能力は折り紙付きで、数々の作戦を成功へと導いてきた。
『提督、カンピオーニ提督!』
私室で資料を読み込んでいた彼の鼓膜を、オペレーターの声が打つ。
「どうした?」
『前方に艦影を発見、艦橋へおこし下さい』
「わかった、すぐに向かう」
デスクから立ち上がり、制服のベレーを掴んで部屋を出る。
(10年か、、、)
あの日から約10年、ガーディアンズは大きく変化していった。
階級制度の導入、新技術の開発と艦の量産体制の確立による戦力の増大、陸上部隊の拡充。それでも彼らの戦う理由とこの艦の廊下はいつまでたっても変わらない。
曲がりくねった廊下を抜け、エレベーターに乗り込み、自動ドアを抜ける。いくつ目かのドアを抜けたとき、急に視界が明るくなる、艦橋についたのだ。
「状況は!?」
敬礼を手で制して参謀たちの集まるデスクへと向かう。
「哨戒艦LB-0025より通信、艦隊前方に多数の艦影を発見したそうです」
参謀長が答える。
「距離は?」
「LB-0025の情報によるとエリア35Dで発見されたそうですので、相対距離は250キロから210キロです。それからLB-0025は第一報を打電後ロスト、敵味方は識別できていませんが、、、」
「十中八九敵だろうね」
「恐らくは」
ジェノヴァ。
古くより商業の拠点として栄え、大陥没以降もイタリア半島に成立した新共和政ローマ連邦を構成する都市の一つであり、ガーディアンズの強大な支援者であり、そしてイニーゴ・カンピオーニの故郷である。
しかし、今ジェノヴァに共和政の旗ははためいていない。
16年前、レストニア教国であるグレイ朝マケドニア帝国の侵攻により新共和政ローマ連邦を構成する多くの都市が占領された。マケドニア帝国とほぼ直に国境を接していたジェノヴァも例外ではなく、カンピオーニは故郷を破壊したマケドニア軍に追われるようにジェノヴァを去っていたのだ。
「全艦隊に通達、総員第一種戦闘配置!艦対艦戦闘用意!」
ベレーを頭に載せて、普段より少し低めの声を意識してそう命じる。
世界の修復から10年、人々は未だ平和をみていない。
勢力を大きく減らしたとはいえ、レストニア教は未だ大きな影響力を持ち、少なくとも対外的には「完全な世界の到来」を目指している。そしてそれを阻止すべきガーディアンズ・ラマスティア教とそれに呼応する国々との間の戦争は決着が見えていない。
『総員第一種戦闘配置!艦対艦戦闘用意!』
『敵艦隊との相対距離約140キロ!30分以内に会敵!』
『全艦隊増速!第三船速から第四船速へ!』
「各部隊点呼は省略、各部チェックは5パーセント巻きで!」
警報が鳴り響く艦内を無線や放送による指示や命令が飛び交う。
「提督」
「プルエット少将、、、」
慌ただしい艦内をカンピオーニの方へと向かってきたのは彼の参謀の1人、マーガレット・プルエット少将だ。彼女は不安げな表情でカンピオーニに尋ねた。
「果たしてこの戦い、勝てるでしょうか?」
「勝てるかどうか、ではなく勝たなくてはならないんだ」
少し強めにそう答える。
「今までと違い今回はマケドニア帝国の一枚岩ではない部分を利用する」
「それはプロテスタントの事ですか?」
「そうだ、ジェノヴァ解放軍、、、彼らのゲリラ戦に長けた能力と、我々の陸上部隊の力が合わさるんだ、負けるわけには行かない」
とは言うものの、カンピオーニは実はプルエットの疑念をよく理解していた。
ガーディアンズがジェノヴァ奪還作戦を立案したのは今回含めて計8回、内5回は実行に移されたがそのことごとくが失敗している。「第六次ジェノヴァ奪還作戦」その結果の欄に「失敗」と書かれる可能性も低くは無いのだ。それでも彼女はカンピオーニの答えに納得したのか、それとも自身を納得させたのか「わかりました」とだけ言ってその場を去った。
「提督、巡洋艦ニースより入電、敵艦隊を目視で確認したそうです」
「メインに出せ」
巨大なモニタに映し出されたのは大小様々な艦艇で構成される大艦隊の姿だった。艦橋内にどよめきが広がる。
「みんな、そのまま聞いてくれ」
通信士官からマイクを受け取り、カンピオーニがそれに向かって話し出す。
「知っての通り戦いが始まる、これが初めての戦いになる者もいるだろう、しかし、何も考えなしに戦っているわけではない、そこは安心して戦ってもらいたい」
「だからと言って勝てる確証が無いのもまた確かだ、だがここで勝たなくては我々が生きている内にジェノヴァの土を踏むことは難しくなるだろう。なにより犠牲が無駄になってしまう」
「だから私はベストを尽くす、必ずジェノヴァを、私の故郷を取り戻すために。だからみんなも力を貸してほしい」
一拍置き艦橋を見回す、何人かの士官が頷きあっているのが見えた。
「ではみんな、行こうか」
18時13分、戦闘が開始された。
最初の砲撃がどちらの側から放たれたのか、それを確かめる術は存在しなかった。距離12キロで互いの艦隊から放たれた光の矢が飛び交い、そしてそれに当たった艦が次々と火球へと姿を変えていった。
「防御力の高い艦を正面に展開!高火力艦は後方より全力射撃!」
「右翼メルヴィル中将より連絡!『損害多数、増援を乞う』」
「後方の遊兵状態の艦隊を右翼の補填に回せ!」
『敵艦隊さらに増速!相対距離8キロ!』
「全艦隊火線を敵艦隊中央部に集中!敵旗艦撃沈を目指せ!」
「指揮系統が分割されている可能性が有りますが、、、」
「少なくとも旗艦直属の無人艦隊は動きを停止させるはずだし、少なからず混乱も有るだろう」
「敵艦隊両翼が突出!艦隊両翼の損害が増大!」
「遊兵艦隊は逐次両翼の補填に回れ!陸上部隊はどうなっている!?」
「既に敵部隊と交戦中!順調に進軍しており、そろそろプロテスタント先頭部隊と合流するそうです」
「カンピオーニ大将!」
参謀の1人、オーランド中将の鋭い声が飛ぶ。前方のモニタに目を向けると、マケドニア帝国艦隊の旗艦が露呈しているのが認められた。
「あの艦だ!全艦隊火力を集中!」
一部のエリアに集中していた火線がさらに一ヶ所へと集中する。必死に抵抗するも約500隻分の火砲に狙われた艦になす術はなく、約10分後に撃沈された。
「敵艦隊の動き止まりました!」
「陸上部隊より連絡!『我ジェノヴァ市議会を奪還せり』」
「敵艦隊より降伏の通信が入りました」
それらの報告を聞き、カンピオーニは安堵のため息をつき肩の力を抜いた。
「全艦隊撃ち方止め、有人艦には部隊を送り制圧させろ。陸上部隊に連絡『ローマの旗を掲げろ』とね」
「ああそれから」
艦橋を出ようとした彼は足を止めて追加の指示を出した。
「本部に打電『作戦は成功、ジェノヴァを奪還した』とね」
「暗号化は、、、」
「要らん」
「ですが敵に傍受される可能性が有ります」
「それでいいんだ、逆に大声で喧伝してやってくれ、ジェノヴァを取り返したという事自体が牽制になろうよ」
そう言って艦橋を後にする彼を、将兵の歓声が見送った。